↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/8

Whenever, Forever 二

ああー仕事したくないんじゃああ



 新幹線という乗り物が、この日本には縦横無尽に――否、東京―博多間は横無尽に、博多―鹿児島間、東京―稚内間は縦無尽に走っている。もっとも、縦横なんて北が上向きに示された北半球の地図上の話だし、北極星さえ北からずれはじめている昨今では、東西南北さえ、ままなっていないけれど。

 ところで、新幹線の車両の中は、「線内」でいいんだよね?

「『車両の中』なんだから『車内』でいいだろ」

 と、私の隣に座る直が、私の目を見つめて言う。

「……なるほど?」

 それなら名前を「新幹車」にすればよかったのに。

 ……あ、なんか「汽関車」の親戚っぽくなった。

「……『汽車』って『きかんしゃ』の省略形じゃないからね」

「そうなの?」

 今度は先回りして直が答える。

「『きかんしゃ』は『機関車』だから」

 口で言われただけだけど、なぜかちゃんと伝わった。

「まあ、『汽車』の『汽』は『水蒸気』って意味で、『汽車』っていうのは『蒸気機関が牽引する車』ってことだから意味は変わらないけど」

「……ふーん?」

 なるほど、わかりません。

「でも、『きかんしゃ』って言うと、どうしてもトーマスを想起せざるをえないよね」

「……そう?」

「そうだよー」

 右二席左三席のグリーン車、線内。

「グリーン車まで言っておきながら『線内』って言うなよ!」

 グリーン車車内の、右二席を二列に渡って指定席を取って、その二列を向かい合わせにして、私、直、インディゴさん、頼さんの四人が座っていた。窓際の私の正面にはインディゴさん、その隣には頼さん、私の隣には、前述の通り、直。

 因みに直が憑依している彼のフェンシングの剣――折れてはおらず、新品同様な状態だ――は、ベルトに通して右側の――私とは反対側の腰に差している。布性の剣袋に入れられて。……お世辞にもかっこいいとはいえない。

「しょうがないだろ。これが今現在の俺の本体なんだから」

「ソウルジェム的な?」

「……そうかな」

 彼は眉間に皺を寄せて悩ましげな表情を浮かべて僅かな間を開けて、そう曖昧に答える。

 普通の席より少し大きめな窓から外を眺めると、夏の朝陽が、起き出したビル街に線となって降り注いでいる。冷房が心地よく効いた車内では、さっきまでにかいた汗をしっかりと拭いておかないと、汗が冷えて風邪を引きそうだ。

 ――そういえば、私が新幹線に乗ったのは、人生でこれで三回目。一回目は、八年前に直と行った例の東京旅行。正確にはその行きと帰りで二回乗ったのだけれど、同じ一つの旅行なので、一回とカウントしてもいいだろう。そして二回目は、七年前に深結を置いて上京した、そのときである。

 一回目の、直との東京旅行は、だいぶ悲惨なものだった。今思えば「いい思い出だった」と思えるほどに、だけれど。

 八年前――二〇一〇年。大学一年の、夏休み。

 まず、直(と私)の部活の練習が夏休みだろうと問答無用で詰め込まれていたので、夏休みのうち部活が休みだったのはお盆の三日間だけだった。その三日の内、最初の二日は、直が高校の部活の後輩に指導したりするために帰省しなければならず(私も一緒のタイミングで帰省したけれど)に、結局二人のラヴラヴ旅行に当てられるのは一日だけで、つまりは泊まりなしの日帰り旅行だった。

 日帰り旅行だった!

『ごめんよ、結』

 お盆休み一日目の――正確にいえば前日の晩の夜行バスの中で、直は言った。

『別にいいし! 帰ったら覚えとけよ!』

 性的な意味で!

 夜行バスで帰省して(さすがに夜行バスのトイレで……は倫理的理由から踏みとどまった)、二日間、直について母校の高校の練習を見に行ったり(彼がインハイに出て部員が入ったのだ。指導者は一応顧問が経験者だったし。弱かったけど)、私の実家に行ったり。結局、私は実家には、親戚にちょっと挨拶しただけで一泊もしなかったけれど。直も私の両親に挨拶をして――いろいろあって、その日はホテルに泊まったのだけれど。

 近所で有名なラヴホテルに泊まったのだけれど!

『覚えとくの帰ってからじゃなかったの?!』

 と直に言われたのは、よく覚えている。ベッドの上で私の下で裸で軽く泡吹いていたから。

 そんないろいろあった帰省を終えて。

 私たちは新幹線に跨がって、「どういうこと?!」

 ――新幹線に乗って、人生初の新幹線に乗って、東京駅に降り立った。あ、「」のツッコミは現在の直によるものです。

 そこから山手線反時計回りに乗って、

「同じ方向だけど! 語呂!」

 まず秋葉原に向かった。お盆だったのに朝十時半の山手線の混雑は半端じゃなかった。今(二十七歳)の私なら痴漢プレイとか考えていたけど、当時十九歳の私はただ窮屈でしんどかっただけだった。たった二駅だったのに。

