第七話 「魔物と狩人」
俺がこの世界に転生して今日で4日目。
職も、住む場所も、頼れる現地のパートナーも手に入れたが俺は悩んでいた。
「うーん……」
「どうしたんですか? 仁さん」
机に向かい裁縫仕事をしながら声をかけて来たのが、その場の流れで一緒の部屋に住むことになったキプナ族の少女、カナサだ。俺はその美しい6本指が目にも止まらぬ速さで布に針を通す様子をソファーで眺めながら悩みを打ち明けた。
「いや、一昨日俺もギルドに登録してコクーンハンターの端くれになったわけだけどさ――」
ちなみにキルドへの登録名も変身後のセカイダーである。免許を貰った時の証が変身後に取り付けてしまったので、変身したままの姿でギルドへ出かけたのだ。普段の姿はここにいるカナサ以外誰も知らない覆面ヒーローである。
「変身したあとはやっぱキメゼリフ! あとキメポーズが必要だと思うんだ。でもなかなか決まらなくてさ」
「はぁ……そういうものなんですか」
「そういうものなの。それが決まらないとハンターの活動が出来ない」
「家賃も払わないといけないですし、早く決めて下さいね」
魔縫使いとしての仕事をきっちりこなしているカナサは苦笑いをしながら作業に戻っていった。うーむ、耳が痛い。戦う力は持っているのだからさっさと仕事を請けてしまうべきなのだが、せめてポーズだけでも決めてから戦いたいものだ。うーむ、じっとして考えるのは性分じゃない、ちょっと身体を動かしてくるか。
「魔物探しがてら散歩してくるよ」
「はーい、道迷わないように気をつけて下さいね」
「分かってる。それじゃいってきます!」
そう言って俺は家を出た。扉を出ると目の前は断崖絶壁の景色、深く大地に切り込んだ崖からの風を感じることができるのがこの家の一番のお気に入りだ。さて、今日はどこに出かけるかな。ギルドの職員からはまずレブルヘイゲン市街地で発生した魔物を狩ることをオススメされた。数も多くそれほど強くないし、この町にやって来たばかりの俺には地理を覚える良い機会だろう。
通りに出て右はカナサの入っている魔縫使いのギルドや大通りがある。よし、今日は左に行ってみるか。この道をまっすぐ、行ける所まで行って戻ってこよう。レブルヘイゲンで生活している人々を眺めるのは外国に旅行した気分になってちょっと楽しい。それに部屋が決まって生活用品など必要な物を買い集めているうちに、この町のことをなんとなく理解してきた。
まずレブルヘイゲンは年中暖かい気候の都市で辺りを草原や荒地に囲まれている。もう少し遠くへ行くと砂漠もあるらしい。文明レベルは高く、機械やコンピュータの代わりを魔法が代用している。町の中はあまり高低差がなく、聖堂や特別な建物以外の建造物は4階くらいまでの高さで、石造りや木造、バリエーション豊か。住む人々の多くは魔法に関連する職がほとんどで、俺のような魔物を狩るコクーンハンター、カナサのような魔法の道具を作る魔鋒使い、他にも地下の魔王城を発掘している人なども居るらしい。服装は涼しい布の面積が少ない物や、日差しから肌を守るためにゆったりとした格好が多い。
「あっ!へたれ仁だ!」
……そう声をかけてくるのはヨト族の子供だ。買い物をしている最中に出会って話すようになったのだ。なぜこんな馬鹿にされているかというと、この町の12歳以上の人間はハンターの免許を取り、魔物と戦う力を手に入れることで一人前と見なされるからだ。女性ならともかく、成人の男性でハンターの証である腕輪を装備していないのは弱者ということになるらしい。
「あのなー、俺は実は強いんだぜ。素手で倒すんだから武器の携帯許可証はいらねーの」
「バカだな、素手で魔物が倒せるわけないじゃん!」
俺のことを馬鹿にしつつちょっかいをかけてくるコイツの名前はカイル。12歳になったばかりで先日ハンターの免許を取ったばかりだそうだ。そうそう、この町の教育制度は6歳から12歳までは地区ごとの、日本で言う小学校に通うことになる。学者や魔法の研究者を目指す人はその後、専門的な学校に行くことになる。それ以外は師弟制と言って、自分のなりたい職、目指している人間に頼み込んで弟子にしてもらうのだ。カイルも小学校を卒業し、コクーンハンターの父親の弟子となり特訓中らしい。
「なあなあ見てくれよ!とーちゃんが俺に武器買ってくれたんだ!これで魔物をガンガンやっつけてやるぜ!」
そういって背中に背負っていた剣を取り出し、鞘から抜いた。大人が片手で使うようなスパタのような形の剣だ。カイルも歳の割にガタイは良いが、まだ片手で振るうには大きいような気がする。
「それ、カイルにはちょっと大きすぎるんじゃないか?」
「男はすぐおっきくなるからこれくらいで良いんだよ!」
ただ剣を自慢したかっただけなのか、ささっと剣を鞘に戻すとそのまま帰っていった。セカイダーの正体をカナサ以外には明かしたくはないので、この扱いも我慢するしかない。特撮ヒーローの主人公と同じ境遇を味わっていると思えば悪くない。
