第1話 「帰る場所ってありますか?」
眠い……眠くてしょうがない……この授業が悪いんだ。
真田の声は私をわざと眠らせようとしている。
今、私は学校で授業中である。
私立創野高校。略して創高。私が通う高校だ。
これといって特徴の無い高校である。進学率がとっても良い訳じゃないし、スポーツもインターハイや甲子園、国立に行ったという話は聞かない。
大学行くヤツはクラスの8割がたいるけど、その殆どが浪人になる。生徒数も年々減少していて使われなくなった教室もある。
私立なのに学校経営大丈夫なのか?と他人事なのに心配してしまう、10年後存続しているのか怪しい高校である。
授業だって当然、真面目に受けている生徒は少なく、騒がしい。
今日だって、現国の真田(先生)の授業で私はずっと寝てた。
真田は特に生徒への関心が無く、黙々と独り言のように授業を進めるタイプの先生なので自由そのもの。机をくっ付けてウノやってるヤツラだっている。
はぁ……学校の心配なんてしてらんない。
私は今現在、シビアな現実に直面しているのだから……
あっという間に放課後。
夕日に染められた教室はオレンジに染まって全てを包んでいた。
私達は教室に残ってお喋りをしていた。
初めはそこでの他愛のない会話からだった。
「ねぇ、澄川ってなんか良くない?」
私と美世は有希を見る。
「澄川ってあの澄川?」
驚いたような表情を見せ美世が言う。
「それ以外誰が居るの?」
「うーん」
思わず私達二人は同時に唸った。
「具体的にどの辺が?」
とりあえず聞いてみる。
「全体的に物静かでミステリアスな感じがして良いじゃない」
わからない。
有希には悪いけど、澄川の雰囲気は暗いの一言で終る。
澄川とは澄川正宗といってクラスメイトなんだけど、クラス内でも居るのか居ないのか良く分からない存在の子だ。
ミステリアスと言えば聞こえは良いけど、要するに誰も澄川の事を知りたくないだけである。
だいたい、有希は天邪鬼な性格で、音楽にしたってメジャーなものにはことごとく中指を立てて、マイナーなモノ(私には雑音にしか聞こえない)ばかり聴いてるような子だ。
しかも、それを私達にも押し付けてくる。
そういうことを加味すれば、澄川に行き着いても不思議じゃない。確かにクラスの中じゃあアイツはマイナーだ。
なんだか嫌気が差した私は思い切って言う事にした。
「澄川ってあんまり好きじゃないな。だって、暗いし、なんか動物実験とかやってそー」
有希は信じられないという目で私を見る。
「エーッ、何で? あの良さが亜衣には分からないの? ……まぁ、亜衣には本当の価値っていうのが分かんないのかもね」
有希はこうやってすぐ人より優位に立とうとする……何か腹が立ってきた。
「別に分かりたくも無いし、分かる気も無い。だいたい、有希は澄川が良いんじゃ無くて、クラスで一人孤立する澄川が良いだけじゃん。私は嫌い」
これは本音だった。
澄川みたいに暗くて、一人になって浸っている人間が大ッ嫌いだ。
二人の会話に美世がおろおろする。
「まぁ、二人とも落ち着いて。人の好みはそれぞれだし……」
「もういい!!あんた達に言ってもしょうがないし、時間も無駄」
そう言って有希は帰っていった。美世と私は二人教室に残された。
「ゴメン……私、またやっちゃった」
私は悪戯っぽく舌を出す。
「しょうがないね、二人とも……」
美世は眼鏡を上げながら、ため息をついた。
私達三人が話を始めると大抵、こういう展開になる。
でも、何日かすると何となく集まってしまう。
きっとそれぞれ何か足りないからだと思う。
有希はあんな性格だから中々受け入れてもらえないし、美世にしても病弱で学校を休みがちなので、上手くクラスに馴染めず、さらには自分の意見をハッキリ言わないから流されてばっかりだし、私は……
「ねぇ、美世。今晩も頼めない?」
途端に美世の顔が曇る。
「亜衣ちゃん、ごめんなさい。私、今から病院へ行かなくちゃいけないから……」
「……そうだよね。何日も私が泊まりに行ったら美世の体がもたないよね」
私はここ一ヶ月ぐらい家には帰ってない。というか、半年で家に帰った回数は数えるぐらいしかない。
「もう遅いから美世も帰りな」
「で、でも……」
「心配しないで、学校に泊まるから。ゴメンネ、美世も病気で大変なのに」
「ごめんなさい……」
一言言うと美世も帰って行った。
結局、私は一人になった。
椅子に座り机にうつ伏せになる。
“あー、だから澄川のこと嫌いなのかも”
私も一人だから。
「も」っていうのは正確には違うか。
だって、有希にも美世にも、それにいつもはクラスで一人の澄川にしたって帰る場所があるんだから……。
時間は経ちとうとう夜になってしまった。
教室の電気など付ける訳にも行かず、時々、見回りに来る宿直の先生にばれないように隠れたりする。
何かちょっと惨め?
それでも、私は夜の学校が好きだ……というより好きにならざるを得なかった。
家に帰るのは嫌だし、夜の街中をぶらつくにしても金が無いし、かといって男におごってもらうのもキライ。
結局ここへ辿りつく。
ここは私にとってシェルターだ。人もいない代わりに人も来ない。(見回りの先生は別)でも、安心できる場所。
冷たい床に寝そべってみる。その冷たさから私にも体温がある事を知る。
私は今、息をして生きている。
やっぱり明日って来るんだよね。
こうやって世界は続いていくんだ。
嫌だなぁ……
その時、廊下を誰かが通過するのが見えた。
変だ。
見回りの時間にはまだまだある。
しかも、二人連れだ。話し声からして男と女。
私は寝そべっていたせいで見つからなかったようだ。
私以外にも物好きがいたのか。
などと考え、無理に関わりあう事もないのでほっておくことにした。
どうせやる事やるんだろうし。
二人連れが去った後、とても静かな時間が帰ってきた。
肌で空気の微妙な流れが感じられる。すごく落ち着いてる証拠だ。
普段、学校の教室では味わえない満ち足りた感覚。
その感覚に私は酔っていた。
しかし、その時間は簡単に消し去った。
それは女性の悲鳴が聞こえてきたから。