「いや、全然当時も似たようなこと考えてたよ?」

「そうだったっけ?」

「……」

 現在の、私の隣に座る直は、少し諦めたように溜息を吐いた。

 ――秋葉原では、別に何かを目的とするわけでもなく、ただぷらぷらと大通りを歩いただけだった。全国区になったご当地アイドルユニットを見に行くでもなく、メイド喫茶や執事喫茶や、同人誌を売っている店とか、そういう店に行くでもなく。やたらと多いカメラを持った欧米人を微笑ましく横目に見ながら、昼前に、適当にそこら辺にあった昭和食堂で食事をして、私たちは秋葉原を後にした。

 昼前でようやく空いてきた(それでも座れはしなかった)山手線左回りの線内で、

「車内!」

 現在の直のツッコミをスルー。山手線の車内で、私は(ナオ)に訊ねる。

『そういえば、なんで東京旅行? もっと他に近場で京都とか奈良とか、それか思い切って北海道とか海外とか、観光地なんていくらでもあるのに』

『んー、京都とか奈良は中学の修学旅行で行ったし、北海道は高校の修学旅行で行っただろ? だいぶ金銭的に苦労したけどさ。今でも、奨学金に加えて結構バイトしてるのにそんなに金ないし、部活の遠征でそれも飛んでくし。飛行機は無理だから海外は行けない』

『東京だって、今年のインカレ開催地だからどうせ来るじゃん』

『うん、そうなんだけどさ』

 と、彼は吊り革を両手で一つずつ持って、日除け用のスモークが貼られた窓から高層ビルの立ち並ぶ街を見ながら。

『インカレに行くときについでに会おうと思ってたやつが――結も知ってると思う、藤本って奴なんだが、十一月じゃ都合が合わなくってさ。夏休みなら会えるって言ったんだけど、今度は俺の都合がここしか合わなくってさ』

 彼は苦笑いを浮かべて。

『そこまでして会わなきゃ行けない人なの?』

 ちょっと嫉妬混じりで。

『んー、そこまでじゃないけど。俺にもし、何かあったときに、結が頼れる人が多かった方がいいだろ?』

『……そっか』

 ……さすがに私は、今でも直がそのときに自分の死を悟っていたとは思ってはいないけれど。

 ――それは、直にとって大事な、つながりを辿る旅で。そういえば、大会で遠征に行くたびに、直はそうやって高校時代や中学時代の友人に会う時間を作っていたし、私はその度にこのときみたいに訊ねていた。……要するに私は毎度毎度忘れていたということだ。

 直がそんな風に友人とのつながりを――(つて)を巡るわけは、直の二十年の人生を省みれば、至極尤もなことだと気づいたのは、そのときが……何度目だったかな。

 ……勿論、「何度目だったかな」と言ったからには、その「気づいた」ことも、毎度毎度忘れていたのだけれど。

 そんなことを話しながら私たちは、その藤本くんが住んでいるという新宿に到着した。

 けれど。

『たかー』

 と私が新宿のビル群を見上げている内に直とはぐれてしまって、新宿駅東口前をうろうろしている間に、自らビラ配りをしていた「キラキラ」店長にスカウトされ――そうになった。

 後から聞いたところによると、こんなところでスカウトしたらいけないらしいのだけれど、ビラ配りってことでお茶を濁していたらしい。

 結局私はその話を一度は断って(当時未成年だったし)、すぐに直と合流して、その藤本くんの家に向かって、彼の家で三人で話している内に、予定の新幹線の時間になって、東京旅行は無事終了したのだけれど。

 ……そういえば、私は秋葉原でも、メイド喫茶やらその他類似の喫茶店(?)からスカウトされた。私はそういう、男に媚び売る客商売に向いているように見えたのだろうか。

 まあ、確かに私はその方向で大成功を収めているのだけれど。

「……大成功、ねえ」

 新幹線の隣に座る直は、怪訝な表情で――目を眇めて、私を見据える。

「それに結局、結は俺の伝を全く頼らずに、自分の縁で今の仕事をしてるし」

 ま、いいんだけどさ、と溜息混じりに彼は付け足した。

 で、私たちは、今現在、人生初めてのグリーン車に乗って座っていた。グリーン車にはフットノートもあって、

「脚注かよ」

 ……ふっと……ふっと?

「フットレスト」

 そう、それもあって、足も、ふかふか背もたれに包まれた体も、とっても気持ちよくってめっちゃリラックスしている。

「……また回想に入るの?」

 直の溜息にうっとしながらも、私は再び回想に入る。

 私たち四人は、あれから――歌舞伎町の路地裏で邂逅してから――一度四人とも、というか実質二人だけれど、私のボロアパートに来て私は一日出掛けられるだけの支度をして、それからインディゴさんが予約していた新宿のホテルに移動した。タークシンで。

『タイの首相かよ』

 因みに席順は、私が助手席で運転席後ろがインディゴさん、その左に頼さん、直。運転手のおじさんから見れば奇妙な二人組に見えただろう。全員終始無言で、タクシーは黙々と、そのままと金になってしまいそうなほどに歩を進めた。

『例えが意味不明!』

 もくもくと、そのまま煙になってしまいそうに進んでいった。

『余計に意味不明!』

『そんなことより……やべえ』

 直のありがたいツッコミさえ適当に流してしまうほどに、このホテル――インディゴさんが予約したのは、私たちの港では――

『漁師かよ!』

 ――巷ではよく知られた超高級ホテルだった――の、装飾に始まる豪華絢爛さは凄まじかった。まず、このホテルに入ることは「入店」というより「入館」というべきで、玄関ロビーから、天井のシャンデリアと壁の照明によって金色に輝いていて、床には真っ赤なレッドカーペットが――

