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good vibration  作者: リープ
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第16話 「株式会社Thread winter」 (浅野美世編)

 昨日あった事を亜衣ちゃんだけには話そうと思い、朝早く学校へ行きました。

 でも、亜衣ちゃんの姿はなく、その後も話すタイミングを逃し、結局、有希ちゃんは澄川君に告白してしまいました。

 有希ちゃんには悪い事をしたと思っています。

 しかし、後悔はしていません。


 私は失う事の第一歩としてまずは友情を失いました。

 そんな友達の間で抜け駆けした私を亜衣ちゃんは応援してくれると言ってくれました。

 『澄川君を皐月さんから少しでも引き離したい』という私の我が儘を彼女は汲んでくれ、病弱な私の代わりに澄川君と一緒に暮らしてくれると言ってくれました。

 亜衣ちゃんなら大丈夫。

 彼女が他に好きな人がいることを私は知っているからです。



 そして私は今、ある人との待ち合わせのため喫茶店にいます。

 待ち人は殺しの手続きをしてくれるエージェントです。

 依頼をしたあの日、澄川君に言われたのです。

「確かに僕は殺しをしている……でも、それは仕事としてやっている事。その辺の変質者とは違う。だから君にも正式な手続きを踏んでもらうから」

 確実に何かが動き出していました。

 それは私が自ら動かしたものです。

 注文したウーロン茶を待っていると、私の前に一人のスーツ姿の男性が近づいて来ました。


「アナタが今回の依頼人ですか?」

「はい、私――」

「って、その制服は……」

「あっ!! ……真田先生?!」

 目の前に現れたエージェントとは真田先生のことでした。

 先生は私の言葉を聞いた途端、顔を曇らせ、頭に手を置きました。

「またウチの生徒か。最近は人殺しを邪魔したり、依頼するのが流行っているのか?」

 その姿は学校での無気力な感じとは大違いでした。

 いつもはヨレヨレのワイシャツを着て学校にくるのに、今はサラリーマンのようにきちんとしたスーツ姿です。

「あの、私……」

「帰る」

「え?」

「オレはガキの使いで来てる訳じゃないんだ。まったく、アイツが仕事を自ら取ってくるなんておかしいと思っていたが……」

 そう言うと真田先生は踵を返すと本当に帰ろうとしました。

 私は慌ててスーツの袖を掴みます。


「お願いです! 私の話を聞いてください!!」

「離してくれ」

「私は本気です!! お金だってあります!!」

「離せ」

「嫌です!!」

 しばらく私と先生のにらみ合いが続きました。

 私はここで引くことは出来ません、だから絶対にこの手は離しません。

 睨んでいた真田先生はため息をつきました。


「とりあえず離せ。この状況ではオレが何か如何わしい事してるみたいだろ」

 喫茶店。すがりつく女子高生とスーツ姿の男性。

 私はようやく気付き、手を離しました。

「ここじゃあ、詳しい話はし難い。とりあえずオレについてきてもらおうか」

「……はい」

 ということで私は真田先生についていく事になりました。



 真田先生は歩くのが早く、どんどん先に歩いて行きます。

 私は息を切らせながらついて行くのが精一杯です。

 一体、どこへ連れて行かれるのでしょうか?少し不安です。

 そして10分ぐらい歩いた先にある貸しビルに真田先生は入って行きました。

 エレベータで3階まで行くと『株式会社Thread winter』と書かれたドアを開け、中に入りました。

「いらっしゃいませ」

 受付の女性が私に声をかけます。


 私は学生なので会社がどのようなものかは分かりませんが、テレビなどでよく見る会社となんら変わりません。

 各人に当てられた机。その上に山積する書類や私物。奥のホワイトボードには『外出中』などの現在の社員の状況が書かれています。

 私は受付にいた女性に案内され、奥の『応接室』と書かれた部屋へ通されました。

 そして、やたらふかふかした皮製の椅子に促され、暫く待つことになりました。


 正直、拍子抜けしています。

 本当にこんな所で人殺しの契約をするのでしょうか?

