その4・Adversity flower
[クロノ]
辺りが一瞬だけ光に包まれる。
特に何も起こってないように見える。
(だが、詠唱魔法は確実に発動している…)
望み壊す改定の境界。結界の範囲内に存在する全ての物理現象を、自分の望む条件で起こすよう書き換える空間改定魔法。この中で物を上に投げたら上に行くというような常識は通用しない。
(完全にこっちが後手になるんだよなぁ…)
マキノが小さな何かを召喚する。
(石?いや、もっと機械的な何かだな…)
それをこちらに向かって斜め上に投げる。
投げられたそれは空中で止まった。
(物を投げると空中で止まる…と。というか、あれはなんだ?)
足元が光る。
いつの間にか魔法陣が形成されていた。
クロノ「ちぃ‼︎」
飛んで避ける。
どうやら上に飛んだらちゃんと上に飛ぶようにはなっているようだ。魔法陣からは扇風機のような形の刃が現れ、高速で回っている。
(マキノが今までで1番グロい殺し方をしに来てる…)
着地したところで、マキノがハンマーを大きく振りかぶっていた。
ハンマーを地面に向かって振り下ろし強く叩きつけると、自分の足元から地面がえぐれて飛び出してきた。
クロノ「ぐはぁ‼︎」
地面が直撃した体が、空中に打ち上がる。
数メートル上ったところで、天井のような何かに体を打ち付けられた。
再び落ちてきて、マキノがもう一度地面をハンマーで叩く。
今度は横に避け、地面を回避する。
マキノが叩いた地面を見ると、どこも凹んでいない。
叩いた時に生じたエネルギーやら何やらを全て離れた位置で、力を何倍にも跳ね上げて放出させたのだ。
(反則にも程があんだろっての…いやそれより…この空間には天井があんのか…もしかして壁も…?)
ということは、自分はこの結界から逃げられないということだ。
マキノが少しジャンプし、地面を蹴るように踏む。
すると、マキノが体が突然地面の上を高速で滑り、こちらに向かってくる。
目で追うのも精一杯な程の速さで突貫してくるマキノに反応が間に合わず、
クロノ「うあぁ⁉︎」
腹に膝蹴りがモロに入る。
体を倒し呻いていると、頭上でマキノが何かを召喚する音が聞こえる。
(マズイ‼︎)
体を回転させ、マキノから離れる。
自分がいた場所に、マキノは大きな石の塊を落とす。
石は地面に半分だけ埋まり、ガタガタと音を立てながら小刻みに激しく揺れている。
(うわぁ…バグッた…)
以前あれを食らったフレアを見たが、かなりのダメージを負っていた。
この魔法の真骨頂ともいえる、見た目以上にヤバい最強の技だ。
(物理現象壊すんだもんなぁ…さて、何かできることは…)
マキノが軽く飛んで地面を蹴るように踏むと、高速で移動した。
(できるはずだ…)
空間内で起きる現象は全ての対象に対して、平等に働く。
つまり、マキノがやったことは自分にもできるということだ。
軽く飛んで、地面を蹴る。
自分の体が向いていた方向に高速で動く。
体の向きを変え、若干浮いた体でもう一度地面を蹴ると、向いた方向へまた高速で移動する。
(使えるぞこれは‼︎)
マキノの周りを何回も動く。
マキノはこちらの姿を捉えようと必死だが、目が追いついていない。
何回かやってから、マキノの体に向かって動く。
クロノ「こっちだ‼︎」
拳をマキノの体に入れる。
マキノ「うぐっ…」
マキノの体が後ろへ飛ばされ、見えない壁に当たる。
(マキノにも壁の判定はあるのか…あくまでこの中の現象はこの中にいる奴全てに起きると…)
マキノが立ち上がり、ハンマーを手にする。
クロノ「また地面抉ろうってか?もう通用せんぞ?」
マキノは黙ったままハンマーを両手で持ち首の後ろへ引く。
そのまま、ハンマーを振り抜く。
(何をして…)
何かが飛んでくる音がする。
横を見ると、先ほど空中で止まっていた丸い物体がこちらへ飛んでくる。
クロノ「うおっと‼︎」
そこまで速くなかったので、手で取ることができた。
クロノ「いったいなんだこりゃ?」
マキノの方を見ると、何かのスイッチのような物を持っている。
クロノ「まさか⁉︎」
手に取った丸い物体を直ぐに後ろへ投げ捨てる。
手から離れて数センチのところで、物体がいきなり爆発した。
範囲と威力が大きく、その爆風を直で喰らう。
クロノ「があああああ‼︎」
魔力強化をしていた為大惨事には至らなかったが、あまりの痛さに体を動かせない。
(ってことは生きてるってことか…)
頭からは血がドロドロと流れている。
(これ失血すんじゃねぇの…?)