重複(ちょうふく)!』

 ――玄関の二重の自動扉から真っ直ぐ受付まで伸びていた。受付には三人、小綺麗な薄いピンク色のスカートスーツの受付嬢が並んでいて、その内の一人にインディゴさんが名前を告げてブラックカード(!)を提示すると、

『いつもご利用ありがとうございます』

 と、肩ほどの髪の女性が、背筋を伸ばして腰を四十五度に折った美しいお辞儀をする。

『お部屋までご案内いたします』

 彼女は私たち四人――二人を先導して、玄関ロビーに直結――

『直と私の名前が合体してる!』

『確かにそうだけど今はその話をする時じゃない!』

 ……直のありがたいツッコミはさておき。

 私たちは受付嬢に続いて玄関ロビーに直結したエレヴェイターホールへと向かう――ふと受付を振り返ると、一人私たちについているのに、いつの間にかまた受付嬢は三人になっていた。……控室に何人か控えているのだろうか。

 受付嬢が「△」のボタンを押すと、程なくしてエレヴェイターがやって来て、彼女はそのままエレヴエイターガールにジョブチェンジし、すっと先に乗って、

『上へ参ります』

 と、なんだか懐かしい響きのあるそんな言葉を発した。

 インディゴさんが予約したのは最上階五十二階のスイートルームで、広々としたエレヴエイターの中も、五十二階のエレヴェイターホールから私たちの部屋に続く廊下も、文字通り豪華絢爛で――高鳴る胸とは裏腹に、目はチカチカしてきていた。

受付嬢は、部屋のオートロックのカードキーで部屋の錠を開けた後、インディゴさんに鍵を渡し、

『ごゆっくりおくつろぎくださいませ』

 と言ってまた綺麗なお辞儀をして、去っていた。

 私たち四人――二人は、夜も遅かったので、

『飲もうぜえええええ!』

 という私の掛け声によって、飲めや食えやの大騒ぎを――結構厳格な側の聖職者であるらしい上にまだ十七歳なインディゴさんを除いた三人で開始した。インディゴさんは部屋について早々にふっかふかで巨大なベッド(二つあるうちの一つ)で眠ってしまって、もし端から見る人がいたら、眠っているインディゴさんを後目に――否、彼女に目もくれずに一人でどんちゃん騒ぎしているように見えただろう。

 てか二人は普通に飲み食いしていて私には肉体があるようにしか見えなかったのだけれど。

『霊力の強い霊体は、生きている肉体に近いものをもつらしいぜ? インディの近くにいる――インディの能力の影響を受けると余計に』

 と、顔を真っ赤に破顔させた頼さんが空の瓶ビール片手に言う。

『その言い方だと顔が真っ赤に腫れているみたいだな……』

 そう言って猪口で日本酒をぐいぐいいく直。

 そんなことを話しながら、私は年代物の赤ワインを空けて――そして次のを開ける。私も酒はめちゃくちゃ強いけれど、この二人も、酔ってはいるけれど、潰れる気配が全くない。直は、そういえば強かったっけ。

 ――と。

 私はふと思いつく。

『ああ、これ、完全に、エロ漫画だったら3Pする流れだわ』

『口に出すなよ結』

『口に出すなよ嬢ちゃん』

『口に出してた私?!』

 二人は無言で頷き、各々の手に持った酒をぐいっと呷る。

 ……たとえこの三人で3Pできたとして、それは端から見る人がいたら――

 ――ただのオナニーじゃね?

