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good vibration  作者: リープ
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第35話 「考え始めたウサギ」 (上杉亜衣編)

 昔のことを考えていたら、すっかり眠れなくなっていた。

 今、私は高校二年生で家に帰らず、クラスメイトの家に居候中。

 なんだかやりきれなくてため息が出た。

 そう言えば、澄川が外出してからどれぐらい時間が経ったのだろうか?

 私は相変わらず寝られなくて、寝返りをうってばかりいた。

 行き場の無い想いだけが頭の中を行き交う。

 その想いは次第に混沌として私の中で膨れ上がり、膨張が最高潮に達した時、玄関のドアが開いた。


 ドアは開くと、大きな物音を立てて何かが倒れる音をたてる。

 私は驚いたが、それでも動かない。どうせ、澄川が転んだのだろう。

 その後、引きずる様な音がして、水音が聞こえてきた。懸命に何かを洗っている音が聞こえた。

 水音は20分以上続いている。さすがに私は不安になり、洗面所のほうを覗き込んだ。

 そこではやはり、澄川がいた。

 後姿しか見えないけど、手を洗っているみたいだ。

 20分も手を洗うなんて明らかにおかしい。私はようやく立ち上がり、澄川に近づいた。

「澄川、なにやってるの」

 私の呼びかけにも聞こえないのか懸命に手を洗っている。

 さらに近づいて背後から覗きこむ。やはりというか澄川は手を洗っていた。

 今度は澄川に分かるように肩を掴んで話しかける。

「アンタ、いつまで洗ってるの? もう十分に洗え――」

「まだだ」

「え?」

「キレイにとれないんだ」

 振り向かずに応える澄川。


 何かに取り憑かれているかのようだ。

「十分キレイだって……」

 私の声に反応して澄川の動きが少し止まった。

 直後、澄川は振り返ってどなる。

「とれないんだよ!!」

「!!」

 振り返った澄川の服にはおびただしい血がついていた。

「……血……とれないんだ。何度手洗いをしても……」

 言い終わると再び澄川は手を洗い出した。


 あの夜、教室で見た殺人者澄川の面影はもう何処にもなかった。

「どうしたって言うの? 澄川……」

「……ううっ」

 澄川は答えない。

 いや、答えることが出来なかった。

 今度は嘔吐し始めたのだ。

 すでに何回も戻したのか、口からは何も出ず、空嘔を繰り返すだけ。

 私はその姿を直視する事が出来ずに顔を背ける。

 背けた先には血染めのナイフが床に転がっていた。


 人殺しまではもう少し時間が掛かると思った私は驚きを隠せなかった。

「今日、殺したの? ……なんで?」

「……」

 澄川は相変らず肩で息をして苦しそうに洗面器へ向かったまま。

 しばらく、この状態が続くと私はだんだんイライラしてきた。

「アンタ、人殺しをするには時間が掛かるんじゃなかったの!? ちょっと、こっち向きなさい!!」

 私は澄川の肩を掴んで強引にこっちを向かせる。

「!!」

 振り返らせて見えた澄川の表情には生気がなかった。

 顔面蒼白で口はだらしなく開かれ、気のせいか少し痩せたように見える。

 それなのに眼だけが鋭く血走っていた。


「あの時、教室で人殺しをした元気はどうしたの? 今も刹那なんでしょ、答えなさい!!」

 私の問いかけに答えられる状態では無い事は十分に分かっている。

 でも、コイツは人を一人殺してきたのだ。

「もう、刹那はいない……」

 ようやく息も絶え絶えに澄川は答えた。

「どういう意味?」

「もう僕は……僕しかいない。澄川正宗も光彦も……刹那も存在しない」

「……」

 確かに澄川の様子が変わったのは感じていたがまさか、そこまで進んでいたとは思いもしなかった。

 そう思ったときあることに気付いた。


「じゃあ、人殺しをしたのはアンタ本人……」

 そうだ。今さっき光彦でも正宗でも刹那でも無いとコイツは言った。

 つまり、殺しを専門にしてた刹那がいなくなり、自分で人殺しをして……苦しんでるって事?

