第12話 「好きだから/ヨロシク」
「開かずの教室」のドアはすんなり開いた。
「私が開けておいたの」と有希は言う。
教室に2人で入る。昨日の血痕は綺麗サッパリなくなっていた。匂いも無い。
少し昨日の事を思い出して気が滅入りそうになったので、違う事を考えることにした
何で有希はこの教室の鍵を持っていたのだろう?
この教室って誰にでも開けられるんだ。などと関心をしている私をよそに有希は話を続けた。
「実はね、ここ良くないウワサの教室だけど、ホントは違うらしいの」
「え? じゃあ何なの?」
「この学校の女の子が伝統的に男の子への告白場所として使っているらしいよ。実際ここの教室の鍵は決まった場所にあって、女の子しか知らない場所においてあるの」
「っていうか私、女だけど知らない」
「私は部活の先輩に聞いたから、帰宅部の亜衣は知らないのかもね」
ふと思う。この事を澄川が知ったらどう思うだろう……
「澄川君、来るかなぁ……」
いつの間にか有希は「澄川」の事を「澄川君」と君付けをしていた。
「来るでしょ? アイツはああ見えても……」
と私は話を続けようとすると教室のドアが開いた。
入ってきたのはもちろん澄川だった。
「……」
澄川は無言で教室に入ってきて、私たちと一定の距離を取ると立ち止まった。
成り行き上、私が居たままの告白になってしまった。
「えっと、あの……」
「……」
沈黙が続く。有希はモジモジしてなかなか言わない。
しかもチラチラとこっちを伺ってきた。
私は握りこぶしを作ってガンバレと口を動かす。
少しして意を決した有希が口を開く。
「あの、澄川君。わざわざここへ呼んだのは、その……」
「ごめん」
澄川は有希の話もそこそこに断った。
「え?」
「僕、付き合っている人がいるから……」
私は心の中で何度も『澄川のバカっ!!』と叫んでいた。
あんなに優しく断れって言ったのに!!
澄川の返事を聞いた有希は「そう……」と言ったきり黙りこむ。
しばらく沈黙状態が続いた後、有希は私を一瞥すると再び澄川へ顔を向け言葉を発した。
「あの、これだけは教えてください。これ聞いたら納得しますから……付き合ってる人って誰ですか?」
私を一緒に連れてきた理由が分かったような気がする。
どうやらまだ私を疑っているようだった。
私は私で昨日のプリクラ写真の人だと分かっているので、ため息が出た。
澄川は私たちを交互に見た後、ポツリと言った。
「浅野美世さん……」
「え?!」
「はぁ?!」
それは私達にとってまさかの人物だった。
そして……
「何で黙ってたんだよ!!」
有希は美世を見るなり、掴みかからん勢いで近づいた。
澄川の返事を聞いた後、有希は真っ先に美世の元へ向かったのだ。
「有希ちゃんがこんなに早く告白するなんて思ってなかったから」
「ふざけんな!!」
堪らず私は2人の間に入った。
「有希、落ち着いて!! 美世、話があるってそういうことだったんだ。ゴメン、私が美世の話を聞いていたらこんな事にならなかったかも」
「亜衣ちゃん……」
しかし、有希の勢いは止まらなかった。
「亜衣、それは違う!! そんな事どうでもいい!! 問題はなんで美世が澄川と付き合うのかって事なんだよ!!」
それを聞いた美世は俯いた。
「私も彼の事が好きだから……」
その一言に有希は言葉を詰まらせた。
“好きだから付き合う”答えは簡単だ。
有希も同じ気持ちだったから告ったのだし、それ以上追求できないだろう。
有希は下唇を噛締めて黙っていたが、やがて重い何かを押し出すように口を開いた。
「何で……何でさ! アンタみたいな病人を澄川君は選んだんだよ!」
「っ!!」
「有希!! 言って良い事と悪い事が――」
私の言葉に有希は自分でも良くないと思ったのか、口を手で押さえ横をむいた。
「いいの……」
「美世?」
美世の表情は俯いてよく分からない。
でも、下を見るとしっかり拳が握られていた。
「私はたしかに病人だよ。毎週、病院に行って薬の投与を受けてる。それに有希に比べたら容姿も良くないよ」
「もういいよ、美世」
それでも彼女は話すのをやめなかった。
「……でも、でもね。この気持ちは負けない……絶対」
私は美世の静かだけど、とても強い意志を確かに感じた。
有希もこの言葉がよほど効いたのか、黙って帰って行った。
それから私と美世は黙ったまま動かない。
有希が澄川に振られることが分かっていたので、いくら付き合うだの何だのといっても気にはならなかった。
しかし、美世は違う。澄川と付き合うことになったのだ。
澄川が何の意図があって美世と付き合うといったのか分からない。
でも、あの澄川だ。“好きになった人間を殺す”あの澄川だ。
止められるのはそれを知ってる私だけ。
昨日はあんな事になってしまった……止められなかった。
救える命を救えなかった。
だからこそ、諦めちゃいけない。
せめて、友達だけは救いたい。
「美世、私も澄川と付き合う事は賛成できない。有希とは違った意味で……」
それを聞いた美世は仰向き私を見た。
「そう……」
一言言うと美世はまた俯く。
「だってアイツは昨日も言ったけど人殺――」
「わかってる……」
「え?」
“わかってる”?