『しかも眠るインディゴ嬢をオカズにした、ね』

 うへあそれは何か人として最低な行為だ……少なくとも傍から見たら。

『んで、できるの?』

『……嬢ちゃん貪欲だな』

 私の率直な質問に頼さんは少したじろぐ。たじたじ。

『ところで私、昔「素直」が「すなお」と「そっちょく」二つの読み方があると思ってたんだよね』

『……結、相変わらず閑話休題が適当だよな』

『でしょ? ばっちりでしょ?』

『そっちの「適当」じゃねえよ外してばっかりだよダウニングかよ』

 直がツッコむけれど知らない名前が出てきた。

『……で、嬢ちゃん、その「昔」ってどれくらい前なんだ?』

 頼さんが話を戻して、けれどなんとなくオチはわかっていそうに、そう訊ねる。

『二年前』

『『やっぱりかよ!』』

 二人同時にツッコまれた。

『あ、ツッコまれるで思い出したけどさ』

『……その話まだ続くの?』

 直は呆れ気味。だけど彼はわかっている、お酒を飲んだ私のお喋り具合を。

『結局3Pできるの?』

『……貪欲だな』

 また頼さんがぼやく。

『だってさ――』

 だって。

『だって直が死んでから――』

 あれから七年。

『――三日に一回しかセックスしてないもん』

『『頻度!!』』

 また二人同時にツッコまれた。

『そして他の日は「ナオニー」してる』

 二人はそれにかんしてはスルーした。

『いやさー、近所のデリヘルに直似の子がいてさー、だいぶ貢いじゃった☆』

 てへぺろ。

『……え、女?』

 頼さんが多少彼の後ろで眠るインディゴさんをその大きな体で守りながら言う。

『男に決まってんじゃん』

『いや、俺はわかってたけどさ……』

 と私に憑いていた直は呟く。

『それならなぜその男をいつもみたいに刺戟しなかったんだ?』

 当然疑問に思ったらしい頼さんが(ナオ)に訊ねる。

『そりゃあ――まあ』

 と、直は猪口を持たない空いた右手で頬をぽりぽりと掻きながら、少し恥ずかしそうに目を泳がせながら。

『結がその人に、俺を投影してるのがわかったから』

 と言ってまた猪口を呷り、

『――っていうのは嘘ぴょんで、俺その子に取り憑いてたんだよね結とするとき』

『おい! ちょっといい話だと思ったのが台無し!』

 むしろ全くいい話ではなかった。最初から。

 ――で、さすがに眠くなってきたので私はインディゴさんとは別の、隣のふかふかベッドで眠った。

 爆睡だった。

 結局その後も直と頼さんは朝、始発に乗るために私とインディゴさんが起床するまで――今日は珍しく床で寝てないけど――飲んで語り合っていたらしい。

 新陳代謝とかないから気分で酔いを覚ませられるのだとか――なんだそりゃ、お主ら《孤人要塞》か。……確かに頼さんを召喚しているインディゴさんは彼女と同い年だけれど。〝Colours〟が噂通りの「秘密結社」だというのなら、インディゴさんも会社員といったら会社員かもしれない。

 あと、彼女の祓魔能力――〝藍〟=〝幽霊(ファントム)〟の正確な能力は、「人類史上至上最強」を召喚して悪霊を退散する、というものらしい。

 聖杯戦争みたいな? 頼さんは使い(サーヴァント)的な? インディゴさんは魔術師(マスター)よろしく?

『インディの手に令呪はないけどな。戦争する相手もいないし。私はそれならセイバーかな』

 呆れ顔で、けれど丁寧に頼さんは答えてくれた――第四次ライダーみたいな図体なのに。『《死色の真紅》とどっちが強い?』

 私が酒の勢いに任せてそう訊ねると、頼さんは、

『向こうだよ。あれは《人類最強》だが、あの「人類」は「人の類」という意味であって、あれは人じゃないからな』

 と、苦笑混じりにそう答えた。

『ああ、だから頼さんは《人類最強》って名乗らないんですね!』

 と、私が納得顔で言うと、

『パクリになるからだよ!』

 と酔った直にツッコまれて――そしてその後気まずい沈黙が訪れたので、私はそそくさと眠ったのだった。思い出した。

 ……ああそれと、結局、「できない」のだそうだ。

 精神的にはともかく肉体的には――っていうか昨日「()れられない」って話をしたじゃん。すっかり忘れてた。

「……ところで、昨日の晩からずっと気になってたんですけど」

 と、意識を新幹線内――新幹線の車内に戻して、目の前の二人に訊ねる。

「インディゴさんは頼さんに触れられるんですよね?」

「はい」

 今日も黒衣のシスター服に身を包んだインディゴさん――暑くないのだろうか、汗一つかいていない――は一言で答えた。因みに、他の二人の格好は、昨日と変わりない。「別に変えられる」というのは頼さんの談。それはさておき。

「それなら、お二人はセックスなさったんですよね?」

「……」

「大前提みたく言わないでくれよ、嬢ちゃんの常識が世界の常識じゃないぜ?」

 無言で返すインディゴさんをフォローするように、頼さんが私を窘める。

「『たしなめる』ってぺろぺろしててえろいよね」

「話を変えんな! ぺろぺろすんな! お前が着目してんの『なめる』だけじゃねーか!」

 直の三段ツッコミ(「大前提」――三段論法ともかかっている)。

「因みに言いますと、わたくしのこの祓魔能力――〝藍〟=〝幽霊(ファントム)〟は、わたくしが処女でないと使えないのです」

 インディゴさんが、平然と言った。

「ふーん……へっ?!」

 危うく流しそうだった。

「じゃあ処女なの?」

「声がでかい」と言う直をスルー。

「はい」

 インディゴさんが答える。

「その歳で?!」

「その歳で、と言われましても、わたくしはまだ十七歳です。この国の常識的には一般的かと」

「えーマジ処女?! キモーイ。処女が許されるのは小学生までだよねー。キャハハハハハハ」

「お前小学生で――?」

「さすがにそれはないけど」

「……、……。そういえばそうだったよな」

 直は、どうやら思い返しているようだった。何をかは言うまでもない。

「……結、お前ここ数時間で、ビッチキャラが定着しつつあるぞ」

「キャバ嬢な段階でほぼ定着――もはや接着だよ」

「アロンアルファかよ」

「タフグリップだよ!」

「入れ歯かよ!」

 えほんえほん、と、直と私の掛け合いの合間にインディゴさんが咳払いをした。

「……わたくしは聖職者の身ですので、処女――性欲に身を汚したりしません」

「……ぷーん」

「相槌!」

 直のツッコミもスルーで、私はむっとする。

「……」

「……」

「……」

「……」

 沈黙。

 ――まだ「朝早い」と言えるような時間だけれど(まだ七時前だ)、天気は晴天ですでに陽は昇り、もう夜明けとは言えない。

「また回想?!」

 直はそれが義務であるかのように私にそうツッコむ。けど私はドSなのでスルー!

