第3話 「怖さ半分、自棄(やけ)半分」
私、殺されるのかなぁ。
視界の隅に倒れて動かない人体が横たわっていた。
あんなふうに刺されるのかなぁ。
そう思うと、息苦しくなってきた。
痛いんだろうか? 刺されたこと無いから判らないけど。
……嫌だ、死ぬのは嫌だ!!
こんな事なら気兼ねすることなく、あの人に言えばよかった
――好きだと。
そんな私の事はお構い無しに二人の会話が続いていた。
「悪いけどオレは殺せないぜ。真田先生、それはアンタも良く知ってるじゃないか」
「そんなこと言ってもなぁ。オレも、もう人は殺せないし……」
すると、澄川はため息をついた。
「アンタ、元殺し屋なんだろ? だったら、女子高校生の一人や二人どうって事無いだろ」
「ふんっ。そういうことが出来るんだったら、お前に殺しの仕事を任せたりはしない」
「はぁ〜っ、じゃあどうするんだよコイツを」
「だから、お前が殺せばいい」
「……話が元に戻ったぞ」
私って一体何なの?
それ以前にこの会話は何なの?
人殺しの押し付け合い……私の命ってそんなもんなの?
いや、この二人にとっては人の命なんてそんなものなんだろう……
……何か腹が立ってきた。
「ちょっと、二人とも!!」
すると、真田と澄川は面倒くさそうにこっちを向く。
「なんだ?」
二人声を合わせて言った。それが余計に腹立たしい。
私は立ち上がり二人を睨みつける。
どうせ殺されるなら、思いっきり言ってやるっ!!
「私の命を何だと思ってるのっ!! やるならさっさとやりなさいよ!!」
「は?」
そして私は澄川を指差した。
指を指された澄川は少し驚いたような表情を見せる。
「だいたいアンタ、さっきは楽しそうにこの人を殺そうとしたじゃない!! 殺人鬼なんでしょ? だったら選り好みしないでよ!!」
「ごもっとも」
そういって笑ったのは真田だった。
「笑い事じゃない!! 真田!! アンタも何なのよ!! 元殺し屋ですって? 笑わせないでよ! 私一人殺すのも躊躇してるくせに偉っそうにしないでよ!!」
「その気持ちよく分かるぞ」
何度もうなずいてるのは、澄川だ。
「分かってないっ!! ……私の気持ちなんて何にも分かってないっ!!」
ホントはこんなこと言うつもりじゃなかったけど勢いで口をついた。
「家にも帰れずに苦しんでる私の気持ちなんて誰も分からないっ!!」
「微妙に問題がすり替わってないか?」
「真田さん、微妙じゃない。思いっきり替わってる」
「二人とも喋らないで!! 私の話は終ってない!!」
すると、真田は頭をかきながら私に言った。
「何に興奮してるのか分からんが、落ち着け。要するにだ、オレ達はお前を殺せない。それだけだ。分かったらもう帰れ」
「……え? 殺せない? 帰れ?」
私は今の状況が飲み込めなかった。
「えっ? えっ? どうして? 私見たのよ、澄川が人殺しするところを。警察に言うかもしれないのに逃がしていいの?」
「それはお前が心配することじゃないだろ。心配するな。所詮、警察も1つの組織に過ぎない。その手のコネクションなら持っている。たかが高校生一人が警察に行った所でどうにもならん。それともお前、殺して欲しいのか?」
「そっ、そんなわけ無いでしょ!!」
私たちがそんな会話をしていると、この教室に数人の人物が入ってきた。
その人たちは私たちに話しかける事は一切無く、死体だけを抱えて持ち去った。
私たちもそれをただ黙って見送った。
「よし、仕事は終了。じゃあ、俺は帰る」
「ちゃんと着替えて帰れよ。返り血が付いてるから」
「わかってる。でも、この方が正宗にオレの気持ちがよく伝わって気持ち良いんだ」
「最悪の趣味だな」
そう言って澄川は振り返らずに手を上げるとホントに帰っていった。
「さてと、オレも宿直室に帰るか」
真田までも私を置いて教室から出ようとした。
「待ってよ!!ホントにいいの?」
「何が?」
「何で殺さないの?」
すると真田は顎に手をあて、少し考えた。そして口を開いた。
「さっきも行った通りオレ達にはお前を殺せない理由がある」
「理由?何なの?」
一瞬、真田の眉間にシワが入ったのが見えた。きっと言いにくい事に違いない。
「オレの理由は簡単だ。ココの学生は殺さない、そういう主義だ。澄川の理由は……明日にでもアイツに直接聞けばいい。明日のアイツなら答えてくれると思うぞ」
「明日のアイツ?」
「お前、さっきから聞いてばかりだな。自分で何とかするという事を知らんのか?」
「じゃあ、明日本人に直接聞きます。それで……私はこれからどうすればいいの?」
「さぁな。どうするかはお前が決めろ。でも、この教室は閉めるからとりあえず出てくれないか?」
「……はい」
なぜか最後は教師と生徒の会話になっていた気がする。
とりあえず、私は教室を出ることにした。