第八話 「迷宮!地下魔王城」
セカイダーライトニング
ライトフラッグをセカイドライバーに指す事で変身する。
稲妻を操る、光と音の士。
1分間だけ姿を消すことが出来る。
武器はラムライト調合金で作られたハンドガン【レイバレッド】
パンチ力 2t
キック力 7t
100m走 2.8秒
ジャンプ力 30m
必殺技 ミリオンフラッシュ 20t
ぶらりと立ち寄った骨董店で見つけたセカイダー図鑑の1ページにはセカイダーの新しい力が書かれていた。たしかセカイダーの変身フォームは3種類あり、このライトニングはいわゆるスピードタイプのセカイダーのようだ。俺が使ったことがあるフラッグは黒のワールドフラッグと呼ばれるもので、恐らくすべての素体となるバランスタイプに変身できる。もちろんフォームが複数存在することを知っていたので、何度か他のフラッグを使おうと試みたが抜くことが抜くことが出来なかった。変身するには何か条件を満たす必要があり、図鑑にはそれが載っていると期待していたのだが……
まぁ、ヒントになりそうなものは知ることができたから良しとしよう。
「ありがとう、返すよ。大事に保管しといてくれ」
「もう良いの? ちなみに私はこの魔法の鎧の説明書だと予想しているの」
良い感している、と思った。
俺はクローディアに住所を伝え、もう一度お礼をを言ってから店を後にした。しばらく薄暗い空間に居たせいで日差しがとても眩しい。レブルヘイゲンの建物の壁は白っぽいものが多いので、直射日光の当たらない日陰でも明るいのだ。店が立ち並ぶ商店街をもう一回りして来た道を戻ることにした俺は、住宅地――丁度カイルと話した場所で人がざわついているところに遭遇した。顔ぶれは見覚えのある、この辺りに住んでいる大人や子供たちだ。
「あのー、何かあったんですか?」
気になったことには首を突っ込みたくなるのが俺である。
「たしか、最近引越してきたジンさん……だったっけ?」
「ああ、キプナ族の奥さんの旦那さんか」
「え? いや、そういうわけじゃ……」
「アンタもね、大人なんだから免許くらい取らないと奥さんに愛想尽かされちゃうわよ!」
人が頻繁に出入りするレブルヘイゲンでもご近所の情報伝達の速度は尋常じゃない、しかも何人もの人を伝っているのであらぬ尾ひれが付きまくっているのである。俺の近所での人柄はキプナ族の若い妻を貰い日中ぶらぶらしている頼りない旦那、らしい。遺憾である。奥様達の井戸端会議かと思っていたが、何人かハンターらしき男性も深刻な顔をして話し込んでる。何か大変なことが起ったに違いない。
「とにかく、何があったんですか?」
「実はカイルがいなくなっちまったんだよ!」
そう答えるのはカイルの母親だ。
「えっ、俺さっきカイルとここで会いましたよ?」
「本当かい? それどれくらい前だった?」
「1、2時間ほどです。買ってもらった剣を見せてくれました」
「たぶん……あの子はその剣を試しに行ったと思うんだよ」
俺は全身に冷や汗が流れるのを感じた。確かに、その可能性は高い。しかし父親から手ほどきは受けているといっても、あの剣はカイルにとって実用向きじゃない。あれを使えるように成長して欲しいという想いが込められた、ある種の観賞用だ。しかも町中の噂があっという間に広がるレブルヘイゲンで、カイルの情報がまだ入ってこない現状。いくら12歳から帯刀許可の免許が取れるからと言って、それはあくまで護衛用だ。そんな子供が魔物狩りをしていたら目立つ。
「カイルは町の外に行った可能性があるんじゃ……」
「私たちもそう思ってる。だからハンターに頼んで外で活動してる仲間と連絡を取ってもらってるんだよ」
ハンターの証である腕輪は、ハンター同士の情報をチェックしたり登録した相手との連絡手段にもなったりする。無論、俺はセカイダーに変身しないと使うことが出来ない。話をしていると、大きな槍を背に担いだハンターが仲間達と近づいてきた。
「駄目だ。橋の外の仲間はそれらしい人を見ていないらしい。それほど遠くに行ったとは思えないんだが……」
「最悪の場合、町の地下に潜った可能性がある」
ハンターの言葉を聞いて周囲がざわつき始める。
