第10話 「communicate」
「澄川、上司命令だ。上杉亜衣をお前の家で監視しろ」
真田の言葉を受け、膝を抱えていた澄川は顔を上げる。
「拒否は……」
「これは上司命令だ。次も仕事が欲しければ従え」
「……分かりました」
澄川は立ち上がり、私の前まで歩いてきた。
「行こう」
あまり状況がよく飲み込めなかったけど、これだけは言えた。
「嫌。誰があんた達の世話なんかになるか!」
私は殺されるかもしれないこの状況で意地になっていた。
澄川も私を無理に連れて行くような事はしなかった。ただ黙って私の前に立ってる。
この状況を見かねて真田が口を挟んだ。
「今すぐ家の人に連絡してもいいんだぞ……」
「くっ……」
「この前の事で気になって調べたが、確か姉夫婦と暮らしているんだよな」
「っ!!」
「今ココに呼んで皆殺しも面白いな」
「あの人たちは関係ない!!」
私は感情に任せて真田に飛び掛り、胸倉を掴んだ。
「あの人に、あの人に指一本でも触れたら私が許さないっ!!」
「だったら、従う事だ。お前の選択肢はそう多くはない」
私を見る真田の視線は限りなく冷たく、ただ頷くしかなかった。
そして今、私は澄川と夜道を歩いている。
いろいろな事が起きすぎていた。分からない事が多すぎる。
澄川と真田の関係だとか、私は何故殺されないのかだとか……。
それ以前に私は今、澄川の家に連れて行かれようとしている。
これからどうなるんだろう?
しばらくすると澄川は急に立ち止まった。
「どうしたの?」
「……」
しばらく澄川は黙った後、
「僕、今から……行く所があるから……」
そう言ってズボンのポケットから鍵を取り出し私に差し出す。
「ずっとつけて来たんだから分かるでしょ……家……」
「アンタねぇ……」
よく考えると澄川の口調が変わっている。刹那とも光彦とも違う感じ。
しぶしぶ鍵を受け取ると、ようやく1つの質問が言えた。
「あなたは誰?」
澄川はほんの少し沈黙した後、ポツリと言った。
「……澄川正宗」
私はココに来てやっと、まともに本人と話が出来た。
「これでいいの? ホントに私が訳の分からない男の家に行くとでも?」
「分からない。でも、行くとしたら……鍵渡しておかないと入れないから……」
覇気がない。言葉も途切れ途切れだし、これが本来の澄川なの?
「まぁ、私も家の人を殺されたくないから行くけど。勘違いしないでね」
「2時間ぐらいしたら、帰る。部屋の物は好きなように使っていいよ……」
「アンタ人の話し全然聞いてないでしょ」
光彦かアンタは。
何だか他の二つの人格と違って本人は拍子抜けするぐらいショボい人間だった。
色々考えてた私がバカみたいじゃない。
そんなこんなでその場で私たちは別れ、それぞれの目的地(澄川が何処に行くかは知らないけど)に行く事になった。
初めて入った澄川の家の中はシンプルそのものだった。
入ってすぐにキッチンがあり、その奥には一つ部屋があるだけの所謂1Kというものだった。
部屋に置いてあるものも必要なもの以外は何もない感じ。
男の一人暮らしなのでかなり汚い部屋を想像してた私は少し驚いた。
部屋を見渡す、特に目に留まるものはない……
「ん?」
テレビの上に置かれている写真立てが目に入る。
近づいてよく見てみると、プリクラ写真が飾ってあった。
そこには中学生ぐらいの今より少し幼い感じの澄川とセーラー服を着た女の子(多分、高校生)が並んでうつっていた。
女の子の方は凄く表情豊かで何パターンかの表情を見せ、明るい印象を受ける。
反対に澄川は無表情。
とりあえず、一通り部屋を見ると私はため息が出た。
「何でこんな所来たんだろ?」
とりあえず澄川は2時間は帰らないといっていたので、お風呂に入る事にした。
昨日は入ってないので、さすがに我慢の限界だ。
湯船に浸かると少し落ち着いた。
私は結局、また人殺しを見逃してしまった。
しかも、殺しをした人間の家に厄介になっている。自己嫌悪……
「そう、私はお風呂に入りたくてここに来ただけ」
って、言い訳をしてみる。
お風呂から出ると私は寝床の確保に取りかかった。なにせ部屋は1つしかない。
とりあえず、その辺にあった座布団を枕にしてタオルケットを掛け布団代わりに寝る事にした。
……って何んで私寝てるのさ? なんだか馬鹿馬鹿しくなった。
結局、私は澄川の家を出る事にした。
いくら泊まる所がないとはいえ、ココへ泊まるのは危険だ。色んな意味で。
それに真田は居ない。従う意味なんてないじゃん。
私は起き上がり、靴を履いて玄関を開けた。
すると、タイミング悪く澄川が帰ってくるのが見えた。
澄川も私を見つけ、近づいてきた。
「何処行くの?」
「学校へ帰る」
それを聞いて澄川は俯き加減でこっちを見ると、すぐに横を向いた。
「止めた方がいい。あの人、まだ学校に居るはずだから……」
「はぁ……」
「それに見つかったら、困る。僕の仕事が無くなる」
「アンタ、もう少しハッキリしゃべれないの?」
私はため息混じりに部屋に戻る事にした。
今日だけだと言い聞かせて。
「ベッド使っていいから。僕は床で寝る……」
それから澄川はバスルームへ行った。
部屋で一人になった私はバスルームから聞こえる水音を聞きながら床で寝る事にした。
横になったは良いけど、昨日といい今日といい色々な事がありすぎて、ついつい考え事をしてしまって眠れない。
しばらくすると水音も消え澄川はバスルームから出てきた。
私はちょっと身を固くした。
変なことをしようとしたら大声出してやる。
あの教室を出る時、真田は『心配するなコイツは何もしない』と言った。
本当だろうか?
という心配をよそに澄川は部屋の入り口で少し立ち止まり、その後ベッドに横たわった。
よく分からない緊張感が私を襲った。
こんな事ならとっとと寝てしまえばよかった……。
次第にその緊張にも耐えられなくなり、私は話しかけた。
「澄川、起きてる?」
すぐ反応はなかったが、しばらくして
「うん……」と返事が返ってきた。
「一応言っておくけど何もしないでよ」
「うん……」
「澄川、あの後どこへ行ったの?」
「うん……」
いつまでも答えない。どうやら答えたくないらしい。
「何? いえないような所へ行ったの? いやらしい」
「……病院」
どうやら、薄っぺらいプライドはあるみたい。
こんな感じで私と澄川の会話は続いていった。