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good vibration  作者: リープ
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第27話 「大切な人がいるから」 (澄川正宗・現在編)

 うっすらと日の光りが僕を照らし始める。山中だからか木の香りが漂ってきた。

 日の出というだけで辺りの香りが変わってくる不思議だ。

 朝は無意味な希望を運んでくるものなのだな。

 僕は解決しない問題と思い出に浸っているだけで朝になってしまった。

「はぁ……」


 自然にため息が漏れてくる。

 とうとう浅野は出て行ったきり帰ってこなかった。

 探しに行ったほうが良いのだろうか?

 いや、違うな。……大体、なぜ僕が探しにいかなくちゃならないんだ?

 すると、ログハウスから誰かが外へ出てくる気配がした。

 よく理由もわからず慌てて僕は寝た振りをする。

「ねぇ、澄川」

 背中越しに聞こえた声の主は上杉亜衣だった。

 彼女は僕を澄川と呼ぶ。

 そうだ。僕は今、澄川と呼ばれている存在なんだ。

「美世知らない? 見当たらないんだけど」

「ううぅん……眠いよぉ……」

「その口調は光彦なの?」

 その通り。明るいだけの存在、光彦のはずだ。

「僕わかんなぁ〜い」

 演じるだけ。それが僕に与えられた役目。


「やっぱり光彦か。まぁ、アンタでも良いや。美世を探してきて」

 光彦は浅野美世が大好きなんだ。

 だから逆らうはずがない。

『うん、わかったよ』って言うだけだ。

 ――でも。

「……っ」

「ん? どうしたの光彦?」

 演じているだけなのだから逆らうはずも無い。

 だけど……なぜ言葉が出てこないのだろう。

 何の得も無いのに。

 ――皐月の事を思い出したからだろうか?

「……いやだ」

「はぁ?」

「いやだよ!!」

「ちょっと、アンタ何言って――」

「探したくないっ!! 彼女が勝手に出て行ったんじゃないか!!」

 気づけば僕は寝袋から飛び出して上杉の前で叫んでた。

 少し、自分が判らなくなる。

 ――何故僕の意識がまだいるんだ!?


 僕の頭は一気に混乱する。

 なぜ!?

 どうして!?

 そんな馬鹿な!?

 なぜ意識の底に逃げられない!?

 こちらの状況とは関係なく、血相を変えた上杉亜衣は僕へ詰めよってきた。

「『勝手に出て行った』? それってどういう事? 説明してくれる?」

「知らない」

 僕は藤原瑞樹であるべきではない。

 今は澄川正宗の別人格、光彦のはずじゃないか!

「ウソつかないでよ。美世はどこへ行ったの!!」

「知らないよ!! 勝手に山の中に入って行ったんだから!!」

 僕は訳が分からなくなり、子供のようにイヤイヤと頭を左右に振る。

 この混乱具合が幸いして、光彦であり続けることができた。

 しばらく僕の様子を唖然としてみていた上杉は急に眉間にシワを寄せると僕の胸倉を掴んだ。


「つ・ま・り……アンタはそれをみすみす見逃したってわけだ!!」

「……知らない」

「探しに行くよ」

「行かない」

「今はふざけてる場合じゃないのは分かるでしょ?」

「嫌だ! 嫌だ! 嫌だ!」

「馬鹿野郎っ!!」

 彼女の叫び声が聞こえた次の瞬間、頬にジンワリと広がるような痛みを感じた。

 僕の動きは一瞬の内にして止まる。

 上杉はしばらくこちらを睨みつけた。僕は頬をさすりながら視線を反らす。

 する彼女はため息をつき、殴った手を振りながら僕に言った。

「……もういい。有希と一緒に探すから。アンタはそうやって勝手にしてれば」

 彼女は捨て台詞を残し、ログハウスへ戻っていく。

 数分して吉川有希を連れて出て行った。

 吉田有希が何度も振り返って僕を見ていく。

 それだけで非難されているかのような気分になった。


 一人取り残された僕は少し不安になり足元がおぼつかない感覚を味わう。

 自分でも無意味な意地を張っているのは分かっていた。

 でも、僕は明らかに浅野美世を意識し始めている。

 真田先生の暗示が効かないのその証拠だ。

 これは良くない。好きではないにしろ、意識することは感情を揺さぶられているということだ。

 僕は皐月を忘れるわけにはいかないんだ……




 何をするでもなく時間は過ぎていった。

 あっという間に日も沈みかけ、辺りの森はすでに薄暗くなっている。

 今頃なら帰る時間だけど僕らはまだここにいた。

 正確には今ここには僕しか居ないのだが。

 二人は美世を探しに行ってまだもどらない。

 僕はうずくまりながら、まだ悩んでいた。

 なぜ彼女が僕に好意をよせ、殺してくれといったのか?

