第15話 「失う人生」 (浅野美世編)
高校2年生になって、同じクラスになった有希ちゃんと亜衣ちゃんの2人と特に仲良くなりました。
初めに有希ちゃんと亜衣ちゃんが2人いて、私がその中に入ったという形です。
何から何までベタベタと一緒に行動しなきゃ行けない他の子達と違って、三人の仲はつかず離れずという感じでした。それが病院通いの私には丁度よかった。
どれだけケンカしても後腐れない関係です。
傍目から見たら、サッパリしてて仲も良くないように見られがちですが、決してそうではありません。
病院に行く事で付き合いが悪くなっても、いつも私に対する態度は変わらないし、さりげなく体の事も気にしていてます。
初めてシックリくる友達が出来たと思いました。
だから、有希ちゃんから澄川君の事を聞いた時、私は少なからず動揺しました。
澄川君はクラスでも目立たないし、有希ちゃんの眼中には無いと思っていました。
彼女は気の強いところはあるけど芯は女の子らしく、容姿に関しても私より遥かに良いし、セミロングの茶髪はいつもサラサラで瞳も大きく可愛いです。
反対に私は髪はロングだけど黒く重苦しいし、度の強い眼鏡もかけています。容姿に至っては贔屓目に見たとしても可愛いくないです。
この時はいつものように有希ちゃんと亜衣ちゃんがケンカをしてしまったので、私の動揺がばれる事がありませんでした。
私はどうしたらいいのでしょう。悩みました。
そして、澄川君と私の仲はあの時のキス以来、特に何が進行するわけでもなくただ皐月さんの病室前で会ってお話をする程度です。
会うたびに私は意識するのですが、澄川君はキスの事を忘れたかのような感じです。
確かに私はキスしたけど、好きだと伝えたわけではありません。
しかも、厳密に言うと相手は澄川君ではなく光彦君です。
光彦君のほうはと言えば、立ち居振る舞いは変わらないのですが、あの日以来「チューして」とは言わなくなりました。
私は焦りました。このままじゃあ皐月さんだけじゃなく有希ちゃんにも澄川君をとられてしまうかもしれません。
正直、この頃にはハッキリと澄川君を独り占めしたいという独占欲が私の中で芽生えていました。
――澄川君を失いたくない。
でも、全てが上手く行くはずもなく、停滞していました。
考えてみればこのままが一番良かったのかもしれません。
有希ちゃんから澄川君の事を聞いたその日、私は病院へ行きました。
何故だかその日に限って両親も病院へついてきました。
その辺りから変だとは思っていたのです。
病院へ着くと悪い予感は的中しました。
点滴をする前、主治医の高田先生が両親と私に病状についてのお話しがありました。
「美世さん。来週から週二回、病院へ来て点滴を受けて欲しいんだけど……」
「えっ……」
「それは病状が悪化したと言う事でしょうか?」
私が黙っていると堪らず、お母さんが先生に尋ねます。
すると、先生の口元が少しゆがみました。
「非常に言いにくいのですが……この前の血液検査の結果が思わしくなくて……」
両親は私の後ろにいて表情は読み取れませんが、すごく落胆しているでしょう。
反対に私はと言えば、どこか他人事のように聞いていました。
その後、いつものように点滴を受けます。
「美世、お母さん今日は点滴終るまでここに居ようか?」
握ってくれている手に力が篭っています。母親が私を心配してくれているのでしょう。
でも、私はそれを断りました。
「お母さん、私は大丈夫だよ。いつかはこうなるって分かってたし、こんな事でくじけてちゃあ、生きていけないよ」
「美世……」
「それにお母さんがいたら、なにか特別な事でもあったみたいじゃない。いつもどうりでいいよ。いつも通り」
お母さんの目は潤んでいました。
私はお母さんを心配させまいと必要以上に元気に振舞いました。
何度か説得し、両親は帰って行きました。
私は誰もいない中央処置室で点滴を受けます。
診療時間も終って人もまばらです。
点滴を受けているときは暇です。
下手に動く事も出来ません。
何時間もこのままです。
最近は音楽を聴きながら過ごす事にしています。
今日だってお気に入りの曲を聞いています。
そう、いつもと変わりません……
いつもどうり……
――私はどうなるの?
