第20話 「パズル」 (澄川正宗・過去編)
この辺りで簡単な登場人物紹介です。
上杉亜衣……創野高校2年生。わけあって家に帰らない女の子。普段は活発で明るい性格。だが、姉のことで悩みを抱えている。
澄川正宗……亜衣と同じクラスの男の子。病院で眠り続ける女の子ために殺し屋を続ける。無口で暗い、多重人格。
光彦……正宗の別人格。人懐っこくて、明るい性格。やたらキスをしたがっていた。
刹那……正宗の人殺しを担当する人格。人を好きになると発動する。短期で冷酷な性格。
浅野美世……亜衣の友人。大人しくて、優しい性格。重い病気を抱えている。それが元で澄川に自分を殺して欲しいと依頼。
吉田有希……亜衣の友人。変わったものが大好きで、勝気な性格。澄川を好きになったが、あっさり振られる。
真田信治……亜衣たちの高校で教師をしているかたわらで、殺しを請け負う会社『株式会社Thread winter』に勤める男。なぜか自分の高校の制服を着ている人間は殺せない。
美浦皐月……病院で眠り続ける女性。
浅野美世が去った後、僕はナイフをポケットにしまい寝袋の中に入った。
『これでよかった』と思うことにして寝ようとした。
だが、なかなか眠る事が出来ない。オマケに虫の鳴き声がさらに僕を眠らせない。
そういう時は余計な事まで思い出してしまう。
僕は思い出に浸ることで今の状況を忘れようとした。
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季節は今頃、僕は中3で、塾へ行かず夜の公園で時間を潰していた。
塾へ行かなかった理由はいくつかある。
その中でも一番い大きい理由は家のゴタゴタだった。
僕は両親との3人暮らし。
すでに親父と母さんの仲は冷め切っていて、僕経由じゃないと会話は成立しなかった。
そして昨日、とうとう僕にどちらかの選択を迫った。
親父か母さんどちらに付いて行くか。家族がバラバラになる宣告だった。
恐らく僕が生きてきた短い人生の中でもっとも重大な究極の選択……簡単には決められない。
そんな状況でも2人は塾へはキチンと行けと言う。だから塾へは行かなかった。
夜の公園は静かで好きだ。たまにヤンキーがいるけど、そういうのは無視る方向で。
僕はヘッドフォンをつけ、音楽を聞くことにした。
そうすれば誰も話しかけては来ないはずだ、そう思ってた。
そういう思い込みは一人の女の子が現れる事によって破られることになる。
音楽を聴いてる僕の前に立ちふさがる影。
下を向き気付かぬ振りをする僕。影だけがやたらに動く。
しかし、やがてその動きは止まった。
ようやく諦めたかと思ったその時、僕の目の前に突然顔が現れた。
「!!」
僕はビックリして思わず顔を上げる。
すると目の前にはしゃがんでいる女の子がいた。
見た目は僕より少し大人びていたので高校生ぐらい。
夏なのに長袖のセーラー服を着ていた。
髪は長く、先の方でまとめてある。目の大きい印象ある顔だった。
女の子は僕にヘッドフォンを取るようにと言うようなジェスチャーをしたので僕は無視をした。
彼女はしばらく僕を見つめ……というか睨んでいた。
こうなった以上我慢比べだ。
この子が諦めるか、僕が諦めるか…………なんて事は全く無かった。
女の子は僕に近づきヘッドフォンに手をかけると剥ぎ取り僕の耳元でどなった。
「『なぁ』ってさっきから言っとるやんかっ!!」
耳鳴りがして耳が痛くなって僕は女の子を睨んだ。
「何? 私が悪いって言いたそうな顔やなぁ。アンタが悪いんやんか。ずっと無視しとるから」
聞きなれないイントネーションと言葉に僕は戸惑った。
「アンタ……大阪人?」
「はぁ!?」
とりあえず言ってみただけだったが、彼女には言ってはならなかった事らしく顔を真っ赤にして怒り出した。
「アホっ!! 大阪弁と一緒にせんといて!! も〜っ、今まで行く先々でまず言われんのがそれやん。あ〜あ……私の生まれたとこは関西じゃないのに……」
彼女は腕組みをしてなにやら一人で憤慨してブツブツ言っていた。
僕はそんな独り言に付き合ってる気分じゃないので、用件を聞いてとっととあしらう事にした。
「で、僕に何か用?」
すると彼女は自分の用事を思い出したらしく、勢い良く立ち上がった。
「そうやん!! 忘れとった。大事な用件があったんやん!! えーっとなぁ……」
と言いながらキョロキョロと周りを伺いだし、僕に手招きをして小声で話し始めた。
「あんなぁ、あんなぁ。アンタ、気持ちよくなる薬っていらへん?」
「はぁ?」
いきなり意味の分からない言葉を聞いた僕は思わず声を出してしまった。
「もう、大声出さんといてよ。誰かに気付かれたらどうするんさ。実は私、白い粉を売ってるんやんけど」
気持ちよくなる薬? 白い粉?
