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good vibration  作者: リープ
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第26話 「動き始めた心」 (澄川正宗・過去編)

 人を殺すことでお金を稼ぐ事になった僕は真田先生(当時は僕の担任ではなかったけど)の指示に従い、初めての仕事に着手することになった。

 殺す相手。それは有名人でも政治家でも無い……普通の人。

 依頼者の不倫相手。小口の殺し。だが、立派な殺人。

 手にはナイフ。

 皐月との思い出のナイフ。

 これが僕の商売道具。


 あらかじめ、個人データは会社によって用意されていた。

 僕はそれに従って、殺すべき最適な時間を狙って殺すだけのこと。

 それだけの事だ……と思ってた。

 夜。僕は息を潜めてしゃがんでいた。

 指定された通りの待ち伏せ場所で待つ。

 しばらくすると足音が聞こえ、ターゲットが近づいたことを知った。


 慎重に間合いを計り、ターゲットが真横に来た瞬間、僕は一気に飛び出し、相手に飛びつく。

 勢いのまま相手を倒し、馬乗りになるとナイフを振り上げる。

 後はそのままナイフを振り下ろせばいいだけだった。

 しかし、僕は見てしまった。

 怯えるターゲットの目。震える息遣い。

 そして何よりも相手の体温が僕へと伝わった。

 思わず動きが止まる。

 生のやり取りがそこにはあった。


 その一瞬を相手は見逃さない。

 固まったままの僕を手で撥ね退け、僕は簡単に飛ばされ、逃げられてしまった。

 逃げるターゲットを僕は追いかけたくても追いかけられなかった。

 足が竦んでいたのだ。

 一人残された僕はしばらく、呼吸もマトモに出来ず、ただ震えていた。

「なぜ殺さなかった」

 声の方向に振り返ると、真田先生が立っていた。


「あっ……」

「おかげでオレがやる羽目になった」

「……やっぱり、出来ません」

 僕は真田先生の顔から視線を降ろした。

 見えてきたものはさっきのターゲットだった。

 すでに絶命している。その体をさも獲物のように服の襟首を掴む真田先生がいた。

「何故だ? この前は懸命にナイフを使ってたじゃないか」

「この前は皐月だったから。あの子だからやったんです。皐月を傷つける事が出来るのは僕だけだから」


「なるほどね……で? 好きなのか?」

「わかりません。でも、大切な人です」

「大切な人なら刺せる……というのか?」

「わかりません……」

 それ以上僕が答えられないでいると、真田先生は服のポケットからタバコを取り出し、吸い始めた。

「なるほど、赤の他人は殺せない……か。だが、金はどうやって稼ぐ? 前も言ったが中学生のお前が払える額じゃないぞ」

「それは……」

 どうしようもない無力感が僕を襲う。何も出来ない自分が歯がゆかった。

 そのうちに大型の車が僕らの目の前に横付けされ、ドアが開くと数人の男が出てきて、死んだターゲットを回収していく。

 再び僕らは2人きりになった。


「実はな、お前が人を殺せるなんて思っていなかった」

 真田先生はタバコを地面に捨て靴の踵でもみ消す。

「オレが気に入ったのは愛するものを殺すお前の姿なんだからな」

「そんな……」

「まぁ、最後まで聞け。オレに1つ提案がある」

「提案?」

「ああ。……皐月って子をまた殺してみないか?」

「!!」

「なぁに簡単なことだ。お前に暗示を掛けるんだ。催眠術みたいなものだな。ターゲットが皆、皐月に見えるように暗示すれば……殺せるだろ?」

「……そんな事ができるんですか?」

 僕は半信半疑だった。

「まぁ、暗示をかける事に関しては人を殺すために役立つ可能性のあるものは何でも覚えたから問題は無い。問題なのは、ただターゲットが皐月に見えたところで殺すという行為は恐らく、単純な暗示では無理だということだ。本能が邪魔をするからな」

「……」

「だが、お前で無いもう1つのお前がやるとしたらどうだ?」

「さっきの話を考えれば……暗示でもう1つの僕を作るんですか?」

「簡単に言えばそうだ」


 随分突飛な提案だった。

「人を殺すための人格を作る。その引き金はお前が相手に好意を持つこと」

 もう一度あの感覚を味わえるというのだろうか?

 だとしたら僕は……

「どうだ? 面白いだろ?」

 僕はこれに乗るしかないようだ。

 皐月を生かすために。

 だから僕からも提案することにした。

「だったら、あと人格を二人に増やしてもらえませんか?」

「どういうことだ?」

「好きか嫌いの判断をするのは僕じゃないほうがいい。僕だと感情がコントロールできてしまう。だから……ただ機械的に好きか嫌いを判断する人格が欲しいんです。それと、ターゲットを好きになるためには彼らに接触しなくちゃならない。その為の人懐っこい性格を有する人格。この二つです」

「ほう、なかなか良い事言うじゃないか。気に入った。それで行こう。それでお前はどうする?」

「僕は……居なくてもいいでしょう」


 こうして刹那・正宗・光彦が誕生した。

 刹那はあの時の僕が表れ、殺すことに特化した人格。

 正宗は余計な感情が入らないよう無表情、無感動な人格。

 光彦は楽しかった皐月との思い出をベースに人格が創られた。


 暗示を受けてからは人を殺せるようになった。

 人を殺すときはいつもあの時のまま。

 雨の何も出来ない自分がいて、死ぬことを望んだ皐月がいる。


 その後、僕は一人で暮らすことを選択した。

 両親どちらからの束縛は受けない。

 もう僕にとって両親はどうでも良い存在となっていた。

 高校生になった僕は真田先生のいる「株式会社Thread winter」が経営す学校へ入学した。

 いつしか僕は普段の生活も正宗に任せることが多くなり、最終的には完全に僕は消えた。

 僕はもう表には出たくない。

 後は他の人格達に任せ、僕は僕の思い出の中で生きれば良い。

 こうして昨日も今日も明日も皐月のために人を殺す日々が続くはずだった。


 浅野美世と上杉亜衣があらわれるまでは。

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