町の地下――この町はかつての魔王城の上に架かっている城架町である。地下は魔力に満ち、魔物は地上のものより格段に強くなる。そのため地下への入り口は実力者しか潜れないように管理されている。が、それは大規模な入り口であって、町のいたるところに地下へ通じる道がある。新人の実力試しや強引に稼ぎたいハンターがよく利用し、町も黙認している。カイルが利用するとしたらそこだ。
「この辺りで一番近い抜け道はどこです?」
「南の水路脇だけど……アンタどうする気? まさか探しに行こうってんじゃないでしょうね!」
案の定止められた。ハンターも口を挟んで忠告してくる。
「私のような5年ほどハンターをやっている者でも地下は手を妬かされる場所だ。免許も武器も持たないキミには無理だ!」
「そ、そうですよね。じゃあ、俺はハンターギルドに説明して強いハンターの方を紹介してもらってきます!」
「あっ、待ちな!」
静止を振りきり俺は迷わず南へ走った。
あのハンターでも苦戦するということは、カイルはもっと危ない。セカイダーの力がどれほど通じるかは分からないが、悩んでいる時間は惜しい。俺にとっての正義とは、美学だ。
「相手との実力差や勝敗の結果を考えてから戦うのは、俺の正義じゃない!」
走っていると身体が温まり、血が滾る。
水路脇の抜け道は簡単に見つかった。大きな水路の両端は人が歩けるような道になっていて、それは細かく枝分かれした用水路にも続いている。その一つにご丁寧に小さめの木の札がかかっていて、この世界の字が読めない俺にも理解できる魔物と剣の絵で注意が促されていた。
先は光が届かず、照明無しでは3m先すら見えない暗闇。俺は息を整える間もなく、走りながらフラッグを抜いた。
「ワールドチェンジッ!」
電子音が鳴り響き水路に反響する。セカイダーに変身したことで暗視ができるようになり、石レンガで作られた水路の奥が露になった。進んでいくうちにレンガブロックの大きさが全体的に大きくバラバラになってきた。
「うおっ!」
狭い通路の終わりが見え、広い空間に繋がっていた。そこはとてつもなく広い遺跡のような場所で、俺が通ってきた通路はその天上付近の壁に繋がっていた。恐る恐る見下ろしてみると暗闇のせいもあって底が見えない。飛び降りるのは無理そうだ。降りる手段を探し辺りを見回すと、壁沿いに道幅50cmほどの狭い階段が続いていた。
「手すりは……あるわけないよな」
俺は身長に階段を下り始めた。時々半分ほど崩れた段もあり、気を抜くことが許されない状況だ。焦っていることもあって階段がとてつもなく長く感じる。
体感時間で10分ほど経ったころ、静寂だった空間に音が聞こえ始めた。魔物の唸り声、破壊音、そして――
「カイルッ! いるのか?!」
「――!」
声は反響することなく闇に飲み込まれた、が、反応はあった。俺はスピードを速め、最終的に5段飛ばしで階段を駆け下りた。長い階段が終わり、やっと遺跡の床にたどり着いた。物音がするのは柱が並ぶ遺跡の奥の方からだ。セカイダーの100mを6.1秒で走る全力スピードで向かうと、太い円形の石柱を背に追い込まれたカイルの姿を見つけることが出来た。じりじりと距離を詰めるのはまたしても人の形をした怪人、いや魔物だ。
「とうッ!」
俺は全速力を維持したまま、魔物にドロップキックをお見舞いした。怪人は堪らず吹き飛び、カイルの視点から見れば魔物と俺が瞬時に入れ替わったように見えたかもしれない。俺は魔物に対しファイティングポーズを構えた。
「大丈夫か、怪我はないか?!」
「う、うん」
「すぐ片付けるからその場でじっとしててくれ!」
俺は怪人が立ち上がるのを確認して、拳を叩き込むために懐に潜り込んだ。今回の魔物の造型は黒いイソギンチャクのような、ぶよぶよした触手が頭から肩にかけて生えていて、逆に胴体は光を反射しない硬い岩のようだった。柔らかい部分への打撃は威力を殺されそうだと思い、胴体へ拳を撃つ。
魔物は短く声を上げ、別の柱に叩きつけられた。ダメージは通ったようで、腹部の装甲がボロボロと崩れている。すると魔物はその触手を伸ばし攻撃を繰り出してきた。特撮番組ではよく見慣れた攻撃だったが、あれは撮影中ではなく後からCGで追加するモーションだ。俺はその予想外の行動を完全に避けきることが出来ず、咄嗟に右手で払う。
