脚のない虫
僕はその日奇妙な物を目にした
それはいつも帰る
暗がりの多い、ビルの谷間
先ほどからしきりに降る雨が今のざーざーと
辺りを汚くぬらしていた
肌寒いと思いながらふと何やら気配を感じてその薄い影が集まるような暗闇を見ると、そこにマネキンの人形がなぜだか毛布にくるまれて置かれていた
果てこれはどういうことだろう
私はふと興味をそそられ片側に鞄を置きしゃがむとそれをまじまじと
見つめた
手をかざしてそれを取ろうとしたとき
いきなりそのマネキン人形が動いたのだ
大きさは四十くらいでたぶん胴だけが巻かれて置かれていると思っていた自分は、それは悪魔でマネキンだとしか考えられず
それが人であるとは予想にもなかった
人とはおかしな物で
気くと僕は恐怖心よりも先に興味からその毛布をはぎ取った
そこにあったものは
そこにあったものは
もちろん見間違いではなく人形ではなかった
それは一つの布も体に付けず、こちらを見ていた
体型からして幼いせいか女とは思えなかったが
しかし何が付いていない以上女だろう
しかし問題はそこではない
彼女には歩くための物、物を動かす為の胴から結成される部分
つまり肩から先 足の付け根から先がなかった
しかし不幸中の幸いかこのときはよく分からなかったが
その先端部から少なくとも昔に何かあったらしく
出血の後は見あたらない
僕は一人そのことに安堵してまた
見続ける彼女に何を言えばいいのかと惑った
(私を連れてって下さい)
そんな声を聞いた気がする
いや思い違いだきっと
彼女はこちらを見るだけで勝手な自分の思い過ごしが生んだ幻聴に過ぎないはずだ
「・・・・・・・・」
それは微かに声を発していることにはようやく気づいていたがしかし
それは口を僅かも言えないほど動かしまるで舌をねめつけるようなそんだけの音でもはや何をいっているかま分かるはずもなく
ただただ私は困惑し続けていた
気が付くと私は毛布をくるみ彼女をまるで赤ん坊か何かのように抱き帰路に就いていた
幸い自宅まではほんの四、五分の距離で端から見ても不審に思うほどのことはなかったように思う
もし不審がってもまさか手足のない人間を抱いていたとは思うまい
家に入りまず自分は彼女には悪いが口に中に手を入れ手下があるか確認した
彼女はされるがままに最後の方はされるがままに口を開け歯を開いた
そこには薄紅とは言えずとも少々黒い赤な舌がしっかりと付いていた
私は彼女に非を詫びてから聞く
「何故しゃべらないのだ」
そこで彼女は何も言わない
「それじゃあ腹でも空いているのか」
そこで彼女はようやく首を縦に振った
それは彼女の頼りない躯からは想像のつかないほど激しく
まるで命を振り絞るかのようで僕はあわてて彼女の肩を押さえ
(分かった分かったから)
と呟くように振り絞るように彼女をなだめた
男一人の生活に贅沢はない
しかしそれでも何も作らないわけにも行かず生きていくのに不自由はないくらいは出来るようになっていた
しかしそれを得るためにかけた時間はそれほど短くはない
私は簡単なオムライスを作ると奴の前に並べる
しかしどうも寝て食べるのが許せなかった自分は
一人掛けのイスをよおいして奴の方にセットする
奴はそれを脇目もふらずガッツいた
まるで獣のようで
そしてそれは今のところ彼女の声を聞いていないことにも起因した
一通り食べ終わるのを待たずに奴に少し待てと言うと
嫌々こちらに恨む顔をして向く
その顔は所々ケチャップが飛び散りまるで血肉でも貪ったように見えた
とりあえず顔を拭いてやってから
「おまえは喋れないのか」ときく
するとこくこくと首を縦に振る
どうやら喋れはしないようだ
「ではおまえは誰かのために腕や脚を失ったのか」
すると奴は(うーむ)と悩み首を傾げた
どうやら分からないらしい
「今まで、どおしていた」
(うーむ)
また首を傾げた
そんなわけはないだろう
やはり警察にでも届けた方がいいのだろうか
いやだめだ、年齢は分からないがろくな事になりそうにない
最悪新聞に騒ぎ立てられて酷い目に遭うことは目に見えている
それではまるで見せ物だ、それならば
「おまえ行くところはあるか」
すると(ブンブン)と首を振ってまたあの目で俺を見つめた