朝の四時ごろ、私たちはホテルをチェックアウトした。ホテルから新宿駅までは、目と鼻の先なのにタクシーで移動した。私が助手席で運転席後ろがインディゴさん、その左に頼さん、直。運転手のおじさんから見れば奇妙な二人組に見えただろうこの席順は、要するに昨晩歌舞伎町から私のアパートに向かい、私のアパートから新宿駅近くの超高級ホテルに行ったときと同じ席順である。

 実際、私が助手席に座ろうとしたら「ぎょっ」ってさかなくんみたいな顔をされたし。

『「助手席」って、「女子席」だと思ってたんですよー』

 誰が答えても――運転手さんが答えても、だ――大丈夫なように、敬語で、漠然と車内に向けて呟く。

『そうなんですか。確かに、よく聞き間違えますよね』

 と、親切に運転手さんが当たり障りなく相槌を打って、

『どうせまた「二年前まで」なんだろ』と直。

『……』残り二人は無言。

『……どちらまで?』

 堪忍袋の緒が切れたのか(『違げーよ! 痺れを切らした、だよ!』と直にツッコまれた)、運転手さんが訊ねたので私は『新宿駅までお願いします』と答えた。また運転手さんは「ぎょっ」とさかなくんみたいな顔をして、けれど『ありがとうございます』と言って車を発進させた。

 ホテルの中、タクシーの中は冷房がガンガン行こうぜで快適だったけれど、逆にその間の外気に触れる僅かな時間がとても不快指数(誤用)だった。一瞬で玉のような汗が吹き出し、吸血鬼並みに日焼け止め万全の肌さえもじりじりと焦がす。その上駅に入った瞬間、今日は平日だからか――否、平日も休日も日本人は働くから関係ないか――人がわんさか溢れていて、もう電車に乗る前からげんなり。

『タクシーで行きましょうか』

『……そうですね』

 結局、またさっきのさかなくんおじさんのタクシーで、快適に東京駅に到着した。東京駅では、インディゴさんが例のブラックカードで四人分のグリーン車指定席を取って、現在に至る。

 至るけれど、普通の指定席も乗車率八十パーセントぐらいのこの新幹線でどうやって四人纏まった席を取ったのだろう。

「このブラックカードは特殊なんです。〝Colours〟専用で、これをもつ人の要望は最優先されるのです。わかりやすくいえば、救急車両が他者の意志や信号さえも無視して最優先されるのと同じです。ただし、公用――公的な用事に限りますが」

 と、正面に座るインディゴさんが、丁寧に教えてくれた。

「〝Colours〟が知名さていなくても、『このカードのお客様は最優先するように』というのは接客マニュアルに組み込まれているのです」

「……ぷーん」

「だから相槌!」

 (ナオ)にばしこーんと(イメージ。実際にはすり抜けた)ツッコまれたところで、

「あ、富士山!」

 北側に――私から見たら左側に、白い帽子を被った真っ青な肌の富士山が見えた。

「そう擬人化すると顔色が悪い人にしか思えないな……」

 という直のツッコミはスルー。

「これが有名なフジヤマなんですね……!」

 軽く興奮気味なインディゴさん。

 ……ていうか今更だけどなんで私は十歳も年下のインディゴさんを「さん」づけで呼んでいるんだろう。

「インディゴ、でいいですよ」

「インディ、って呼べば?」

 インディゴさんと頼さんが同タイミングで答えた。

「だからその呼び方は――」

「インちゃん、で」

 インちゃんの言葉を遮って(接客業としては失格)、私はそう彼女を呼んだ。

「呼びやすいし」

「……はい、それが、いいと思います」

 変な間があったけれど、彼女は「それで」とは言わなかった。接客業に、向いている。

「あっ、フジヤマウンテンが……」

 話している間に東京―名古屋間の最大のイヴェントは終了した。……ってかフジヤマウンテンて。マウント・フジならまだしも。

「お前それじゃあ、『モンブランモン』って言ってるようなもんだぞ」

 頼さんがぽん、とインちゃんのフードを被った頭に、その大きな掌を置く。

「デジモンみたいですね」

 私には『モンブランモン』がどんな間違いのたとえなのかよくわからなかったので、そう相槌を打ったのだけれど。

「……」

 三人とも口を開かなかった。

 ……飽きられた?