不意に涙が溢れそうになりました。
声が出そうなのを我慢して下唇を噛締めたけど、涙はこぼれてしまいました。
その後、8階へ行くのは止めました。
失いたくない全てが無くなっていく感覚。
全てが上手く行かないような気がしたからです。
家に帰っても一睡も出来ずに朝が来ました。
今日も意味の無い希望が溢れる太陽が昇ります。
その希望は私にとって無用なものです。
私は両親以外の誰かに会いたくて、朝早く学校へ行きました。
学校へ行けば亜衣ちゃんがいるからです。
亜衣ちゃんを心配する事で自分の事を忘れようとしていました。
でも、亜衣ちゃんは私を見てすぐに寝てしまいました。
何か疲れた表情をしています。きっと亜衣ちゃんも熟睡できなかったのでしょう。
その方が都合がよかったです。
もし、彼女が起きてたら私は何を言ったか分かりません。無用な心配を与えたくないからです。
亜衣ちゃんの寝顔を見た私は日常に戻った気がしました。
このままでずっといたいなぁ……そんな気にさせる寝顔でした。
お昼休み、そんな気持ちにさせてくれた亜衣ちゃんから、とんでもない事を聞きました。
澄川君が人殺しをしていると言うのです。
一緒に聞いた有希ちゃんは信用しませんでしたが、私には信用できるものでした。
話の中に澄川君が多重人格だという話が出てきたからです。一人一人の人格の名前まで合っていました。
それだけでなく、私が一度も会ったことが無い人格「刹那君」についても亜衣ちゃんは知っていました。
澄川君が多重人格だと知っているのは私だけだと思っていたので、少しショックでした。
しかし、それではありません。重要なのは澄川君が人を殺す理由でした。
好きになった人を殺すと言うのです。
私の中で初めて病院であったときの澄川君がフラッシュバックしました。
『皐月!! 今すぐオレが殺ってやるっ!! くそっ!! 何で開かないんだ!!』
じゃあ何故、私は未だにココに居るの?
答えは簡単でした。
澄川君にとって私はまだどうでもいい存在だったのです。
そうじゃなければとっくに私は殺されています。
私は……一人舞い上がってただけ?
その日の夜、私は病院へ向かいました。
今日は点滴はなかったのですが、澄川君はきっと来るはずです。
皐月さんを眺めながら澄川君を待ちます。
キスをしたあの日、私は皐月さんに勝ったと思いました。
でも、それは単なる思い込みでした。
皐月さんは穏やかな顔をして今日もベッドで寝ています。
ただココにいるだけでこの人は好きになってもらえる。
私はこの人が羨ましい……
私はいくつかのモノを失いつつあります。
1つは命。
もう1つは澄川君。
どちらも大切なモノです。
でも、私の意思とは関係なく、消えていきます。
私には『失う人生』しか待っていないのです。
それでも世界は続いていく。
なにもかも諦めるしかないの?
それからどれくらい待ったか分かりませんが、後ろから足音が聞こえて振り返ると澄川君が居ました。
澄川君は私を見ると表情を変えました。光彦君に変わったのです。
「あっ!! 美世ちゃん!! 今日も来てたんだ!! でも、こんな遅い時間までココに居ていいのぉ〜」
私はすごく冷めた気持ちで、光彦君を見つめていました。
「あれ? どうしたの?」
その変化に気づいたのか光彦君は覗き込むように私を見ます。
「ゴメン、光彦君。今日は正宗君に用があるんだ」
「えぇーっ!! やだよぉ〜!! お話しようよぉ〜」
「……お願い」
「しょんぼり……」
私は澄川君に対しても自分の命に関しても諦めたわけではありません。
光彦君は俯き、そして少しすると顔を上げました。
光彦君のような明るさが影を潜め、どこか表情に疲れが伺えます。
「もしかして、正宗君?」
「……」
彼は無言で頷きました。私は呼吸を整え、言葉を吐き出します。
どうせいつか失うのなら……
私の世界が長続きしないものなら――
「澄川君、あなたは好きになった人を殺すのですか?」
「……うん」
澄川君はゆっくりと頷きました。
私はさらに慎重に“私の気持ち”を言いました。
「私と付き合ってください」
少し間を置いて澄川君がハッキリとした声で答えます。
「それは無理」
でも、そう答えるのは分かっていました。
私はもう失うものなんか無いんです。
「アナタは殺しを商売にしているのでしょう?」
「……」
澄川君は否定も肯定もしません。
その態度が十分な答えになってしまっているのに気づいているのでしょうか。
少しずつ静かだけれど、熱いものが私にこみ上げてきます。
私は息を一気に吸い込んで吐き出しました。
「だったら、これは澄川君への依頼です」
「どういうこと?」
「私を好きになってください」
もう、私に『失うだけの人生』しか待っていないのならそれでいい。
だったら、やれる事をやるだけ……
「好きになって、澄川君の手で……私を殺してください」
私に出来る事。
それは……
自分の意思で終わりに向けて力強く進む事。