まさか……
「覚せい剤?」
「アホっ!! そのまま言わんといてっ!!」
彼女は再びしゃがむと横においてあったスポーツバッグのファスナーを少し開いて僕に見えるように傾けた。
その中には確かに白い粉があった。しかも、かなりの量だ。
「な? ホントやろ?」
「……」
僕はハッキリ言うと信じられなかった。
まず、なんでセーラー服着た女の子がそんな物を売っているのか?
そして、バッグの中の大量の覚せい剤。
僕はその世界を知らないので何ともいえないけど、おそらく何百、何千万という金が動きそうな量だ。
彼女も僕の不審そうな顔を見たからか、フォローを始めた。
「アンタ、ウソやと思っとるやろ!! まぁ、無理もないけどなぁ。私みたいなヤツが売ってたら私だって疑うもん。でも、これ本物なんな。実は私の親父がヤクザと関わりあいがあるような仕事してるんやんかぁ。そんでな、それを私がパクったん。だからこれ本物」
「いや、百歩譲ってそれが本当だとしても……そんなことしたら君の親父さんは危険なんじゃないのか?」
それを聞いた彼女は少し考えた後言った。
「ええの、ええの。あんな親父もう知らんから。ほってきたもん」
彼女は自分の父親を見捨てたらしい。何となく分かる。
僕も自分の両親にウンザリしていた。たからつい口に出してしまった。
「まぁ、分からなくも無い。僕の場合は両親だけど……」
すると彼女は僕を凝視した。
「……それ本気なん?」
「まぁね……」
それから僕たちはそのままの姿勢で時間を過ごした。
「……もうええわ、今日は店じまい」
突然、そう言ってしゃがみ込み、スポーツバッグのファスナーを閉めながら彼女はため息をついた。
僕はそれをただ眺めていた。
イキナリ来て喋りまくって、おまけに覚せい剤まで見せられ、最後には店じまいと言う彼女は一体何なんだ?
そして彼女の動きが止まり、ゆっくり仰向き僕を見た。
僕は突然目があったので顔を逸らす。それを見て彼女はニヤッとした(様に見えた)。
「そうや。アンタさぁ、この辺案内してくれへん? 私昨日来たばっかりで何にも分からへんのやんかぁ。なぁ? お願い」
「?! なんで僕が!!」
「ええやんか!! どうせヒマなんやろ?」
「ぐっ……」
「それに……アンタと私って似てる感じがするし」
「なんだよそれ……」
たいして断る理由も見つからず、僕はなし崩しで彼女に付き合う事になった。
「私の名前、美浦皐月って言うやんかぁ。歳は17歳やけど、アンタいくつ?」
「……15歳」
「じゃあ、私の方が年上やなぁ。それやったら、皐月さんって呼んで」
別にそんな事はどうでも良かったのに、僕は家の事もあり少々反抗的になっていた。
「嫌だ。それに僕はアンタじゃない」
僕の言葉を聞いた彼女は一瞬怪訝な表情を見せたけど、すぐに笑った。
「そうやんな。別に歳なんてどうでもいいか。その答えハナマルやなぁ」
ハナマルなどと今時テレビの番組のタイトルぐらいでしか聞いた事の無いような言葉だ。
「じゃあ聞くけど、あんたの名前は?」
「僕は……」
どうして僕はこのとき彼女のペースに巻き込まれたのだろう?
あの変な言葉のイントネーションのせいだろうか?
――いや違う。
彼女は恐らく、僕という「パズル」が家族という「ピース」を失う代わりに現れた「新しいピース」。
現れるべくして現れたのだ。
だから僕も名乗る気になったのだ。
「僕は藤原瑞樹」
そう、これが澄川と名乗っている僕の本名だ。