“知ってる”じゃなくて?
「美世、それってどういうこと?」
俯いた美世の顔はここからじゃあよく見えないけど、何だか口元が歪んだように感じた。
それは薄笑いというものだろうか?
「私はそれを望んでるから……」
私は美世を初めて怖いと思った。
でも、ココで引く訳にはいけない。
美世をアイツと別れさせる方法ならある。
誰にも言いたくなかったけど、私は最後の手段に出た。
「実は昨日私、家に帰ってないの。何処にいたと思う?」
「さぁ?」
「私、澄川君の家で泊まったの」
「っ……」
美世は何も言わず私を睨みつけた。
うぅ、何か気が引ける。
「ウソだと思うなら、澄川に聞いてみるといい」
仮に本人に聞いて何も無かったと分かったとしても、心のシコリは残るはず。
かなり汚い手だけどしょうがない。美世をアイツから守るためだ。
しかし、美世は無反応だった。
「何? ショックで何も言えない?」
「亜衣ちゃん、心配してくれるのは嬉しいけど、そんな事言っても無駄だよ」
「何が? ホントに私はアイツの家に――」
「でも、何も無かったんでしょ?」
「どうしてそれが分かるの? もしかしたら――」
その時確かに美世は悲しそうな顔をした。
「澄川君は皐月さんのことが好きだから……」
皐月?
確か昨日、刹那も同じ事言ってたっけ?
「それに亜衣ちゃんは家に帰れないんだから澄川君の家に居るといいよ……」
意味がわからない。
確かに澄川が他の子の事が好きだとしても、私が一緒に一つ屋根の下にいていい理由にはならない。
「何で!? 何でそんな事が言えるわけ? 澄川が好きなんじゃないの?」
「……好きだよ。でも……」
煮え切らない美世にいつしか私は自分を重ねていた
私だって好きだといえたらどんなに楽か……
そう思ったら、なんだか腹が立ってきた。
「だったらそんな言っちゃあダメ!!」
「え?!」
「その皐月って人がどんな人か知らないけど、戦わなきゃ、何も変わらないよ!!」
これは自分に対して言っている……完全に私は自分を見失っていた。
「えぇ?! 亜衣ちゃん、さっきは別れろって……」
「えぇ? そんなの知らない。澄川を絶対振り向かせるの!!」
いつしか私は美世の両肩を掴み、力説していた。
すると美世は私へ真剣な眼差しを向ける。
「だったら亜衣ちゃん、お願いがあるの」
「何? 言って」
「私の代わりに澄川君の家に住んで」
「はぁ? 何で私が!!」
美世の意図がよく分からなかった。
しかし、美世は真剣な面持ちで話を続けた。
「澄川君、独りになるとすぐ皐月さんのこと考えるから。その時間を少しでもなくしたい」
「美世……」
「私、こんな体だから……できないし……」
一分、一秒でも好きな人に自分の事を考えてほしい。
その気持ちが私に伝わった。
もうこうなったらやるしかない!
「美世、わかった。嫌だっていってもアイツの家に乗り込んでやる!!」
「ありがとう、亜衣ちゃん!」
考えてみれば変な話だ。
でも、そんな事を考える余裕もなく、ただ、その場の勢いでOKしちゃった感がある。
そして私は玄関のチャイムを押す。
数秒後、玄関が開き澄川が出てきた。
半開きになったドアを無理やりこじ開け、私は室内に入った。
「今日から私、ここで世話になるから。ヨロシク」
「えっ。……うん、わかった」
この時から歯車は狂っていたのかもしれない。