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good vibration  作者: リープ
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第14話 「ほんの少しの勇気」 (浅野美世編)

 それから私は病院へ来るたびに8階へ行き、彼女を見ます。

 彼女は別世界の人間のように綺麗で現実を忘れさせてくれる避難場所なんです。


 また、8階で澄川君と時々会う事があります。

 会うときは凄く楽しく話してくれて、学校での態度とは大違いです。

 それを不思議に思っていたのですが、光彦君という人格から澄川君は多重人格者だからだと教えてもらいました。

 澄川君には人格が三つあるそうです。

 まず、本人である普段の人格「正宗君」。

 次に今私と話をしている人格「光彦君」。

 そして私は一度も会った事が無いのですが「刹那君」という人格がいるそうです。


 多重人格だとか、そういう精神に関する事は私にはよく分かりません。

 実際、私は澄川君が多重人格者だとは思えないです。

 誰だって会う人によって態度が変わったり、凄く鬱になったり、躁になったりすることはあります。

 ……私だってそうです。

 病気の事を考えると、どうしようもないくらい絶望的な考えしか浮かびません。

 だから私は澄川君が光彦だと名乗っても澄川君は澄川君だと思います。


 それから、光彦くんは病室で寝ている皐月さんの話を頻繁にします。澄川君が皐月さんの事を好きだという事がよく分かりました。

 私も最初は楽しく澄川君と皐月さんの話を聞けました。

 どこか違った世界の恋物語を聞いているようで良い感じでした。

 ……でも最近は少し苦痛になってきました。

 私といるのに光彦君は独り言のように話すのです。

 私もここにいるのに……


 その世界に私もいれて欲しい……

 ここは現実を忘れられる場所、そうでしょ?


 だから、ほんの少しずつ勇気を出して私は自分から光彦君に話すようにしました。

 すると、これもほんの少しずつではありますが、一方通行だった会話はいつしか双方向に代わって行きました。

 学校では出来ない事をここでするんです。学校での私は控えめで口数少ないただの一生徒。

 でも、光彦くんと名乗る澄川君と居るときは、私が有希ちゃんにでもなったかのようにはしゃげます。


 私はなるべく楽しく過ごしたい。

 だから私はココに来ます。



 新学期になり、私は高校2年生になりました。そこで私はダメもとで病院での私をほんの少しだけ出してみる事にしました。

 その結果は驚くべきものでした。すんなりクラスに馴染めたのです。

 もちろん中心人物ではないですが、誰とでも普通に会話し、誰も私を避けることなく、有希ちゃんと亜衣ちゃんという友達と呼べる人達も出来ました。

 澄川君との出会いが私を変えてくれました。


 そんな6月のある日、私はいつものように病院に行き点滴を受け、その後、8階に行き皐月さんを眺めていました。

 その頃は既に皐月さんを見る事が目的ではありませんでした。

「あっ、美世ちゃん来てたんだ!! 光彦、感激!!」

 私は振り向き光彦君に笑いかけます。

 今の目的はもちろん光彦君と話すことです。

「うん、今日お薬の投与があったから」

「あっ、そうなんだぁ。でね、でね、聞いてよ、聞いてよ!!」

 こんな感じで光彦君の話は始まります。


 今では私といる時、ほとんど皐月さんの話は出ません。

 光彦君が気を使っているのかも……これは私の考えすぎでしょうか?

「――ってボクの話聞いてるぅ?」

「あっ、ごめん。考え事しちゃってて」

「しょんぼり……」

 光彦君は叱られた子犬のような表情を私に向けました。

「ごめん、許してね」

「ダメっ!!」

「えぇー、じゃあ、どうしたらいい?」

「うーんとね……チューしてっ!!」

 今どきの子供でもなかなかしないような屈託の無い笑顔で言います。


 「チューして」って言うのは光彦君の口癖なので、いつものようにあしらう事にしようと思いましたが、軽い疑問が私の頭を過ぎりました。

「光彦君、どうしていつも『チューして』っていうの?」

 私は光彦君をからかう様な軽い気持ちで言いました。

 しかし、光彦君は黙ったまま答えません。

「どうしたの?」

「怒らない?」

「え?」

 そんな事を光彦君が聞いてきたのは初めてです。

 子供が親の機嫌を取るときのようでした。だから、私も母親のように言ってみました。

「……怒らないから言ってみて」


 すると光彦君は上目遣いで私を見ながら、

「皐月ちゃんが元気だった頃、『私はキスはしない』って言ってたから。ホントはして欲しかったけど……」

「だから、他の人に言っていると?」

 光彦君は何度も頷きました。

 やはり私が皐月さんの話題を嫌がっていたことを敏感に察知して、光彦君は私に気を遣っていました。

 光彦君というのはその喋り方から幼いように見られがちですが、かなり繊細なところがあるのです。

 それだけ私がいつの間にか皐月さんを意識していたという事でしょう。


 少しだけ芽生えた想い。

 ――皐月さんに勝ちたい。

 私だって物語の主役になれる……


 ノド元まで来ている言葉を飲み込んでは、またその言葉がこみ上げて来きます。

 何度も何度も。

 そして私は、ほんの、ほんの少しの勇気を出しました。


「……していいよ」

「え? 何が?」

 さっき自分が言った事をもう忘れたかのように私に聞いてきます。

「その……チ……チュー……」

「えぇーーーーーーーーーーーーーーーー!!」

 光彦君は大げさに後ずさりして驚きました。

 皐月さんが嫌がってしなかったことを私がして上げられる。

 この時点でこれだけが皐月さんに勝利できる唯一の方法だと思いました。


 そして私たちは皐月さんの目の前でキスをしました。


 私はもちろん初めてです。

 緊張で体が震えてきました。

 しかし、唇が触れた瞬間それさえも忘れてしまいました。

 目をつむったので、触れた部分だけが私を取り巻くすべての感覚でした。

 唇が離れて暫く二人とも無言でしたが、やがて光彦君は「やったー!!チューしてもらったよ!!」とか言って飛び跳ねてました。

 それ以上の事は当然、起こる訳もなく、その後はいつもの感じで、お話しをしていました。


 帰り道、私は凄く高揚した気分でした。

 6月の夜空は既に真夏のそれと変わらず、満天の星空で私を迎えてくれました。

 あの瞬間だけは光彦君……いや、澄川君は私で一杯になったはずです。



 そんな喜びを噛締めていた時、変化が訪れました。

「ねぇ、澄川ってなんか良くない?」

 学校で有希ちゃんが澄川君の事を好きだという言葉を聞いた時です。

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