 殺してくれといった割には刹那として(彼女が好きでもないので刹那は現れない)僕がナイフを見た途端、怯えていた。

 じゃあ、あんな夜中に僕の元へ来て何をして欲しかったのだろう。

 ……もしかして。ある可能性に思い至ったからだ。

 美世も僕に助けを求めていたのだろうか?

 だとしたら僕は……それを振りほどいたことになる。

 ――仕方ないじゃないか。僕は皐月のことで精一杯なのだから……これでいい。

 でも、これって皐月との再会の時と同じじゃないか?


「何処探してもいないし。ねぇ、亜衣。警察に連絡したほうがいいみたい」

「まずいね。美世の体の事を考えたら時間が無い。もし、山の中で遭難でもしているなら体力の消耗も激しいし……」

 不意に声が僕の耳に入ってきた。横を向くと既に二人は帰ってきていた。

 僕が顔を上げると二人と目があう。

 気まずい空気が流れ、お互いに視線を外すことができない。

 すると、やはりと言うか上杉が僕に近づいてきた。

「澄川、本当のことを教えて。美世が何処に行ったか知らないの?」

 僕は無言で首を振った。

 光彦にも正宗にもなってない以上、喋るのは得策ではない。

「美世の体の事は知ってるでしょ? あの子は今じゃあ三日おきに薬の投与を行わないと大変なことになるの」

 なんだよそれ、僕には関係ないことだろ?

「だから、この旅行にも最初は両親に反対されたの。でも、美世は澄川と一緒に行きたいからって……わかるでしょ?」

 わかってるさ。だから重荷だったんだ。

「あの子は危険を承知でここへ来てるの……大袈裟って言うかもしれないけど」

 いい加減やめてくれないか?

 僕に罪悪感を与えたくても無駄だ!

「その美世がココからいなくなるって言う事は――」

「彼女は死ぬつもりなんだろ?」

 僕は上杉の言葉に被せる様に答えてやる。

 すると上杉は黙り込んでしまった。それは言わなくても分かる肯定だった。


 木々の間から夕日が差込み、僕らは赤く染まっていた。

 気づけば上杉の握った拳が震えている。

 また殴ろうってことか?

 だが、僕の予想に反して上杉は手ではなく、口を動かした。

「美世が澄川に好きになってもらおうと努力していたのは知っているでしょ?」

「だから?」

「え?」

「だから、お前も好きになれというのか?」

 僕の言葉に上杉はたじろいだ。

 彼女は視線を少し下げて、震わせていた拳を口元に持っていく。

「そうじゃないけど……少しぐらい心配してやってもいいじゃないってこと」

「心配か……ものは言い様だな」

「――っ!?」

 僕と上杉は距離を置いてにらみ合った。

 本当に無駄な時間だ。

 前進も後退もない中途半端な意地の張り合い。

「もういい、時間の無駄だし。有希は私と一緒に警察に連絡をしに行く」

 彼女はいつの間にか瞳に沢山涙をためていた。

 僕はその涙に少したじろいだ。

 こんな口喧嘩に勝って嬉しいのか? 僕は。

「有希、行くよ」

「う、うん……」

 上杉に手を引かれて連れて行かれる吉川と目があってしまう。

 僕はバツが悪くなってすぐに横を向いてしまった。


「ねぇ、澄川君」

「有希、もう良いって」

「ちょっと待ってよ。私は何も話してないんだから」

 吉川は上杉の腕を振り切ると、僕の前へと歩み寄った。

「澄川君、あの子と付き合ってるなんてウソでしょ?」

「えっ!?」

 予想もしなかった質問に僕は唖然とする。

 吉川は微笑みながら、『まっ、良いか別に』と言って、さらに僕へ近づいた。

「どうせ美世が何かワガママ言って喧嘩でもしたんでしょ?」

「ちょっと、有希。今更何を……」

 上杉も僕も彼女が何を言いたいのかいまいち分からなかった。

 すると急に吉川は大声を出した。

「はっ、いい気味! 自分だけ幸せになれると思ったら大間違い!」

「有希っ!!」

「亜衣、黙ってて。これ、私の偽らざる気持ちだから」

 この期に及んで何を言っているんだ?