「ふっ、変身ヒーローの辛いところだぜ……」
自分に酔った独り言を言うのもタダである。
しばらく道を進むと住宅街からさまざまな店が立ち並ぶマーケットに続いていた。八百屋、本屋、喫茶店、武器屋、それぞれ買い求める客で賑わっている。人の流れの邪魔にならない程度にゆっくり歩き、首を伸ばして眺めて見ることにした。するとパン屋と生地屋の間の狭い空間に人が全く立ち寄らないような小さな店があった。薄汚れた木の看板があるが俺はこの世界の字は読めない。気になって扉に取り付けられたガラスから店内をのぞき見るが、暗くてよく見えない。
意を決してドアノブに手をかけ扉を開けると、肌寒い空気と埃とカビ臭い匂いを感じることが出来た。身体を店内に移し扉を閉めると、怪しい緑や紫の明かりが店内を照らした。ツボや絨毯、古い本やラベルがはがれかけた小瓶などがあり骨董店のようだった。
「あなたお客? 珍しいね」
背後から女性の声がして俺はビクリと振り向き警戒する。深くローブを被っていて顔は見えないがすっと細いアゴのラインと青い紅を塗った唇から美人を想像してしまう。ボロボロのローブと、作り物のように白い肌のせいで石造かと勘違いしていた。
「あー、なんとなく気になって入ってみたんだ。ここは骨董店?」
「そんな感じね。半分趣味で集めた物の倉庫よ。珍しい物があったらつい集める癖があってね、自宅もいっぱいになっちゃったからここにも置いてるの」
女性の声は低く気だるそうで、話している間も唇はほとんど動かなかった。そして俺は珍しいものと聞いて閃いた。ゴソゴソとジーンズの尻ポケットから1枚の紙を取り出す。ちなみにこの世界に来てからの4日間、ずっと同じ服を着ていたわけではない。生活用品を買う時に、2着ほど現地の服を購入してある。
「コレと似たような文字が書かれた紙、最近見つかってないか?」
バシッ、とすばやく女性の手がローブの下から伸び、俺の手から紙を奪い取った。
「……これ、あなたの?」
脅迫するようなプレッシャーを与える声でたずねてくる。
「ああ、元は本だったんだけど破れちゃって。残りのページを探してるんだ」
「私が持っている文献全て漁ってもこの文字は読めなかった。あなたはここに書かれた文字が読める?」
「…………」
俺が見せた紙はもちろんセカイダー図鑑だ。まだこの力には多くの秘密がある、それが解ればもっと強くなれるかもしれないし、元の世界に返る方法もあるかもしれない。俺の黙秘をどう捉えたのかは解らないがしばらくすると女性は幽霊のように音もなく立ち上がり、俺の前を横切り店の奥へ消えた。紙を返してもらうため後を追いかけようとしたが、すぐに女性は戻ってきた。その手には2枚の紙が握られていた。
「2日前、谷の底を発掘していた知人が発見したものよ」
「本当か!?」
紙を受け取ろうと手を伸ばすと、女性は紙を袖の中に引っ込めた。
「見せるのには条件がある」
「……なんだ?」
「あなたが持っていたこの紙、コレを私に売って頂戴。店に来れば好きなだけ見て良いから」
「ま、まぁそれは値段次第では構わない。でも何でだ」
書かれた知識を利用したいだけだ、見せてもらえるなら本を持っている必要はない。
「この紙には未知の情報が含まれている。私はそれを全て知りたい」
「知って……それでどうする?」
「私はコレクター。集めて、調べて、それでおしまい。たとえこの本にこの世を支配する力が書かれていようとも、ね」
「知識欲か」
「ええ。あなたが新しいページを見つけたら私が買い取るわ。私の方で入手したら知らせる。どう?」
魅了的な提案だ。この女性にどれほどの情報網や人脈があるかは解らないが、今の俺よりはマシだ。1人であの荒野をしらみ潰しに探すより余程良い。だが――
「話が上手すぎやしないか? 俺はともかくあんたにメリットが無い。まだ条件があるんじゃないか?」
「たまに仕事の雑用を手伝ってくれればいいわ、結構重い物も多いから」
「……分かった。その条件で良い。で、1ページいくらで買ってくれるんだ?」
「銀貨10枚」
「んー、まぁいいか」
「交渉成立ね」
そう言うと女性は紙を2枚、銀貨を10枚を俺の手に渡してくれた。
「ところでキミの名前は?」
「店の名前見てなかったの?クローディアのお・み・せって書いてあったでしょ」
「看板が古くなってて見えなかったんだよ」
軽くクローディアと会話を交わし、俺は手元の紙へ視線を下ろした。1枚は俺が既に持っていたページ、これには本の最初のカラー写真とそのシーンへのちょっとしたコメントが載っている。問題は新しく見る2ページ目だ。
転生戦士セカイダーの変身フォーム
セカイダーライトニング
そこには装甲の色を黄色と黒に変えたセカイダーの新しい姿が載っていた。
次回の更新は9月8日8:00、サブタイトルは「迷宮!地下魔王城」を予定してます。