 そんな思いに駆られていると、ノックの音がして誰かが入ってきました。

 入ってきたのは真田先生でした。

 先生は入ってくると机を挟んだ向かい側に座りました。

「お待たせしました。それではご契約内容についての説明に入らせていただきます」

 真田先生はありがちな営業スマイルを私に向け、何枚かの紙を渡してくれました。


 その紙には甲がどうたら乙がどうたらとか、いろいろな事が細かい文字で書いてあります。

 続いて先生は説明を始めました。

 でも、私には意味がよく分かりません。堪らず、ストップをかけました。

「あの、先生」

「何でしょうか?」

「その営業口調を止めてもらえますか?」

 真田先生は相変わらず形式的な笑顔のままで答えます。

「と、仰られると?」

「私に色々説明してもよく分からないし、何だかセールストークを聞いてるみたいで違和感があります」

「しかし、これは当会社での決まりでございますし、お前はお客様でございますから」

「先生、お客様に対して『お前』って言ってます」

「ふう……わかった。この口調は止める」

「出来れば説明も噛み砕いてお願いします。いつも授業で教えるみたいに」

「ふん、嫌味のつもりか?」

 すると真田先生はネクタイを緩め、楽そうな姿勢をとりました。


「よし、じゃあ簡単に言うぞ。この会社は表向き輸入家具を扱う。だから、人殺しを依頼するときは本当に何かを買ってもらう事になる。その隠れオプションとして人殺しがついてくるという訳だ。人殺しは大金が動く。故に会社としてはこういうカモフラージュが必要となる」

「じゃあ、やっぱりこの会社は――」

 真田先生の口元がかすかに釣りあがりました。

「大物の殺しから、ご近所さんの殺しまで承る殺しの総合商社といった所だな。こういう事は、この場でハッキリ言ってはならない決まりなのだが、まぁ、いいだろ」

「はあ……」

「で? 誰を殺して欲しいんだ? 別れた彼氏か? 気に食わない友達?」

「ち、違います! なぜ友達を殺さなきゃいけないんですか!」

「まさか、両親とか言わないだろうな。それだとかなりのリスクと伴うから、値は張るぞ」

「違います」

「じゃあ誰だよ」

「殺して欲しいのは……私自身です……」

「は?」

 私の言葉を聞いた先生は固まってしまいました。


「本気です」

「自殺すれば?」

「っ゛!?」

 私は全力で首を振ります。

 すると、真田先生はポケットからタバコを取り出して吸い始めました。

「自分で死ぬ根性も無いと」

「違います、それに自殺は根性とかそんな問題でもないでしょう。私は澄川君に……殺されたいんです」

「澄川か……」

 真田先生はそう言うと、ぷかりと煙を吐き出します。

 そして急に身を乗り出して、私の目の前まで顔を突き出しました。

「澄川に惚れたか?」

「えっと……」

「正解か」

「……はい」

 すると真田先生は大袈裟にため息をつきます。

「はあぁっ。おそらく、お前で二人目だ」

「2人目?」

「アイツに殺して欲しいと言ったのは」

 直感的にその一人目は皐月さんだと思いました。

「私……その人に勝ちたいんです」

「ふーん」

 私の言葉を聞いた真田先生は再び自分の椅子へもたれかかります。

「真剣なんです!!」


「……お前、本末転倒って言葉知ってるか?」

「え? こんなところで現国の授業ですか?」

「いや、もういいや。意味がわからない子供に言ってもしょうがない。別にお前が殺されたいと言うなら何の問題は無い。ただ、アイツはオレが個人的に雇っているアルバイトみたいな立場でな。契約上ではオレが殺しの担当となるがそれで構わないか?」

「分かりました」

「それともう1つ。お前は未成年だ。こういう契約をする際には親の承諾印が必要となるのだが……」

「はい。本棚を買うと言う事にして印鑑をもらいます」



 その後、私は真田先生から契約書を渡されました。

 最後に先生は真剣な面持ちで私に言いました。

「もう一度聞く。本気なんだな?」

 それが最後通告だと分かりました。

 これで契約をしたら私は本当に……

 でも、もう私から引く事はありません。

「はい」

「……わかった」

 そして数日後、私の家には真新しい本棚が来ました。

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