その何もない黒い目にどんな感情が込められているのか分からないが
(こくり)
自分はそう頷きやずき奴に
「おまえの名前は何というのだ、私は」
私の自己紹介を遮り奴は机にあった鉛筆を器用にはむと
(クヌクヌ)と鉛筆を上下させ紙をどうやら催促しているようである
そこに紙を用意するとミミズのような文字で
「見時 云小」と書いた
「・・・なんと読むのだ」
「・・・・・・・・・・」
沈黙は沈黙を呼びついに彼女は仮名で書くこともなくそれを鉛筆を
(ピーン)と突き立てて顎をしゃくるのである
「あーーわかった、では年齢は」
すると奴は、また(ブンブン)とくびをオカッパ頭が(ワサワサ)
ヘリコプターのように飛ぶほど振るわし、分からないと否定したようだ
「君はどうしたいこれから」
酷だと思ってはいたがどうしようもない
赤の他人ではあるがやはりそこら変はずるずる延ばすのは良くない
決めるのは始めの方が割り切り易いはずだ
すると奴は肌色の芋虫のように(ぐにぐに)と躯を折り曲げて確実に僕に近づいてくる
すると本当に幹によじ登るかのように座っていた僕の肩にそれを預けた
「・・・・・」
嫌に心臓の音が早い
それは確実に相手ではあるがそれに共鳴するかの如く心臓が骨から皮膚に入り振るわせているのが分かった
「何のつもりだ」
女は今度はあのよく分からない目ではなく
どこか潤んだ霞がかった目を僕の目から下に少し反らせたら辺を
どことなく忙しない感じで這わせていた
「そっ・・そう言うのは良いから寝なさい」
すると彼女は ドッサ と畳に勢いよく仰向けに倒れ
目を閉じた
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
時計の音ばかり何もない部屋に響く
時間はとうに十二時を過ぎていた
不意に女の顔を覗こうとして目が合う
それは(パッチ)と音がしそうなくらいいきなり僕をみた
「うぁぇあ」僕は情けない顔でしりもちをついて彼女から離れた
今の寝そべっているその人は
僕の白と黄色を温めに合わせたようなでかめのティーシャツを上に
中はタンクトップ、勿論デカいしサイズじたい着る意味があるのかどうかさえ分からないが
彼女を運んで直ぐ
僕の引き出しからこれでもかと服をならで好きな奴を選べと言うと
先ほどのように器用に這い回り口に服をくわえ
顔で(コクコク)と指さし
「(着せろ)」と示したので半ば顔を逸らしながら丸太ん棒のような物に着せた、ちなみにティイシャツは袖が邪魔なので後ろでに縛っておいた
しかしやはりそれだけだと目の毒なので
いちおその上から更にくすんだ色のコートを着るとまるで
子供が背伸びしてふんぞり返るような大人の感じがして吹き出してしまったが、奴は笑った
かく言う下着のパンツも自分の死かなかったが
青のトランクスをこれと言って普通に口にくわえていたのは
何とも気恥ずかしい以上に何をやっているのだという気持ちになり
それを自分が履かすと思うと、ここから逃げてしまいたいが
それを押さえそれだけ引ったくるようにとは行かなくて
それを渡して貰うと素早く着付けた
しかしどこか赤ん坊のオシメを変えているようでそう考えると幾らか気が治まるから不思議と言えた
深夜
時計の音だけが耳に付いた
深夜二時くらいだろうか
明日どうしよう
赤子のように泣かないし騒ぎもしない気もするが
どれくらいの年齢でどのようにしてあんな事にならなければならなかったのか
誰があんな酷いことを
窓から月明かりが深海に降り注ぐようにカーテンの影を
(ユラユラ)と揺らし
部屋の中に影を揺らし延ばす
彼女は果たして起きているのか
それとももしかしたらいないかも知れない
死んでいる、、、嫌それはない気がする
でもどうしても見れない
またあの顔でこちらを見ていたら
そしたら僕はここから逃げ出してしまうかも知れない
あの顔で見つめられたら
あの目で見られたら
あの目で
目で
目
足
指
手
手
手
爪
関節
筋肉
め
め
め
・
・
・・・・・・・・・・・・・・・・
不意に意識がゆるむ
それは何げなしに意識せずに横を向いた
それはあの顔で僕を見ていた
ぼくを(ずーーーと)見ていたのだろうか
それとも今だけ彼女の直感で起きたのだろうか
彼女は僕を見ていた。