「……諦められたんだよ」





 ……諦められたのかは、私にはわからない。

 高校一年のとき、私は(ナオ)に言った。

『一度でも、って弱気すぎでしょ。それに直みたいに子どもみたいなやつはわたしタイプじゃないんだ。友達としてならいいけど』

 それはちょっとした励ましと、膨大な量の照れ隠しだった。

 けれどそんな照れ隠しは――直に対してはしっかりと隠されてしまっていた。

 そして直は、結と結ばれた。

 七年――九年。

 諦められたかは――私には、わからない。

 直を。小庵(おあん)(ナオ)を。

 わからない――ふりをしている。

 諦められる――わけがない。

 十五歳になるまで、ずっと二人だったのだ。

 ずっとふたりぼっちだったのだ。

「美紀先生ぼっとしてどーしたの?」

 施設の子ども――六歳児の(マモル)くんが、私を見上げて話しかける。

 立っていた私はしゃがみ込んで彼に目線を合わせて、頭をわしわしと撫でながら。

「なんでもないよ。ほら、みんなと遊んどいで」

「……はーい」

 そう言って守くんは、渋々みんなの――数メートル先の他の子どもたちの輪へと駆けてゆく。

 少し手狭な公園ぐらいの広さのグラウンド。白い砂にカラフルな遊具、緑の木々。

 監獄みたいだ――何かに囲まれて、誰かから保護されているところが。

 学校みたいだ――誰かに囲まれて、何かから保護されているところが。

『監獄学園』なんて漫画もあるし……それは違うか。

 ともかく。

 限られた時間の、限られた自由。

 それを「限られた」と認識しなければただの自由だけれど――彼ら子どもたちは、認識していないけれど。

 今は、グラウンドにこの施設の全員――子どもも職員も全員が集まっている。夏の朝の慣例――朝のラジオ体操に。たった今それが終わったところだ。

その中の、私が受け持つ五人の少年。

 守くん。

 (アタル)くん。

 (カケル)くん。

 (カタル)くん(語くんが死んだら「カタルシス」だな、と夜中に思って笑ったことがあるなんて話は今は関係ないし、秘密だ)。

 そして――深結。

 全員、今年度に六歳になる。深結と守くんはもう六歳で、あとの三人は誕生日がまだだ。

 六歳……六歳か。

 ここは児童養護施設。何人か教師のような――保育士のような人間がいて、それぞれが何人か子どもを受け持つ。私の場合は同い年の五人だけれど、他の同僚だと年齢も性別もばらばらな人もいれば、一人しか受け持っていない人もいる。

 六年と少し勤めている私は、この施設で働いている人の中では意外にもちょうど中堅。しんどくて辛くて苦しいけれど、そこそこの収入と保険の充実、そして旦那の頼りなさ――それに、ほんの少しの心の充実のために、仕事を続けている。

 施設としては、ここは比較的大きめで勤めている人数も多いので、宿直のローテーションも入社(?)前に言われていたよりもゆったり回っている。

 そんな私自身の子どもは、一人。私の子どもも深結と――結の子どもと、同じ歳。

 産休は取らざるをえなかったけれど、育児休暇は旦那に取らせた。私の方が稼ぎいいし。私がここで働いているときにみゆき――私の娘を、ここの建物のどこかで、旦那に面倒見てもらっていた。乳離れをしてからは、この施設内の保育園に通わせている。社員割があるから、というのも確かにあるけれど、やっぱり手の届くところに子どもがいるのは安心だ。

 ――結には、そんな感情はないのだろうか。

 本当にないのだろうか。

 そんな感情がないのにあれだけの額の仕送りをするのだろうか。

 ……私は彼女の家庭に関して、全く知らないのだけれど。

 関知していないのだけれど――無関心なのだけれど。

 あの、六年前――五年と八ヶ月前――にここで彼女と別れたときに、彼女が見せた、あの笑み。

 悪魔のような――小悪魔なんかじゃない、世界全てより自分が大事だという笑み。自分の愛らしさと可愛らしさを自覚し、自分を愛しく思う笑み。

 目さえ、笑っていた――嗤っていた。

 彼女は。

 何を思って深結を生んで、何を思って深結を八ヶ月育てたのだろうか。

 何を思ってあの仕事を選んで、何も思わずその仕事をしているのだろうか。

 色々な色男と話して、直のことを切り離せると思っているのだろうか。

 ふと、そんなことを考えたりして日々を過ごしながら。

 そして六年半。深結は、六歳。

 だんだんと、少しずつ――しかし確実に。

 (ナオ)に、似てきている。

 彼の過ごした二十年を――なぞるように。

 彼と過ごした十八年を――なぞるように。

「うわああああん」

 かごめかごめの輪の中から、深結が輪を割って駆けてきた。

「どうしたの、深結?」

 押さえる指と指の間の透き通った綺麗な瞳から、玉のような大粒の涙がぽろぽろと零れ落ちていた。私の足に抱きつく深結は、身長は腰ぐらい。ぼさぼさの黒髪に、いつも眠たそうな目。Tシャツに短パンという、いかにも少年っぽい格好――私プロデュース。

「『お前には家族がいるんだろ、家に帰れよ』って言われました」

 そう言って私を腰の高さから見上げる彼の声は、涙のわりに真っ直ぐで震えてはいなかった。……もうこの子は、泣けばとりあえずその場での攻撃は止むということを悟ったらしい。

 ……深結は、母のことで彼ら五人によって責められて――有体にいえば、苛められているのだ。

『母が、彼に対して多額の金を送っている』と。

 誰がばらしたんだ誰が。勿論私ではないし、旦那にも話していない。……誕生日とかに、タイガーマスクからだといって深結にプレゼントをあげたのがいけなかったのか。

 ――ここは、家族から捨てられた――或いは家族の暴行(いろいろな意味で)の対象となって保護された子どもたちが至る場所。

 深結以外の四人は、後者の類だ。

 だから――家族に想われている深結を忌み嫌う。

 それならうちのみゆきのほうが対象になるだろうに、と思ったけれど、みゆきは私に似て鋼の心の持ち主らしい。毒は効かない、悪は効果はいま一つ(ポケモンの知識)。

 ……一度彼ら四人の受け持ちを私から別の人に変えて、私の受け持ちを深結一人にしたこともあったけれど、私が見えないところで行為がされるようになっただけだったので、まだ見えるところでやられた方が私がすぐ注意できるから元に戻したのだ。