体に力が入らない。
入ることは入る。
少なくとも立ち上がり、魔力で剣を作るくらいのことは出来る。
だが、満足に戦えるほどではない。
マキノ「悪いが、見逃せない。もしここで逃したら、君が仲間を連れてきてしまうかもしれない。」
クロノ「だから…殺さねぇって…言ってんのに…」
マキノ「まだそんなことを…」
クロノ「あぁいつまでもこんなこと言うぞ俺は…あんたを連れて帰るのが俺の役目だからな…」
歩くのですらフラフラの状態だ。
マキノが何かをこちらに投げつける。
さっきの爆弾と同じものが体に何個もくっついている。
マキノ「爆発するぞ…」
クロノ「しろよ…それでも俺は諦めねぇぞ…」
(カウンターの用意はできてる…この状況を突破するにはこの空間を破壊しなくては…)
マキノ「なんでそこまでしつこくなれるんだ…」
クロノ「お前それが研究者のセリフかよ…しつこくやんねぇと成功しないもんだぜ…?」
マキノ「私は何度も君を殺そうとしているのに…そこまで傷つけているのに…なんで立ち上がる…?体には何個も爆弾が付いているのに…」
クロノ「俺は俺なりにあんたを信じてるんだぞ…?俺を殺さないことじゃなくて、あんたの中でまだ俺たちの事を信じてるってことを…」
マキノ「何を…」
クロノ「じゃなきゃ自分のしでかした事に罪悪感感じて逃げるわけないからな…あんたは悪人じゃない…」
マキノ「罪悪感は…………」
クロノ「罪悪感は…なんだって…?俺は確かに悪人を許しておけないタチでな…殺してやらないと気がすまない。でもな…あんた…俺たちに合わせる顔がないって言ってたらしいな…それはお前…俺たちに対して申し訳ないって言いたいってことだろ?悪人はそんなこと考えないし、それなら俺が殺す対象じゃない。悪人以外なら…俺はそいつの為に…命をかけて…そいつを支える…今のあんたは…助けを求めてるんだ…なら俺はあんたを助けよう…」
マキノ「助け……助け…」
クロノ「闇のせいで考えがねじ曲がってんだ…あんたの中にあるあんたに用があるんだ…ほら…顔出せよマキノ…」
マキノ「…………….クロノ……私は……許されるのか……あんなことをして……?」
クロノ「許す…俺がラフメンバーの全員を代表して……ただし条件付きだ。」
マキノ「条件…?」
クロノ「俺はバランス厨でしかも平等主義でな……何もかも平等じゃないと気がすまないんだ……あんたに何回も何回も攻撃されてちょい納得いかないからちょっとだけ痛い目にあってほしいのと……」
足元の魔法陣が光る。
マキノが作ったものではなく、自分の作ったものだ。
クロノ「今度パーティを開こうと思ってるんだ。そこで新しくスイーツを出したいんだが、作ったことなくて少し不安でな…味見役になってくれないか?」
右手のソードを発動する。
マキノ「…ははは……そんなことでいいなら……」
クロノ「よし。なら万事解決だ!」
ソードを一振りする。
自分の周りで7つの光が迸る。
そのうちの一つはマキノの体を通っている。
クロノ「こないだあんたに約束したよな?あんたの分のお菓子を1回だけお預けするって。」
マキノ「え?あぁ、あの時…」
町長の実験室でカイズを倒し、部屋を出る直前にマキノが自分を責めるのを止めようとしないのでお仕置きということで約束させた。
クロノ「あんたが俺を信じてくれたから成せた事だ。あんたが…最悪の状況を…最低の逆境をひっくり返したんだ。だから、その分のお仕置きはなかったことにしてやる。」
光が段々と強くなる。
クロノ「だからちょっとだけ耐えとけよ?味見役いなかったらパーティ開けないんだから。」
闇を受け入れたことで魂の形が変わった。
かつて自分が持っていた詠唱魔法は使えなくなったが、代わりに新しい詠唱魔法を手に入れた。
(名付けるなら…そうだな…カモミールって花の花言葉に逆境の力とかそういうのがあったな…カモミールの学名は確か…matricaria recutita…よし…逆境の華、レキュティータ・セブンス……俺の新しい詠唱魔法だ。)
クロノ「咲け‼︎|逆境の華よ‼︎」
光から次々と魔力が溢れ、何十個もの爆発が空間を包む。
マキノ「ぐぅ‼︎………がぁぁ‼︎」
マキノの体の中でも爆発が起きているので、その体にもダメージは通る。
やがて、空間にヒビが入る。
マキノへのダメージが、空間の破壊に繋がっている。
マキノ「ひっ…ぎっ‼︎……ぐっ…うああああ‼︎」
ヒビは大きくなっていき、空間がズレていく。
マキノ「がああああああああああああああああ‼︎」
空間が完全に壊れる。
辺りの状況が元に戻る。
クロノ「アボート‼︎」
光の爆発は終わってはいないが、それを無理やり止める。
爆発を済ませていない魔力が体の中に戻ってくる。
体の中に一旦全部収まると、爆発の続きをする。
(大丈夫…あと10発程度か…なら耐えられる…)
クロノ「立てるか…?」
マキノ「あぁ…」
クロノ「さて、戻ろう…の前にサクラとレオの所に行かなきゃ…」
マキノ「そうだ…メイの活動を止めなくては…私の命令じゃないと止まらない…」
クロノ「なら早く行こう。あいつらのことだからメイを壊しちまうかもしれん。」
メイの所に戻ると、サクラがメイの体に組みつき、メイの動きを抑えていた。
レオは横で杖を杖にして立っている。
レオ「お兄ちゃん…‼︎」
マキノ「メイ‼︎通常モードへ移行‼︎」
抵抗していたメイの動きが止まる。
クロノ「サクラ、離しても大丈夫だ。」
サクラ「クロノさん、終わったんですか?」
クロノ「あぁ。まだやるべきことはあるがな。」
マキノ「やるべきこと?」
クロノ「アリシアに諸々謝っとかないといけない。勿論俺だけじゃなくてだ。」
マキノは目を逸らそうとするが、自分の顔を真っ直ぐ見つめ返す。
マキノ「あぁ…許してもらえないかもしれないが、ケジメはつけよう。」