第31話 「謀」 (上杉亜衣・過去編)
次の日、「仕事が無い」なんて言っていた澄川は頻繁に外出するようになった。
どうやら次の仕事が決まったみたいだ。
でも、澄川を止める事はしなかった。どうせまだ相手を好きになる段階だろうし。
独りになった部屋は静かで、私はいつの間にか眠り込んでいた。
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……泣いている。
声を上げて泣いている。
部屋の隅……小さい頃の私。
きっとまた怒られたに違いない。
昔からそうだった。褒められるのは姉で怒られるのは私。
でも、しょうがないと思っていた。
姉は綺麗で頭も良くて無欲で、そして……
「泣かないで亜衣ちゃん」
俯いている私の頭にそっと置かれる柔らかい手。仰向く私。
「……お姉ちゃん」
目の前には微笑む顔。
そして……姉は優しかった。
小さい頃、姉はそういう存在だった。
それがなんであんな事になってしまったのだろう……
3年前、たまたま早く起きた日曜日。
車に細工をしている姉を見た。
いや、まだこの時は細工しているなんて知らなくて黙って見ていた……はず。
両親は仲が良く、頻繁に二人でドライブへ出かけていた。
そして今日もドライブへ行く。私と姉は笑顔で見送った。
夕方になり、家の電話が鳴った。
私がでると、相手は警察だと名乗り、両親が交通事故で病院に運ばれたと告げた。
私と姉は病院へ急ぐ。移動中、お互いに一言も喋ることは無かった。
病院へ着くと連れて行かされたところは霊安所だった。
山道、カーブでブレーキと踏むことなくそのまま突っ込み崖へ転落。即死だったらしい。
横たわる姿を見る。母親の方はともかく、父親の方は原形をとどめていなかった。
それを見た私は吐き気がしてトイレに駆け込んだ。
泣いている。
嘔吐を繰り返しながら私は涙を流していた。
朝まではあんなに元気だった二人の変わり果てた姿。
二人を見て逃げ出す私。何もかもが悲しかった。
そんな時、誰かが……いや、いつものように姉の手が私の背中に置かれた。
「亜衣ちゃん、大丈夫?」
姉の声はいつものように優しかった。仰向こうとする私、でも上手く行かない。
「!!」
見てしまった。
俯いた前髪の間から覗いた姉は微笑と呼ぶには口元が歪みすぎている。
嘲笑、冷笑、ほくそ笑み……そんな言葉が当てはまるような表情だった。
この時ようやく姉が両親を殺したことに気付いた。
お葬式。
準備や進行は全て姉が仕切った。
両親をなくしても気丈に振舞う姉を集まった親戚は皆感心し、健気だと泣き出す人までいた。
だけど、私は見逃していなかった。
誰もいない一瞬をついて薄笑いを浮かべる姉の顔を。
葬式などの一連のやるべき事を終えると、姉はこの家は自分達姉妹が守ると宣言した。 当時、姉は大学を卒業したばかりで、親戚達は最初、難色を示していたものの葬式での姿を見たこともあり、最後には折れた。
姉は我家の全権を握った。
ここから姉の暴走が始まる。
まず、手始めに姉は家中のカーテンを取り替えると言い出した。
その後、家具や壁の色など次々と姉の好みに変わっていく。
とうとう半年もしないうちに以前の家の痕跡はなくなった。
あまりに激しい変化に疑問を感じ、姉に尋ねる。
「お姉ちゃん、ここまで家を変えること無いんじゃない?」
私の問いに姉は微笑みながら言った。
「前のままだと“あの人達”の事思い出しちゃうでしょ?」
「えっ……」
「だから変えるの。今は私達の家なんだから」
「あの……“あの人達”ってお父さんとお母さんのこと?」
「そう、“あの人達”のこと」
「……」
姉はどうしたいのだろうか?
私には分からない。
この時もそして現在も……
中2も終わりごろの話。