第17話 「好きと努力」 (浅野美世編)
「え? でも……」
「いいって、やっちゃえ、やっちゃえ!!」
実は今、私は澄川君の家へ来ています。
昨日、亜衣ちゃんが私に学校に来る前に朝早く来るように言ったからです。
「でも、寝込みを襲うなんて……」
「襲うって、大袈裟だなぁ。キスするだけじゃない」
そうです、私は寝ている澄川君に目覚めのキスを“ある意味”強要させられているのです。
「美世がしないんなら、私がするよ」
「え?! それ困る!!」
「シッ!! 澄川が起きるでしょ?」
「ゴメン。って何で私が謝らなくちゃ――」
「まぁ、まぁ。で? するの? しないの?」
「……するよ」
私は覚悟を決めて顔を近づけます。
澄川君は穏やかな寝息を立てています。
一度したことがあるとはいえ、緊張します。
そして、あと数センチでキスできる距離まで来たとき、澄川君は目を覚ましました。
目を開けた澄川君と私は息が掛かるほどの近さで見つめ合う格好になりました。
「っ!!」
「……」
驚いたのは……私です。
磁石が反発しあうみたいに私は飛び下がりました。
澄川君は無言のまま半身を起こすと私たちを見ました。
「チッ、惜しい!!」
亜衣ちゃんは指を鳴らして悔しがっています。
私は恥ずかしくて俯いていました。
「……」
澄川君は相変わらず無言のままでベッドから出ると、そのまま洗面所の方へ歩いて行きました。
「アイツ、恥ずかしがってるよ」
「亜衣ちゃん、さっきのはどちらかと言えば怒っているんだと思うけど……」
「え? そうなの? アイツ、まだ昨日の事怒ってんのかなぁ。ねー、まだ怒ってんの!?」
亜衣ちゃんは洗面所にいる澄川君に話しかけます。
もちろん返事は返ってきません。
「亜衣ちゃん、何したの?」
「え? あれだけど」
「……あっ!!!」
指差した方向には写真立てが置いてありました。
確かそれは澄川君と皐月さんが一緒に写っている写真があるはず……でした。
でも、今は皐月さんの顔の上に無理やり私の顔が貼ってあるのです。
「亜衣ちゃんっ!!」
「大丈夫だって。超強力接着剤で貼ってあるからそう簡単には――」
「そういう問題じゃなくて!」
「……美世」
亜衣ちゃんは真剣な面持ちで私の肩を掴みました。
「今の彼女はアンタなんだからしっかりとしなさい!!」
「……は、はい」
ここ10日ばかりこんな感じで、私は澄川君の家へ行きます。
朝は私が玄関まで来て一緒に登校、学校が終ると、ココへ来て三人でお喋りしたり(澄川君は光彦君になっていますが……)。
亜衣ちゃんは私をどんどん引っ張ってくれます。
本当に亜衣ちゃんには感謝しても感謝し切れません。
用意を済ませ、私たち3人は外へ出ました。
「今日は一学期最後の登校日なので、澄川と美世は2人で登校しなさい」
「亜衣ちゃん言ってる意味が……」
「じゃあ、私は有希と一緒に行く約束してるから行くね」
「あっ、ちょっと……」
亜衣ちゃんは私の言う事を最後まで聞かずに行ってしまいました。
『有希ちゃんと一緒に行く』か……。
あれから有希ちゃんとは口をきいていません。
正確に言えば私が無視されているのですが……。
このまま私が死ぬまで仲直りは出来ないのでしょうか?
ということで私は澄川君と一緒に歩いています。
いつもなら澄川君一人で早足で歩くので亜衣ちゃんが怒るのですが、今日は亜衣ちゃんがいないこともあって私に合わせてくれています。
まさか澄川君と病院以外の場所で2人で歩くとは思いませんでした。
今は完全に2人きりです。目の前に皐月さんもいません。
「あの、澄川君……」
私の言葉を聞くと、彼は途端に表情が明るくなってきました。
「まって!! 光彦君じゃなくて正宗君に聞きたい事があるの!!」
すると、表情が一気に曇りました。
「何?」
なんだか「ちょっと便利な表情だな」とか思ってしまいました。
それはさておき……
実は言うと聞きたい事があるというのはウソです。
ただ、本当の澄川君でいて欲しいと思っただけなんです。
だから、私はどう喋っていいか困りました。
光彦君ならどうでも良いような話しでも出来ますが、考えてみれば正宗君との接し方がわかないのです。
考えた末、私が言った言葉は……
「今まで本当に好きなった人を殺してきたの?」
「……」
澄川君は黙ってしまいました。私は私で何でこんな事言ったのか分かりません。
「まだハッキリと信じられなくて。そんな簡単に人を好きになる事って出来るのかなって……」
「それを聞いてどうするの?」
「ごめんなさい。変なこと聞いてりして……」
「努力する……」
「えっ?」
「好きになる努力をするんだ。その人の良い所だけ集めて自分の中で善人にする。そうすれば後は刹那が勝手に殺してくれるから……」
澄川君は私の顔は見ずに前を向いたまま独り言のように言いました。
そんな澄川君を見て、思わず言わなくていい事を言ってしまいました。
「皐月さんもそうだったの?」
「……」
また黙ってしまいました。多分、皐月さんの事を思い出したのです。私は自分の言った事を後悔しました。
すると澄川君の口がわずかに開きます。
「違う。アレは僕らの届かない所で起きたこと」
僕らの届かない所?
よく分かりません。
でも、これだけは言えます。
「だったら、私もそうして欲しい。勝手に殺されたくは無いです」
「……」
何で答えてくれないの?
この沈黙が私と皐月さんの差なんだろうな。
この差を埋める事が出来るのかなぁ……
その時、不意に亜衣ちゃんの言葉を思い出しました。
『今の彼女はアンタなんだからしっかりとしなさい!!』
そうだよね。仕事だとしても確かに澄川君は私を好きになる努力をしているんだ。
今は偽りでも、いつかは……よしっ!!
「あの、澄川君。明日から夏休みだけど何か予定はある?」
「……特には無いけど」
「だったら、どこかへ遊びに行かない?私と澄川君と亜衣ちゃんの三人で」
そうだ、思い出を作ろう。
皐月さんとの思い出は消す事はできないけど、あの人が病院で寝ている限り、これ以上思い出は増えるも事はない。
だったら……だったら、私との思い出を増やせばいい。
――負けない。
私もこの命がなくなるまで好きになってもらう努力は怠らないことにしよう。
でも、どこかへ行くのに亜衣ちゃんを入れてしまう所がまだまだ改善の余地ありだけど……