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2.せめて角くらい触らせてください

 自分で獣化し獣人になる――それが、転生してから今に至るまでの、私の悲願だ。だから獣化できる方法を探し、全て試してきた。古くから伝わる変身術、怪しげな薬なんかをやってみた。結果はもちろん、成功しなかった。どれもでたらめの嘘っぱちだったのだ。

 知られている方法でできないのなら、自分で獣化方法を生み出すしかない。そうして研究所を設立し、今に至る。現在は助手を抱え、出資者も得て研究の最中だ。

 研究と言っても、怪しげな地下室に怪物を押し込めて経過を見る、なんてことはしていない。そもそも、怪物を作り出す段階にすらたどり着けておらず、何か有用な物質はないかと地道に探しているだけだ。変身とまでいかずとも、私の体を何かしら変化させる物質があれば儲けものだ。そのために細胞の抽出物をかけてみたり注射してみたり、毒と言われる物質を含め様々な物質を試している。それは全て地味で根気のいる作業だった。



 顕微鏡をのぞき込んで変化を観察していると、助手の一人に呼ばれた。彼女に連れられてみれば、見知った顔の人物が応接室に座っていた。肩まで伸ばした緑色の髪の毛に、青緑色の瞳。姿は人間(ハゲルモ)に似ているが、先の尖った耳と後ろになびくように湾曲した太い一対の角がある。この世界でホヌフと呼ばれる種族だ。角の生えたエルフだと言えばわかりやすいかもしれない。緑髪の彼は私に笑いかけ、座るように促した。

「スムルシュ博士、研究の方はどうです? いい成果はありましたか?」

「成果と言われましても、今のところ思うような結果は出ていませんね」

 私はため息混じりに答えた。実際、獣化の手掛かりは何もなかった。私の答えに、彼はそうですかと言って優雅に紅茶を飲む。彼――アルデンド・ラクゼクミ侯爵は私の研究の出資者だ。私が言うのもなんだが、侯爵は相当な物好きだと貴族の間では有名で、「獣化する」と公言している私に資金を提供してくれる変わり者である。

 ラクゼクミ侯爵の姿は私と似ているとはいえ、太く曲がったヤギのような角と、先だけ尖った耳はポイントが高い。触ったらきっとしっとり冷たく、それでいて手に張り付くのだろうと勝手に想像している。が、あまりにも隙がなさ過ぎて実行できたためしがない。

「それで、今日は誰を堪能したんです? 手の早い貴方のことですから、もう二、三人はその手にかかったでしょうか」

 そんなことを考えていたからか、侯爵の言葉が私に突き刺さった。飲みかけた紅茶でむせてしまう。咳き込みつつも息を整え、相手を睨む。

「げほっ……人聞きの悪いこと言わんといてください」

「ふふ、貴方の助手の方々がそのようなことを言っているのを聞いたものでして。博士はことあるごとに腕や胸元を触ってくる変態だとね」

「……その変態を雇っているのはどこの誰ですか」

 軽く嫌味を込めた言葉を返してみるが、相手はまったく動じていない。やはり、この人に口で勝てる気はしない。それでも私は、噂されるほど変態ではないはずだ。それに、作業の邪魔になるような絡み方はしていない。私が口を尖らせていると、ラクゼクミ侯爵はさて、と真剣な面持ちになった。

「ところで、研究資金は足りていますか? 足りずに進まないというのであれば手を打ちますが」

「いえ、資金は十分すぎるくらいですよ。ただ、目当てのものが見つからないだけです」

 私が答えると、侯爵はそうですかと短く呟いた。安心したような残念なような、複雑な表情を浮かべている。けれど事実、資金に困っているわけではないのだ。彼が私に何を期待しているのかは知らないが、物好きにもほどがあるだろう。

 ラクゼクミ侯爵はしばらくお茶の入ったカップを見つめていたが、やがてカップを置いた。

「そうそう、貴方の頼んでいた機材、一応形になったようですよ」

 まだ試作段階ですがね、と付け加えて、侯爵は私を見た。この世界で研究をするのに必要な機材が揃っていないからと頼んでいたのだ。

「機材と言われても、どれのことです?」

「さあ、私はこれが何のためのものかはわかりませんので」

 言いながら、侯爵はなにやら紙の束を取り出した。それは私が書いた注文書と、向こうからの設計図、完成図の書かれた紙だった。一通り目を通して、あとは実物を確認さえすればいい状態であることを確認する。

「これでいくらか研究が楽になってくれればいいんだけれど」

 私はもらった資料を机に置いた。道具と技術は研究の質を左右する。だから一刻も早く機材をそろえてしまいたいところなのだが、それらの技術も一つ一つ積み上げている状態だ。機材が完成したって、今度は使用を助手に覚え込ませなければならない。先の長さに頭が痛くなってくる。

「焦らずに、という訳にはいきませんか。あなた方は」

 侯爵は含みのある言い方をした。ホヌフというのはかなり長寿の種族らしいから、半分嫌味なのだろう。私はそれに気付きながら、不敵に笑ってみせた。

「ええ。だからこの一秒さえ惜しいですよ」

 私は立ち上がり、白衣の皺を伸ばした。侯爵に軽く頭を下げ、研究室に戻る。気ばかり急いても意味のないことだ。とはいえ、今できることは今やっておくにこしたことはない。土台をくみ上げねば、獣化なんて成し遂げられないのだから。

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