 行方不明の友達をそこまでよく言えたもんだな。

 僕はわずかに眉をひそめてしまった。

「あれ? 澄川君。今、ちょっと嫌そうな顔しなかった? 変だね。美世を探しに行かなかったアナタならわかると思ったのに……」

 僕は彼女の一言に何も言えなくなってしまった。

 すると吉川は胸の前で一つ手を叩くと、微笑みながら僕を見上げる。


「はい。ここまでで私の妬んだ話は終わり」

 相変らず笑みを絶やさず、僕に接する吉川。

 たしか告白のときもこんな笑顔だったような気がする。

「じゃあ、ここからは未来の話ね」

 「ふうっ」と一息つくと同時に吉川は僕の胸倉を掴み上げた。

「澄川君とケンカしちゃったことと、出て行って戻ってこないことは別だから」

 ねじり上げながら彼女の拳が胸倉を掴み、僕の顎を突いてくる。

 彼女は歯を食いしばりながら、唸るように言葉を吐き出した。

「てめぇ、ふざけんなよ」

「ええっ!? ちょっ、有希?」

 上杉が急いで駆け寄り、僕と吉川を引き離した。

 羽交い絞めにされた吉川は僕に向かってさらに叫ぶ。

「アンタが探さなくたって私はぶっ倒れるまで美世を探してやる!」

「有希……」

「だって、あの子は私の人生の大切な一部だから……」

 さっきまでの激情がウソのように今度は下を向き、嗚咽を漏らし始めた。

 きっと疲れて情緒不安定になっているのだろう。

「澄川君にはそんな人いる? いたらわかるよね? 喪失感や悲しさが……」

「有希、分かったから。ちょっと休もう」

 結局、吉川は上杉にログハウスまで連れて行かれた。

 僕はその後ろ姿を見つめながら呟く。

「……わかるよ。大切な人がいるから」



 しばらくして上杉が外へ出てくる。

 僕を一瞥してどこかを行こうとしたが、立ち止まりって戻ってきた。

「で? アンタはどうするの? やっぱりこのまま何もしない訳?」

 上杉が僕に詰め寄る。

 どうすればいいのだろうか?

 いや。

 そんなことは考えなくても分かっていた。

「どうせ今から警察に連絡しても捜索は明日からになるはず。だからそれまでは僕が探す。君たちは日中さんざん探して疲れているだろうから」

「……わかったよ。頼んだ」

 上杉は僕の返事を聞くと頷いた。

「それにしても驚いたな。吉川さんがあんなに取り乱すなんて」

「私達はね。なんだかんだ言って最後には友情が勝つんだよ。もう少し大人になると違うんだろうけどね」

 そう言った上杉はなんだか誇らしげな顔をしていた。


 そして僕は深呼吸をする。

 大丈夫だ。皐月との思い出はたくさんある。それを信じて行動しよう。

 恐れる事は何も無い。想いは変わらない。

 それに美世を殺すのは刹那の仕事だ。自殺なんかさせない。

 僕が歩き出したその時、上杉が呼び止める。

「澄川、何かいつもと雰囲気違うね。今は光彦なの正宗なの? それとも刹那?」

「それは……」

 答えは決まっていた。

「僕は僕だ」

 心の弾みを利用して僕は走り出した。




「ねぇ、亜衣。夜なんかに探しに行ってホントに大丈夫なの? 澄川君が迷子になったらどうするの?」

「大丈夫、大丈夫。有希は心配性だね。」

「でも……」

「どんな心境の変化があったか知らないけどアイツから行くって言ったんだから気にしないの。さっ、私たちも迷子にならない程度に近くを探そ」

「……うん」




 ――とはいえ。

 夜に探そうなんて無謀だったかもしれない。

 こっちの方が迷子になりそうだ。なんとか草木を分けて進んでいく。

 少し心配になるけど、浅野美世の体調は確実に削られている。じっとはしていられない。

 懐中電灯を消し、声を出さずに静かに探す。

 僕の声を聞けば彼女は逃げるかもしれない。

 こんな効率の悪い探し方をしている自分がバカバカしかった。せめてもの救いは雨が降ってない事ぐらい。

 しかし、こうも暗いと余計な事まで思い出してしまう。




 それからどれぐらい時間が経ったのだろうか?

 しばらく暗闇での捜索が続いた。

 やっぱり明るい内に探しておけば良かったか……という後悔が頭を過ぎった瞬間、少し先で物音を聞いた。

「!?」

 僕は慌てて身を潜める。

 そしてゆっくり目標へと近づく。

「いるんだろ? 出てきたらどうだ?」

 僕はゆっくり歩み寄った。

 と、同時に草むらが一気に揺れ、黒い塊が飛び出してくる。

「えっ!?」

 僕はとっさに身構えたけど、出てきたのは動物だった。

「なんだ……紛らわしい」

 僕はホッとして違う方向へ探しに行こうとしたその時、再び同じ方向から物音が。

 今度はさっきと違い質量が伴った音だった。

 誰かいる!!

 すぐさま僕は音のする方向へ走り出した。

 草木を跳ね飛ばし、少しひらけた場所へたどり着く。

「あっ……」

 そこで見たのは……冷や汗を流しながら倒れている美世だった。

「まったく、やっかいなことだ」

 僕は自然と安堵のため息が漏れた。

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