 ――私はしゃがんで深結の視線の高さに合わせ、頭を優しく撫でる。

「……そう。私が、みんなにまたちゃんと注意するから。一緒に来て」

「……はい」

 ……――、変わらない。

 変わらない変わらない変わらない。

 六歳のころの直と。

 こんなふうに周りからいじられて――苛められて、泣いて。

 いつも私のところへ――ああ、違う、私が、無理矢理その場へ行って、直を助けていたのだった。

 いつも、いつでも、いつだって。

 私が彼を気にかけていたおかげで、彼は真っ直ぐ真っ当に、ああして成長していったのだ。

 ……逆効果だった面もあるけれど。

 私は立ち上がって、深結の手を引いて、彼らの輪に向かう。

 可愛い、小さな手。私の手の半分もない。

 守らなくては。私が。

 ――深結は、私が。





「忘れる」というのは、実は「思い出せなくなる」ということなのだそうだ。

「わたくしの同僚に、〝赤〟=〝記憶〟といういわゆる〝記憶操作〟の能力の者がいるのですが――」

 と、インちゃんは前置きする。

「それはあまり関係ありません」

 ちょうど新大阪を出発したところだったので三人でズッコけておいた。

 新幹線で日本を一度でも横断したことのある人はわかるだろうけれど、この駅でだいぶ人が入れ替わる。新幹線内で無線LANが飛んでいるのもこの駅までだし、もはやJRが「この駅から先は田舎ですよ」と公言しているようなものだ。まず次の新神戸が山の中だし、それ以降はずっとトンネルで携帯電話の電波がなかなか入らなくて電池が破竹の勢いで消耗されるし。

 そんな私の思考を誰しもがスルーして、インちゃんは続ける。

「単純な脳の仕組みの話です。人の記憶は、片端からいろいろなもの――特に視覚によって捉えられたものを記憶していきます。ただこれは『短期記憶』なので数十秒で失われていきます。対して『長期記憶』は、死ぬまでずっと残る記憶です。簡単に言えば」

「ふむふむ」

 私はあたかも理解しているかのような相槌を打つ。

「……」

 彼女は私の相槌に一瞬だけ私をすっ、と蔑むような目で見た後、

「それで、その『長期記憶』を『忘れる』システムは、正確にはわかっていません。時間の経過によって失われていくという説や、他の記憶と干渉して失われるという説もあるのですが、その記憶へのアクセス方法が失われるという説をとるとわたくしたちの能力を理解することがより容易になります」

 けれど説明を続ける。

「ふむふむ、なるほど」

 そう言いながら私は顎に手を当てて考えているポーズ。

「それで、『長期記憶』ってなに?」

「お前の脳味噌『短期記憶』しかしないの?」

 真剣に心配そうな表情で、隣の直からそう言われる。しかも他の二人も口だけ笑って目はこれっぽっちも笑っていなかった。

「そっ、そんなわけないじゃん! ポーズだよポーズ、天然キャラ的なポーズだよ! あれでしょ? 『長期記憶』って長期の記憶でしょ? わかってるよ!」

「……」

 ……なおさら可哀相な目で見られてしまった。

「『考えているポーズ』って言ってたのって、本当に『考えているフリ(ポーズ)』だったんだな……」

 直は非常に残念そうにぼやく。

「……まあ、結さんは理解している体で話を進めるとして」

「呼び方変えたんだね、インちゃん」

「はい、面倒ですので」

「……」

「それで、今回わたくしたちの能力――〝藍〟=〝幽霊(ファントム)〟であなたを成仏させた場合――」

 ついにインちゃんの二人称が指す相手が(ナオ)になってしまった。

「あなたに関する結さんの記憶が消失するのでも、ましてや干渉されるのでもなく――その記憶にアクセスする手段がなくなります」

「ふーむなるほどね」

 直は隣で、インちゃんの言うことをよく理解しているようだった。そしてインちゃんはこう付け足した。

「わたくしたちの同僚の〝赤〟=〝記憶〟という〝記憶操作〟の能力も、似たようなものですね」

「結局関係あるじゃん!」

 と私がここぞとばかりにツッコむと直が、

「お前ちゃんと『長期記憶』あるじゃん!」

「なかったら今こんな苦労してないよ!」

「他の苦労はしてるんだろうけどな……」

 最後には溜息を吐いて――私たちの乗る新幹線は、ちょうどトンネルから出て新神戸に到着した。

「そういえば、今の〝赤〟=〝記憶〟は日本人でしたね……」

 と、インちゃんは独りごちるように呟く。

「へー、どんな人なの?」

「美人――美女ですよ。三十歳だったと思います」

「じゃあ、今日の夕方からの予定はその人とランチとかなんですか?」

「わたくしはあなたの日本語を正す気はないですからね」

 インちゃんはばっさりだった。……私もそのツッコミがさっぱりだったのは秘密である。

「それに、その問いの答えは〝Non〟です。というのも、わたくしの今回の〝依頼〟はあなたに憑いている直さんの除霊と、日本のわたくし――〝Colours〟としてのではなく祓魔師としてのわたしくしの下部組織である〝祓魔社日本支部〟の引継業務とスカウト業務ですから。第一彼女――〝赤〟=〝記憶〟の方は現在日本にはいません」

