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good vibration  作者: リープ
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第33話 「望む世界」 (上杉亜衣・過去編)

 澄川は特に何と言うわけでもなく、食事の準備を始めた。

 私もそれを黙って見ていた。いつもだったら、仕事について問い詰めてたかもしれない。

 でも、そんな気力は無かった。

 用意された食事を黙って食べる。澄川も何も言わない。黙々と進む食事。

 最近じゃあ美世もいないので、こんな感じだ。

 澄川も誰なのか判らないけど全然人格の変化が無いから光彦のバカ騒ぎも今となっては懐かしくさえある。

 何も無いまま時間も流れ、寝ることにした。

 でも、昼間寝たせいもあってなかなか寝付けない。


 暫くすると、隣で寝ている澄川がベットから起きた。

 私は床で寝ているから歩く振動が伝わってくる。

 トイレにでも行くのかと思い、無視しているとガサガサ物音が聞こえだした。

 気付かれないように寝ながら様子を伺うと、どうやら澄川は何処かへ出かけようとしている。

 瞬間的に人殺しという言葉が浮かんだ。

 それにしては早過ぎる。ターゲットに会ったその日に殺すなんて出来るはずが無いのだ。

 好きになるまでの時間が必要だから。

 私は澄川に尋ねようとした……が、すぐ思いとどまる。


 行動を起こさなければ結局私には何も起きないのだ。

 だったら、何もしないほうがいい。何も知らなくていい。何も考えなくていい。

 あの時だってそうだ何もしなければ思い出さなかったのだ。


******************************************************************************


 家を飛び出した私は有希の家へ行った。

 幸い、有希はまだ起きていて、夜も遅くに突然私が来たことに驚いていた。

「亜衣!?」

「ごめん、こんな夜遅くに。いきなりで悪いけど2,3日泊めてくれない?」

「え!? どうしたの?」

「ちょっとね」

「……まぁ、とにかく入って」

 有希に促され家に入る事になった。

 彼女の部屋に入ると、あれこれ聞かれる前に詳細は隠して、姉とケンカして家出した事を告げた。

「ふーん、なるほどね。まぁ、2,3日家にいればいいよ。よくあることだし」

「よくあることなの?」

「うん、私なんて中学の時、よく家出したよ」

 あっさり有希は納得してくれた。

 よくある姉妹ゲンカだと思ってくれたみたい。

 今日が金曜日でよかった。土日の間とりあえずはここにいよう。


 そう思ったのもつかの間、次の朝には姉が有希の家まで私を迎えに来た。

 玄関に姉を待たせ、家の奥で有希が私に尋ねた。

「亜衣、どうする? 帰る?」

「嫌」

「そう言うと思ったよ。でも、いい機会だから話し合ってみたら?」

「でも……」

「アンタの場合ケンカして家出したんだから、話す時間が足りなくてすれ違っただけだと思うよ」

「……わかった」


 有希の説得に応じ彼女の部屋で姉と二人きりになる。

「……」

「……」

 お互いに話す機会を伺っている。時間が経てば経つほど気持ちが急いてくる。こういう状態が何分か続いた後、まずは姉の方から切り出した。

「……黙っててゴメン」

 ホントは落ち着いて話したいのに……私はついついムキになってしまう。

「何が? 元樹さんの事? それとも両親の事?」

「……」

「私はどっちしても、許さない」

「……許してなんて都合のいい事は言わない。けど、分かって欲しいの。全ては守るた――」

「家を守るためって昨日も同じこといったよね? そんなに大事? ウソの夫婦を装ってまで、しなきゃいけないことなの!?」

 私の問いに姉は黙って答えない。

 ただ、今までと違い傍目から見ても分かるぐらい悲しそうな顔をしていた。

「そうじゃない……」

 姉がようやく搾り出した答えがそれだった。

「は?」

「守りたいのは……亜衣ちゃん、アナタのことだよ。家を守るなんていうのは二の次……」

 言われた意味が分からず、少し面食らう。

「……何言ってるの!? そんな事誰が信じ――」

「覚えてないの!?」

 突然、姉は声を荒げた。

 私はどうして言いか分からずただ姉をじっと見つめた。

 すると、姉は我に帰ったのか俯いた。

「私は亜衣の望む世界を作りたかっただけなのに……」

「どういう事!?」

「あなたが言ったのよ。お母さん達なんか死んでしまえって……」

「!?」

 その瞬間、頭の中で何かが湧き出てくるような感覚に襲われる。

 次第に記憶の傷が開く。

 塞がっていたものが一気に流れ込んできた。

「あぁ……私……」

 私の反応を見て、姉は微笑んだ。



 ……分からない。

 何故そこまでしなきゃいけないの?

 皆、みんな、ミンナ……好キダカラ……デキル……

 あの時、お姉ちゃんが言った言葉。



 泣いている。

 声を出して泣いてるよ。

 部屋の隅……あの頃のお姉ちゃん。それを見ている小さい頃の私。

 優しいお姉ちゃんが人を傷付けたんだって。お父さんとお母さんが怒ってた。

 なんか変だよ。だって、いつもほめられるのはお姉ちゃんで怒られるのは私なんだから。

 泣いてるお姉ちゃんを見るのはかなりショックで近寄りにくい。

 でも、そんな事言ってらんない。

 お姉ちゃんに何かしてあげたい気持ちがあるから。

 考えた、すごく、すごく考えた。それで、出た結論は……


 そっとお姉ちゃんの頭にふれる私。

 お姉ちゃんの動きが止まった。

 頭をなでるって、怒るかなぁ?

