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good vibration  作者: リープ
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第22話 「赤で繋がっている」 (澄川正宗・過去編)

「なにこれ?」

「ナイフやん、わからへんの?」

「そりゃ見れば分かる。で、どうしろと?」

 皐月は服の袖を捲りだした。

「心中しよか。私の手首を切って。その後アンタの手首も切るから」

「は!? バカかお前は!! そんな事が出来るわけが……」

 そう言って見た彼女の顔は真剣だった。

 瞳だって潤んでる。

 僕はどうしていいか分からない。

 こういう時、どうしようもなく子供だなって思う。

「なんか不安で怖くて今まではそんな時、自分を傷つけて安心して……もう、しやへんって決めたのに……でも、今日だけ、今日だけ頼むわ。自分でやったらどれだけやるか分からへん」

 そこで初めて彼女の腕の異変に気が付くことになる。手首を中心に傷だらけだった。

 僕の手は震えていた。

 自分を傷つけた事もなければ、まして他人を傷つけた事もないからだ。

「このナイフ良く切れるからなぞるだけでええよ」

 彼女の手がそっとナイフを握る僕の手に触れる。

 そのまま彼女と僕の手が手首をなぞる。

 一回なぞった後、少しして血流れ出す。僕は暫くそれを黙って見ていた。

「さっきさぁ、なんで薬を売りながら来たか聞いたやんか? あれな、お母さんに会うためなんやけどな」

「ふうん……」

「さっきも言ったけど親父はヤバイ仕事しとって、お母さんは私の小さい頃に愛想つかして出ていったんな」

「別に言いたくなかったら言わなくても――」

 さっきの事といい彼女とはこれ以上関わりあわない方が賢明だと僕の心は訴えていた。

 しかし、彼女は話続けた。そして僕も話を聞いた。


「それからロクな生活できへんくて親父に暴力振るわれたりしてな。いつか逃げ出したろって思ってたんな。でも、一人になるのは怖かったん。そんな時に偶然見つけてしまったんな」

 そう言って僕に一枚のハガキを見せてくれた。

 消印は2年前。住所は隣町だ。差出人は……僕に分かるわけがない。

「それ、お母さんからの手紙なんやんか」

「なるほど……」

 裏を見ると綺麗な字で色々と書いてあり、内容は再婚するので子供を引き取りたいというものだった。

「遅いかもしれへんけど、母さんの所へ行きたいって思って、親父のところから逃げるようにここまで来てみたはいいものの……いざ、住所にある家の前に来て外から覗いたら、お母さん、再婚相手と楽しくやってたわ。凄く幸せそうで私の入る余地なんてあらへん……」

「……」

「だからな……そこからも逃げてしまったん。もう、いくとこないんや……」

 目の前に明らかに僕より不幸な女の子がいる。

 でも、彼女を救うすべもなければ、家のことで精一杯な僕がいる。

 ただ、見過ごすだけ……なのか?


 そこで思いついたことはひどくに馬鹿げた事だった。僕は自分の腕を彼女の前に出した。

「今度はオレの番だろ。オレも傷つけろよ、一人で浸るな」

 この行為はくだらない馴れ合い、薄っぺらい偽善かもしれない。

 でも、そんなモノにでもすがり付いて生きていく力に変えていかなくちゃならないときがある。

 今、僕が出来るのはこれだけだ。こんなものしか彼女に与えられないだから……


 彼女は僕の腕を暫く見つめていた。

「やっぱりええわ。なんかアンタの腕、綺麗やもん……」

「遠慮すんな。僕だけ綺麗なままってわけにもいかないさ。僕達に似てるんだろ? 最初そう言ったよな」

「それは……」

「早く」

「ええの?」

「うん」

 彼女もさっきと同じく震えながら僕の腕にナイフを当てた。

 僕は彼女の手に自分の手を添えると一気に腕を引いた。

「痛つっ!!」

 やっぱり激しい痛みが僕を襲う。自分の腕を掴み必死に痛みをこらえる。

 なんだか頭がガンガンする。

「大丈夫?」

 彼女は心配そうに僕を見ている。

 僕は彼女はこの痛みに耐えてるのか? と不思議に思う。

 そんな僕を見越していたのか彼女は呟いた。

「私は慣れてるから」

「それもどうかと思うけど……」



 それからどれくらい立っただろうか、心中なんて大層な事いったけど、そんな簡単に人が死ねるわけも無く、僕らは何も言わず公園のベンチにいた。

 むしろ僕はそれが心地よかった。痛みも引いてきたし。

 しかし、彼女が沈黙を破った。

「なぁ、キスせえへん?」

「えっ?」

「そんなに慌てやんでええやん。普通のキスやない。私らはそういう事はせんとこ。それやると何か慰め合いみたいになるやん。だから……」

 彼女は僕の傷のある腕を掴むと自分の腕のほうへ引き寄せ、自分の傷と僕の傷を重ねるように合わせ、僕を見て微笑んだ。

 僕の行為が彼女の気持ちを晴らしたかどうかはわからない。

 でも、これは……確かにキスだった。


 時間が経つと血も止まり、僕らはただ夜空を見上げてた。

「なぁ、さっきから言おうと思ったんやけど、お互い『アンタ』って呼ぶの止めへん?」

「嫌だ」

 僕の返答を聞いて彼女は僕を上目遣いで覗き込んでくる。

「何? 照れとんの?」

「照れてない」

「ウソや。じゃあ、名前で呼んでもええやん。な、瑞樹」

「……僕は呼ばないぞ」

 と言いながらそれ以来、僕も皐月と呼ぶようになった。

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