第18話 「変わって代わらず」 (浅野美世編)
鏡に映った自分に少し違和感がありました。
「うん、良い感じじゃない」
「そうかな。なんか慣れなくて……」
「絶対コンタクトの方が良いよ。うん、可愛い」
「本当かな?」
私は眼鏡からコンタクトに変えました。
亜衣ちゃんの勧めもあったけど、自分なりに変わりたかったので、そうしました。
今までずっとメガネをかけていたので変な感じです。
「これで少しは皐月さんに近づいたかな」
「近づくも何にも追い抜いたよ!! って、私はその人を見たことないけど」
「ありがとう」
まず私が出来る事は容姿を少しでも皐月さんに近づく事だと思いました。
「ねぇ、美世。次、遊びに行く服を買いに行こうか?」
「うん!!」
「メチャメチャ露出度の高いやつを選んであげるから」
「お、お手柔らかに……」
私たちは夏休みになった事もあって山へキャンプに行く事になったのです。
もちろん澄川君も行きます。これも思い出作りの一環です。
私の体の事もあり、一泊二日が限界ですが、それでも構わないです。
「これなんかどう?」
亜衣ちゃんが持ってきたのは、着てみると肩とかおへそとかが出そうな服でした。
「それは困る。普通の服で良いと思うけど……」
「普通って……美世が選んだのって登山に行くみたいなショボイヤツじゃない。そんなのじゃあ男は喜ばないって」
「えっ!? でも、山はアブとか飛んでて刺されたら危ないし」
「アンタはオバサンかよ。皐月さんに勝たなくて良いの?」
「……じゃあ、亜衣ちゃんの方で」
両親はこのキャンプに最初反対でしたが、亜衣ちゃんの説得もあって、何とか許してもらえました。
もちろん澄川君も亜衣ちゃんが無理やり説得しました。
そして、あっという間に当日になってしまいました。
電車に乗って、その後バスでキャンプ場まで3時間弱で到着の道のりです。
今は電車に乗って、向かい合わせの席に皆で座っています。
「やっぱ、夏はこうでなくちゃねぇ、美世」
「う、うん。そうだね」
「あんたも来て良かったでしょう? 澄川」
「……うん」
さっきから亜衣ちゃんばかり喋っています。
実はそれには理由があるのです。
「人数多いほうが盛り上がるってねぇ、有希」
「そう? さっきからアンタしか喋ってないけど」
「あはははは……」
これも亜衣ちゃんの計らい(?)で有希ちゃんもキャンプに来る事になりました。
しかし、有希ちゃんは相変わらず私と話してくれないし、澄川君と話をするわけもありません。
この先少し不安です。
キャンプ場に到着した私たちはログハウスに行き荷物を置いた後、近くの川へ行く事になりました。
澄川君は早速、光彦モードに入り、楽しげです。
亜衣ちゃんも光彦君へムキになって張り合っています。私は座って岸からそれを眺めていました。
ふと気付くといつの間にか隣には有希ちゃんが座っていました。
私は何も言えず黙ったままです。有希ちゃんももちろん黙っています。
この沈黙が非常に長い時間に感じられました。
しかし、とうとうその均衡が破られました。
有希ちゃんが話しかけてきたからです。
「ホントに亜衣には参るよ。振られた相手と抜け駆けされた友達とキャンプしろって言うんだから」
「……」
私からは何もいえません黙って聞くだけです。
「そんな事出来ると思う?出来る訳無いよね?」
「それは――」
「なのにさ、アイツ言うんだ。『今しかない』って。このままだともう、二度とアンタと話せないかもしれないって」
私は耐え切れなくなって、思い切って謝ろうとしました。
「有希ちゃん、私――」
「許さないよ。謝ったって」
「っ……」
「だからアンタも謝らなくていい」
「え……」
「あれは失恋じゃないから。所謂、恋に恋してた感じ? 澄川を好きな自分が好きだっただけ。だってその証拠に振られても……全然……涙なんか……でなかった」
「有希ちゃん……」
私は有希ちゃんの顔を見ようとしたけど止めました。
今見るのは彼女に失礼な気がしたからです。
だから、有希ちゃんが気持ちを整えるのを待とうと思いました。
すると、有希ちゃんは立ち上がりました。
「美世、似合ってるよそれ」
「え?」
「澄川に気に入ってもらえると良いね」
「……うん」
しばらく私たちは無言でした。
でも、それは心地よい沈黙でした。
その後私たちはご飯の用意を始めました。
「私と有希で野菜切るから美世と澄川は他の用意をして」
亜衣ちゃんは各人にテキパキと指示を出します。私もそれに従い、澄川君と食器を用意していました。
しかし、私が近づくと澄川君は少し距離を置くように離れました。
「どうしたの、澄川君?」
「だって、まだ正宗君と交代したくないもん」
正宗君だと思っていたのは光彦君でした。
「最近、美世ちゃん正宗君と話してばっかだし……」
「そうかなぁ……」
「そうだよ。それになんか怖い……」
「え?」
「前の方が良かったな」
光彦君は急に変わった私を怖がっているようでした。
「でも、綺麗にならないと皐月さんには勝てないから……」
「ふーん」
「皐月さんに勝たないと正宗君に好きになってもらえないから……」
私の言葉を聞いた光彦君は酷く深刻そうな顔をしました。
「美世ちゃん、そんなに皐月ちゃんに勝ちたいの?」
「え?」
「ねぇ? 僕はどうでも良いの?」
「ちょっと、光彦君――」
「そんな美世ちゃん嫌いだな……」
「光彦君……」
それっきり光彦君は黙り込んでしまいました。表情も何だか正宗君と見分けがつきません。
でも、亜衣ちゃんと会話する感じでは光彦君なので、変わってはいない事が分かります。
私の中で迷いが生じました。
今でも皐月ちゃんに勝たなければいけない気持ちは変わりません。
でも……
『ねぇ? 僕はどうでも良いの?』
『……そんな……美世ちゃん嫌いだな……』
この言葉が頭から離れません。
私は間違っているのでしょうか?