「うおっ! なんだこれ、絡みつくのか!」
ダメージを受け流すつもりだったが、触手は粘度の高い体液を纏っていてそのまま手首に絡み付いてしまった。慌てて振りほどこうとした次の瞬間、全身に激痛が走った。
「がああッ!」
身体が上手く動かなくなり俺はその場で膝をつく。手足が少し痺れる……この魔物は電気を操るのか。このままでは拙い、力任せに引き千切ろうと左手で触手を掴む。しかし触手の弾力性は強く、細く伸びることはあってなかなか切れない。苦戦するその間も一定の間隔を空けて電流が襲ってくるため、疲労とダメージだけが溜まっていく。
何か打開策はないか――
「そうだ、カイル! その剣を貸してくれ!」
「ど、どうして俺の名前……」
「いいから早く!」
カイルは剣を投げようとしたが重かったのか、それとも大事だったのか、何かを決心した表情で駆け寄ってきた。触手攻撃に捕まっている俺の位置、それはつまり敵の射程内だ。魔物もその好機を逃さずカイルに向かって攻撃を放ってきた。
「受け取って!」
魔物の注意が俺から逸れた瞬間、カイルは俺に向かって剣を投げた。近距離からの、無回転の、受け取りやすいパスだ。
俺は見くびっていた。この世界の、生まれた時から魔物と戦い続ける人々を。何故12歳からハンターの免許を取ることができ、武器を携帯できるのか。自衛のため――大人が助けてくれるまで、逃げるための時間稼ぎではなく、確実に魔物を狩る覚悟がこの世界の子供達にも備わっているからだ。カイルは自分の力量を冷静に判断し、自分を囮にして剣を届ける行動を取ったのだ。
俺の目の前に存在したのは、守るべき人ではなく、共に戦う戦士だった。
「うおおおおおおッ!!」
剣を伸ばした左手で受け取った俺は、セカイダーのフルパワーで剣を振るった。右手に絡み付いていた触手は容易く斬れた。さらに返す刀でカイルへ迫る触手を真っ二つにする。力の安定を失った触手はカイルを飛び越えて壁に嫌な音を立てぶつかった。
「はぁっ……はぁっ……」
しばらくは二人とも荒い息を整えるために言葉はなかった。その間に俺は無言で剣を返し、カイルは同じく無言でそれを受け取った。
「……ありがとう」
カイルが口を開く。
「いや、こっちこそ。助かったよ」
「なぁ、なんで俺の名前を知ってたの?」
「ん、あー、それは……キミが地下に行ったんじゃないかって大騒ぎになっていたからさ」
どうやらまだ正体はばれていないようだ。もしかして変身中は声が変わっているのかもしれない。
「俺を助けるためだけに地下に入るなんて、凄いな。それだけ強かったら、俺もそんな風になれるのかな」
「なれる。というかもうなってるだろ。あの時俺を助けてくれた。助かったぜ」
「そうかな……」
「さ、みんなが心配してる。帰ろうぜ!」
俺は先に立ち上がり、カイルに手を差し出した。カイルは力強くその手を握り返して立ち上がった。帰り道は延々と続く上り階段だったため、二人とも会話をする余裕は無く、黙々と歩いた。階段を上がり水路を戻ると陽の光が差し込んできた。地下に居た時間は短かったはずだが、とても懐かしい感じだ。
「おーい!」
「あっ、かーちゃん!」
水路の出口にはカイルの母親やハンター達が数人居た。どうやら救出隊を結成して、今、まさに乗り込むところだったようだ。
「おお、無事か! 怪我は無いか?!」
「大丈夫、この人が助けてくれたんだ!」
「ありがとう! でも見ない顔だな、最近来たのかい?」
「はい、この町には最近――」
町のハンター達は俺の格好を興味津々に見ていた。さて、この辺で俺はお暇しよう。ヒーローは去り際が肝心だ。
「それじゃ、俺はこの辺で!」
「待って頂戴! お礼にうちで食事でもどうだい?」
「いえ、大したことはしてないので」
俺は水路脇の階段を上がり、カイルたちの視界から消えることにした。すると、最後に後ろから声がかかった。
「そうだ、アンタ名前は?」
その言葉を聞いて、俺は出来る限りかっこよく振り向く演出を脳内で妄想しつつ実行した。
「セカイダー。転生戦士セカイダーです」
次回の更新は9月22日、日曜日8:00、サブタイトルは「相性」を予定してます。