第21話 「欲望」 (澄川正宗・過去編)
「で?何処案内してくれるん?」
皐月は僕の数歩前を後ろ歩きしながらそう言った。
なんだか良く分からないが、この街を彼女に案内する事になったのだ。
別に無視ってもよかったけどすることないし、付き合うことにした。
そして何処から案内するか考えていると彼女は僕を急かした。
「もうちょっと早く決めれへんの? まったく、これやから日本は決定力不足やって言われるんやん」
「何の話してるんだよ」
「サッカーの話」
「はぁ……」
「もうええわ、ここにしよ」
そう言って指差したのは、カラオケボックスだった。
「……」
「なに? ベタ過ぎる? まぁ、ええやん。入ろ、入ろ」
僕の意見を聞くことなく一人でさっさと入っていった。
そして、どんどん一人で受付も済ませ、僕を引きずるように部屋へ連れて行き、さんざん彼女一人で歌いまくった。(もっとも勧められても歌う気は無かったけど)
「あーっ、スッキリした。次何処行く? 私、お腹が空いとるんやけど」
「あれだけ歌えば腹も空くだろ」
彼女は頬を膨らませた。
「アホっ!! カラオケは戦争やに!! 曲入れへんヤツが悪い!!」
「別に入れる気も無かったし」
すると急に彼女は俯いた。
「……しょんぼり。アンタなんかノリ悪いなぁ。もっとテンション上げてこ!!」
そう言いながら仰向くと、両腕を目一杯広げ僕の肩を叩いた。
彼女は感情表現豊かな人間だ。僕とは違う人間なのだろう。
次に僕らが行ったのは焼肉屋だった。
しかし、僕はあまり食べる気がしなかった。
「なぁ、食べへんのならその肉ちょうだい」
「……どうぞ」
すると明らかに彼女は不満そうな顔をした。
「違うやろ!! 『そこは誰がやるか!!』って言って急いで食べるとこやん!!」
「やっぱりアンタ大阪じ……」
僕の言葉を遮るように彼女は席を立った。
「違う!!私は大阪人でも関西人でもないっ!! ……これやから言葉の違いがわからん人間は嫌やなぁ。『やん』とか『ねん』を使ったり、お笑いを強要すると関西人やと思っとるやろ? 違う、違う!! 私の言葉は関西弁のニセモノじゃないっちゅーねん!!」
「誰もそんな事まで言ってないだろ」
とりあえず僕は冷静に答えてみた。彼女も言いたい事を言えたのか席に座った。
「そらそうやな。まぁ遠慮せんと食べて。金なら私が出すから」
それでも箸を付けようとしない僕を見た彼女は言った。
「どうせ汚いことから出来た金やし、そういう金は目一杯使うに限るからな」
履き捨てるように言う仕草はさっきの勢いとは違い、どこか自嘲的な印象を受けた。
薬を売るということには罪悪感を感じているのかもしれない。
「本当におごってくれるんだろうな」
「うん。こんなモンで良かったら」
そして僕は無理やり肉を食べた。
すると次第に彼女の機嫌も治ったらしく、最後は僕と肉の取り合いをした。
焼肉屋から出ると、軽く飛び跳ねながら彼女は僕の前を進んだ。
かなり機嫌が良いみたいだ。
「あんな、あんな、次な、プリクラが撮りたいんやけど」
「えっ!?」
ハッキリ言えばプリクラは大っ嫌いだ。
しかし……
「一人で撮ってもショボイだけやん。なぁ〜ええやろ?」
僕は彼女に押し切られた。
そして、近くのアミューズメント施設に入り、目的のモノへと急ぐ。
画面を前に髪の毛を整えながら彼女は言った。
「あーっ、どんなポーズしようかなぁ〜。久しぶりやもん」
「アンタぐらいならいつも誰かと撮ってるんじゃないのか?」
すると彼女の動きが少し止まった。
「どうした?」
「ココ3ヶ月ぐらい撮ってないもん……」
「え……」
「あのさぁ、実は私な、ここからめっちゃ離れたところから家出してきたんな」
「まぁ、その喋り方じゃあここの人間だとは思えないからな」
僕は彼女が少し前に父親を置いてきたというようなことを言っていた事を思い出した。
「そんであの薬売りながらここまで来たんな」
「何のために?」
その瞬間、彼女の表情が歪んだのを僕は見てしまった。
「別に言いたくなかったらいいけどさ」
写真を撮った後、僕らは特にどこへ行くわけでもなく並んで歩いていた。
「それにしてもよくこんなに表情が変えられるもんだ」
撮れた写真を見て呟く。とたんに彼女は口を尖らせる。
「もっと気の効いた言い方できへんの? ……まぁ、ええか。」
と言うと覗き込むように僕を見てきた。
「で、これからどうする? 人間の三大欲望の『食欲』『カラオケ欲』『プリクラ欲』を満たしたことやし」
「最初の欲以外は聞いたこと無いぞ」
「揚足取らんでええ。ほんでな、後満たしてない欲は『睡眠欲』を除いて1つしかないやんかぁ。あれやん、あれ」
「は?」
彼女はそれが計算なのかよく分からないけど、僕の言葉の後、一呼吸置いた。
「――なぁ、Hなことしよか?」
「嫌だ」
僕は即答する。
「じゃあ、艶めかしいこと」
「同じだろ」
僕の返事を聞くと彼女はため息をついた。
「はぁ…… アンタはそれでも男か?」
「そういう問題じゃない」
僕の返答を聞くか聞かないかで彼女は僕の腕を掴んだ。
「ど、どこへ行くんだよ」
「最初の公園」
引きずられるように僕は元いた公園まで戻ってきてベンチに座らされた。
「さっ、やろか」
そう言うと皐月は持っているスポーツバックをあさりだした。
「僕はしないぞ」
立ち上がろうとしたけど、しっかり腕を掴まれている。
……とはいえ本気で振りほどこうと思えば振りほどけるのだが、そうしないのはやっぱり僕も男だったわけで。
「はい、これ」
思っていたより大きいなぁ……って、渡されたのはナイフだった。