「お姉ちゃん、泣かないで」

「……」

 ゆっくりお姉ちゃんは仰向いた。

 大切な人が泣き顔を見るのは凄く悲しいけど、私はいつもお姉ちゃんがしてくれたみたいに精一杯、微笑んで言う。

「何があっても、私はお姉ちゃんの味方だからね」

「!!」

 その瞬間、お姉ちゃんの目からいっぱい涙が溢れだした。

「お姉ちゃん泣かないで私まで悲しくなっちゃう……」

 よく分からないけど私まで悲しくなってきて、泣き出してしまう。

 しばらく二人で泣いた。


 時間が経つとお姉ちゃんは泣き止んで、私はまだしゃくり上げてた。

 そっと私の頭をお姉ちゃんの腕が包みんで、抱きしめられる。

「ありがとう、亜衣ちゃん。ありがとう……」

「お姉ちゃん、ちょっと苦しい」

 お姉ちゃんは抱きしめていた腕を少し緩め、私の顔をじっと見てきた。

 私は少し照れくさくて下を向く。

「私も亜衣ちゃんにどんな事があってもずっと味方でいるから……」

「お姉ちゃん? ……ん!?」

 嬉しくて上を向いた瞬間、お姉ちゃんの唇が私の唇と重なった。

 突然のことで私は何が何やら分からなくてパニックに陥りそうになる。

 でも、お姉ちゃんに髪をなでられて少しずつ落ち着く。

「お姉ちゃんどうして……」

「好きだから。……亜衣ちゃんは嫌?」

 私は首を振った。

「お姉ちゃんが望むんだったら」


 それからお姉ちゃんとよくキスするようになった。

 長く、深く、時間をかける……お姉ちゃんの唇が優しく私の唇を噛む。

 拒んだり、受け入れたり……駆け引きは私の気分を高ぶらせる。

 唇同士が触れ合う感覚に私は悦に浸ってた。

 次第に私は体の力が抜けていく……

 この時間だけ……私とお姉ちゃんは繋がっていられる……嬉しい……

 私とお姉ちゃんだけの世界……もう、これしか要らない。

 倫理的な善悪というよりも感情が先にほとばしり、抑えられない。

 それほどまでに私は幼かったのだと思う。


 でも、こんな関係がいつまでも続くはずが無い。

 いつものように唇を重ねた。

 次第に頭が真っ白になって目の焦点も合わなくなってきた。

 あぁ……

 ぼやけた視界の中で何かが動く。

「……ん?」

 私はそれを見ようと懸命に目のピントを合わせる。

 お姉ちゃんの肩越しに見えてきたものそれは――

「あなた達……何を……」

「え……?……」

「何をしてるのっ!!!!!!!」

「!!」

 悲鳴のような声をあげ、大きな足音を立てて部屋に入ってきたのはお母さんだった。

 肩を掴んで私達を引き裂くと、お姉ちゃんの顔を何度も何度も殴打する。

 そのままお母さんはお姉ちゃんを引きずって一階へ連れて行った。

 私は部屋に独りきりになり、恐怖で震えてた。

 お母さん怖いよぉ……どうしてお姉ちゃんを叩くの?

 私達はただ……好きだからしてただけなのに……



 それ以来、二人でいることを極端に制限され、いつも両親の監視がついた。

 いつも周りに気を使い、ほとんど会話を交わすことはなかった。

 私は両親に不満を言った。

「どうしてお姉ちゃんと話しちゃあいけないの?」

 次の日、両親は私を病院へカウンセリングに連れて行った。

 病院の先生は優しく私の言う事を黙って聞いてくれ、その後私にも分かるように少しずつ噛み砕いて話をしてくれた。

 それは恋じゃないと。愛じゃないと。

 愛情ではなく、情愛だと。

 次第に、私は好きだとか嫌いだとか、愛してる、愛してないなどの境界線が非常に曖昧だったと気付き始めた。

 姉妹愛と恋愛感情とが混沌としている状態。

 しかし、同時に私の中で姉に対する気持ちが変わっていくことに畏怖していた。

 あれだけ満たされた時間をもう何も感じなくなってしまう恐怖。不安定な気持ち。


 とはいえ、当時お姉ちゃんと連絡を取っていないわけではなかった。

 内緒でお互いの部屋のドアから差し入れる交わす手紙があった。

 だから、私は書いてしまった。

『お姉ちゃん。私はもうすぐ変わってしまうかもしれません。

 病院へ連れて行かれなかったらこんな事にはならなかったです。怖い……

 お母さん達なんか死んでしまえばいいのに』

 私の手紙にお姉ちゃんはすぐ返事を書いてくれました。

『もう少し……あと5年待って。私が自立したとき、その時は誰にも邪魔されずに二人の時間を過ごそう。約束だよ』

 この手紙から少しして私は手紙を書くのを止めた。

 カウンセリングの成果として、気持ちの整理がついたのと、作為的にお姉ちゃんとの記憶を消されていったからだ。

 私に残ったのは姉妹愛とぼやけた記憶だけだった。

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