 だったら、話は早い。

「いい気味。今まで犯してしまった殺人の重みをとくと感じなさい!!」

「……」

 私はそのままにしておくことにした。

 下手に側にいれば澄川に孤独感を与える事が出来ないから……独りで後悔すればいい。

 そのまま私は家を出た。

 今夜一日ぐらいなら時間を潰せるだろう。

 暗い夜道を独りで歩くのも慣れたし。


 良く考えてみれば、好きな人のために殺すといいながら、実際は刹那という人格に殺人という面倒な事を押し付けていたのだ。

 澄川の覚悟の程が知れてる。

「でも、今回は自分でやったんだよね……」

 『人を殺す』ってあそこまで苦しむものなのだろうか……お姉ちゃんや刹那は平然としていた気がする。

「くっ……」

 考えるのは止めよう。

 考えたら多分、澄川に同情してしまうかもしれない。

 そうだ私は考えない事にしたんだった。

 お姉ちゃんのことにしても何にしても……その方が楽でいい。

 その後、マンガ喫茶で適当にマンガを読んで朝まですごした。



 次の日。

 八月も半ばにさしかかって、暑さもひと段落……するわけもなく、今日も強烈な太陽は私の体力を少しずつ削っていく。

 堪らず、美世がいる病院へ行く。

 病院は空調が効いてて涼しい。美世には澄川の事は黙っておいた。

 澄川に遠慮したわけじゃなくて、入院している美世が心配すると嫌だからである。

 たいした話をするわけでもなく、時間一杯まで私は美世と無駄話をする。

 美世はもうすぐ退院すると言って、嬉しがっていた。

 病院を出た後、澄川の家に帰るのが躊躇われたので今日は有希の家で泊まることにした。


 突然来ても彼女は歓迎してくれる。有希は一人っ子なので来てくれて嬉しいという。

 しかし、やたら澄川の事を聞いてくるので少し鬱陶しい。

 次の日、有希が買い物に行きたいというのでついて行く。

 久しぶりに遊んだ。そのまま流れでその日も泊まってしまう。

 その次の日は有希が夏休みの宿題を手伝ってというので、二人で分担してやる。

 後で答えを見せ合えば労力が二分の一で済むから。

 ある程度できたときには夜中になっていた。ということで泊まる。

 一日だけ泊まろうと思っていたにもかかわらず、勢いで三日泊まってしまった。

 有希はもう一日だけ泊まれと言ったが、さすがに四日目には帰ることにした。


 四日泊まるのは申し訳ないという気持ちと、澄川がどうなったか気になったという気持ちがあったからだ。

 あっというまに玄関の前に来る。

 悩みすぎて自殺してるなんて事はないよね。

 少し……いや、かなり入りにくかったけど、意を決してドアを開ける。

 ドアを開けると目の前に澄川がしゃがんでいた。

「あっ……」

「……」

 どうやら、澄川は何処かへ出かけるみたいで、靴を履いている途中だった。

 澄川をざっと見る。顔色はあんまり良くないけど、五体満足でいるようだ。

「何処か行くの?」

「……上杉こそ今までどこへ行ってたんだ?」

「アンタには関係ないでしょ」

「だったら、僕も言う必要が無い」

「そうね、アンタが何処行こうが勝手だよね」

 そこで会話を打ち切ると私は家に上がりこんだ。

 澄川も靴を履くと出て行った。


 静かになった部屋で私はため息をつく。

 ……これじゃあ、お姉ちゃんに対する態度と同じじゃない……

 しかし、お姉ちゃんと澄川は好きな人のために人を殺すという一点で似ている。

 元樹さんにしたってそうだ。お姉ちゃんを好きだからあんなウソの結婚生活を送る事が出来る。

 美世も有希もきっと好きな人のためならある程度のことはするのだろう……

 そんな取り止めの無い事を思いながら時間は過ぎていった。



 夜、澄川はなかなか帰ってこない。

 今度は澄川が家出?

 ……あぁ、もうどうでもいい。今日は寝よ。

 私は澄川を無視してとっとと寝ることにした。

 次に目が覚めたのは、水の音が聞こえたから。私は起き上がると洗面所のほうへ行く。

 そこでは澄川が手を必死に洗っていた……もしかして今日も……殺してきたの?

 懸命に洗う姿はこの前と同じだ。しばらくして、またしても嘔吐し始めた。

 正直、信じられなかった。

 この前あんなに酷い状態だったのに、今日も同じ事を繰り返してる。

 すると私は自然に歩き出していた。

 そのまま澄川の肩を掴み、強引に振り返らせる。

「なんで!? なんで!? そんなにまでなっても人殺しをするの?」

「……」

 澄川は答えない。そんな余裕は無いみたいだ。

 この前とは違い虚ろな視線で私を見る。

「もういいじゃない。好きだからってここまでする必要無いよ……」

「駄目だ」

「!!」

「僕がしなきゃ……皐月は……」

「止めて!!」

 これ以上何も言わせたくない。咄嗟に私は澄川の口を塞ぎたくてキスをした。

 しばらく私達はそのまま……とても長い時間に感じられた。

 そして私は唇を離す。

 澄川は驚いた表情を見せていた……私だって自分のした事に驚いていた。

 でも、次の言う事は決まっていた。

「今は考えなくていいよ。私に集中して……」


 もう、好きな人のために傷ついていく人を見るのは嫌だった。

 何も出来ない私が惨めになる……考えたくない……感じるだけでいいじゃない。

 私は澄川に体を重ねた。

 澄川は力ずくで私を引き離そうとしたが、体力を著しく消耗していてそれが出来ない。

「……止めてくれ」

 微かに聞こえる澄川の声、私はそれに構わず続ける。

 それでも、澄川は力を出し、私をなんとか引き離した。

「!!」

 私は突き飛ばされ床に倒れこむ。

 澄川は最後の力を振り絞ったのか、肩で息をして動かない。

「……」

「どうして? ……どうして、アンタはそんなに強いの?」

「別に強くない。自分の気持ちがゆれる事に臆病なだけだ……」

「……」

「僕は皐月が目覚めたら好きだと伝えたいだけ。たとえそれが人を傷つけるとしても」

「……わからない」

「僕の我が儘に上杉が僕に巻き込まれることは無い。同情したのなら、それは一緒に暮らしたから情がうつっただけのこと……錯覚だ」

「くっ……」

 何も答えることが出来なかった。

 私に澄川をとやかく言う権利はない。

 あの時私は逃げ出してしまったのだから。

 でも、もしかして……私も覚悟1つで変われるのかもしれない。

 少しずつ私は考え始めていた。

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