「……その、〝依頼〟っていうのは?」

 私はこんな頭のよくって目ざとい質問をしないので訊ねたのは直だ。

「わたくしたち〝Colours〟百人の上に、すなわち上司として、つまりトップとして三人の〝(タイムズ)〟というまた別の能力者がいるのです。それぞれ〝過去〟・〝現在〟・〝未来〟を見て、特に〝未来〟の方が、世界中のさまざまな事件・事故・事象に対して、わたくしたち百人の中から適当な人を派遣します。それが〝依頼〟です――そしてその〝時〟と〝(カラーズ)〟を合わせた百三人を、〝世界統一機構〟――WUO(ウーオ)と……自称しています」

 ……一般人は誰も知らないんだね……。〝Colours〟さえ、あまり知られているほうではないし。

 ふと、私は思いついて質問する。

咲良田(サクラダ)だったら〝未来〟だけで済んでるのに、なんで〝現在〟や〝過去〟を見る人も要るの?」

「……?」

 インちゃんは首を傾げ、困ったように隣の頼さんを見上げる。頼さんはインちゃんの頭にぽんと手を置いて、私に向き直って答える。

「ああ、根本的に咲良田とはシステムが違うからな。未来視の能力の内容も違えば〝未来〟が見る範囲や対象、性質も違う。〝Colours〟の〝未来〟が見るのは世界中の〝未来〟だし、その中から、〝現在〟が見る『現状』と〝過去〟が見る『流れ』と照らし合わせた上で、優先順位と〝依頼〟する〝Colours〟構成員を決めて、派遣する。そういうシステムだから、〝現在〟や〝過去〟が必要なんだ。まあ、単純に一人だと大変だっていうのもある」

「……なるほど」

 納得。

「っていうか嬢ちゃん、咲良田も〝未来〟一人だけで回ってたわけじゃないからな。もう一回全七巻読み返してみな」

 私の派手なミスを優しく注意する頼さん。或いはステマ。

「……」

 隣に座る直がなんか嫉妬とかいろいろな感情が入り混じったジト目を向けてくるけれど、とりあえずスルー。

「じゃあさ、ずっと昔からあるっていう、〝時〟とか〝色〟とか――WUOの人たちは、不死身なの?」

 当然の疑問だ。

「……当然かどうかはさておいて」

 そう言ったインちゃんに、直も頼さんもうんうんと頷く。……あれ、私ずれてる?

「……」

 三人分の沈黙。……暗黙の了解。

「……説明しますと、わたくしたちの能力は、それぞれの能力をもつ者が死ぬか、その能力の発動条件を満たせなくなったとき、条件を満たす次の人間に移動するのです」

「処女ってやつ?」

「それはそうですが」

 彼女は間髪入れずに相槌を打ち、

「たとえば、『両の掌を地につけることによって発動する能力』をもつ者が、両の掌を失ったら、発動条件を満たせずに他の人間に移ります」

「……なるほど」

 と、インちゃんの言葉に私は頷く。

「つまりインちゃんの場合は、処女を喪失したら〝藍〟=〝幽霊〟って能力は別の人に移る、ってことだね?」

「……はい」

 彼女は、嫌々渋々といった表情で頷く。私は深々と頷いて納得。対して直は、

「……そんな話を俺たちにしてもいいのか?」

 慎重に、そう返した。

「あなたは必ず成仏されますし、それにともなって結さんの記憶も失われます――便宜的にこう言っておきます――ので大丈夫かと。ちゃんと周囲には結界を張っていますし」

「……そうだった……んですか」

 突然直が敬語になった!

「ですから周囲に音は漏れていません」

「……じゃあさっきの『インちゃんは処女』っていう話もこの三人にしか聞こえてなかったんだね」

「……そうですね」

 よかった。それは本当によかった。世間では今『処女厨』という人間もいるらしいし。

「あっ、そういえばさ」

 と、私はふと思い出したように言う。

「今思い出したんだろうが」

 直のツッコミはスルーの方向で。

「あまりに自然すぎてすっかり失念してたけど、私たち、周りからどうやって見えてるの? 四人席を二人で占拠しているDQNみたいに周りから見られてないよね?」

 その質問にはインちゃんが回答する。

「大丈夫ですよ。お金を払っていますし」

「お金を成仏させたってこと?」

「〝祓う〟ではありません」

 彼女は間違いを訂正するだけでツッコミを放棄した。

「さっきも言いましたが、この席の周囲に、結界の外からは結界内部が感知できないような効果をもつ結界を張っています。だから誰もこの席の様子に関心をもちません――もつことはできません」

「石ころ帽子空間みたいな?」

「……もうそれでいいです」

 彼女は一つ溜息を吐いて。

「……ああ、そういえば、今の〝時〟の一人――〝昼〟=〝過去〟は日本人でしたね……」

 と、何の脈絡もなく、インちゃんはそんなことを独りごちるように呟く。

「へー、どんな人なの?」

「まだ六歳の少女だと聞いています」

「じゃあ、今日の夕方からの予定はその人とランチとかなんですか?」

「――今すぐ成仏させて差し上げましょうか?」

「すみませんでした」

 平謝り。食い気味に。

「それで『悔い気味に』と言っていたら瞬殺でしたよ」

 ……九死に一生を得た。

 目の前のインちゃんは笑っていた。微笑んでいた。――なおさら恐ろしかった。

 そんな話をしているうちに、岡山を過ぎて、もう目的地は次の駅だった。

 広島じゃけえ。


広島行きたい

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。