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第六話 「今日も町内安全」


 朝日。

 薄い氷のように、向こう側の景色を少し歪ませるガラス窓から光が差し込んできた。外からは人の住む雑音が聞こえてくる。俺は勢い良くベッドから飛び起きた。


「うわっ今何時だ、バイトバイト! あれ?」


 目覚まし時計を探し辺りを見回すとだんだん記憶が鮮明になってくる。壁は木の板が打ち付けられ、くすんだ色のドライフラワーが飾られていた。部屋には簡素なベッドに円形のテーブルとイスが1セット。テーブルの上の金属ベルトと硬貨が朝日を反射させギラギラと輝いている。そうだ、今俺がいる場所は日本ではない異世界。レブルヘイゲンというファンタジーのような町、その宿の一室で俺は眠っていたのだ。


「たしか昨日の夜はカナサと夕飯を食べて近くの宿に泊まったんだっけ」


 この宿で1泊したら、次の日は職と住居を探すって言ってたな。俺は後頭部をかき、あくびをしながら扉を開け部屋の外に出た。すると丁度扉の前をカナサが通るタイミングだったらしく、彼女は驚いたような顔をして声をかけてきた。


「――――!」

「えっ?」

「――?」


 二人とも固まった。あれ? カナサが外国語喋ってる。

 元々カナサは金髪で肌が白い、俺の知らない言葉を喋っていても不自然ではないのだが……昨日は日本語で会話が出来ていたはずだ。向こうの様子からして、俺の言葉も彼女には理解出来ていないようだ。


「えーと、カナサ? どうなってるんだコレ?」

「――――、――――――!」


 俺は必死になって原因を考える。昨日は話せたってことは昨日と違うところに理由があるはずだ。自分の身体をチェックし、振り返って今まで寝ていた部屋の様子を探った。


「そうか、ベルトかもしれない!」


 寝る時邪魔だと思って外していたセカイドライバー。俺がこの世界にやってきた時、知らない間につけていたものだ。このベルトには俺がこの世界で生きるために必要な機能が組み込まれているのかもしれない。早速セカイドライバーを腰に装着した。昨日の経験から着けるだけで問題ないはず、わざわざ変身する必要はないだろう。


「カナサちゃん、俺の言葉解る?」

「あっ、解ります解ります! よかった~」

「このベルトに翻訳機能があったみたいなんだ」

「へ~、じゃあさっき話してたのが仁さんの世界の言葉なんですね」


 俺は普段どおり日本語を話しているつもりだったが、どうやらこの世界の言語に勝手に翻訳されていたらしい。便利すぎるぞセカイドライバー。寝起き早々に肝を冷やす出来事があったが、その後2人で宿の1階にある食堂で朝食を食べる頃には調子を取り戻していた。


「仁さんの今日のご予定は?」

「まだこの世界や町のこと詳しいわけじゃないからなぁ。カナサちゃんさえ良ければ一緒に付いてっていい?」

「構いませんけど、私が行くのは魔縫使い(まほうつかい)の仕事を紹介して貰えるギルドなのでコクーンハンターの仁さんには退屈かもしれませんよ?」

「俺にとってこの世界に退屈な物なんて1つも無いよ。全部が珍しいし、楽しそうだ」

「そうですか、じゃあ一緒に行きましょう!」


 2人分の会計を済ませ俺達は宿を後にした。朝のレブルヘイゲンは夜に訪れた時のようなのんびりした雰囲気とは違い、慌しく忙しそうだった。活気に満ち溢れていることに変わりはないが、やはり多くの人の仕事は昼にあるらしくキビキビと働いている。


「そういやカナサちゃんの目指す魔縫使いって、具体的には何する職業なの?」


 賑わう大通りを並びながら歩きつつ聞いてみた。


魔繭(まゆ)から作られた絹を使って――あ、魔繭から絹を加工する方を紡繭者(ぼうけんしゃ)って言うんですけど。魔縫使いは魔力の宿った道具や服を作る職ですね」

「手芸屋さんみたいな感じかな」

「これから行くギルドはそんな感じかもです。魔鋒使いは個人活動することが多いので、名前が売れるまではギルドに登録してそこからお仕事を紹介してもらうんです」

「有名になればカナサちゃんに直接依頼が来るのか」

「はい! 夢は自分のお店を持つことです!」

「そっか、そういうことなら俺も張り切って魔繭を狩らないとな!」


 俺にとっては歩いているだけで物珍しい物ばかりの町で、その後は気になる物を見つけるたびにカナサを質問攻めにしていた。カナサは嫌な顔一つせず知っている事を教えてくれた。中には2人とも知らないものもあり町の人に尋ねることもあった。そんなこんなで予想以上の時間をかけてギルドにたどり着いた。昨日の免許所のような石造りで重々しい雰囲気ではなく、木の柱に明るい土壁、大きなショーウィンドウにはヒラヒラとレースや刺繍がたっぷりの服が飾られていた。窓には野花で作られたリースのようなものがかかっていて全体的にファンシーだ。


「そ、それじゃ入りましょう!」


 カナサが緊張した表情でドアノブに手をかけ扉を開いた。室内は想像していたより広く、大きなロビーのようになっていた。ソファーやイスで雑談している人たちが数人居る。カナサと俺はロビーを突っ切って一番奥のカウンターにいる女性に話しかけた。


「すみません! ギ、ギルドに登録をしたいのですがっ!」

「あなた見習い卒業したばかり? そんな緊張しなくても大丈夫よ」


 女性はくすっと笑いながら自身の手を顔の高さまで持ってきた。


「同族同士仲良くしましょ。登録はあなただけ?」

「はい、仁さんはハンターなので。あ、申し送れましたカナサと申します」

「ミスカよ、よろしく。それじゃこの紙に記入して」


 俺はカナサが用紙と睨めっこをしている間、店内をうろうろしてみることにした。ロビーの中央に3人の人物が見上げている大きなタペストリーがあったので覗いてみる。免許所ではランキング表が載っていたが今回も同じような表だ。うーむ、俺だけじゃ何が書いてあるのか読めん。たぶんこのリストにある項目があとこちからこのギルドに依頼された仕事内容で、ギルドに所属することでここから好きな仕事を選べるといったところだろうか。カウンターを振り返ってみるとカナサとミスカと名乗った女性がなにやら話し合っていた。部外者の俺が入るのはなんとなく気が引けたので、その辺にある布や服を眺めて時間を潰すことにした。


「仁さんっお待たせしました!」


 時計がないのでわからないが、大体20分もしないうちに話は終わったらしいカナサがカウンターから離れやってきた。なぜかその後ろからミスカが付いてきている。


「お疲れーもう終わったの?」

「はい。それとここでは登録者の住居探しも手伝ってもらえるみたいなので、早速見に行こうということに」

「おお、それは良かったな!」

「仁さんのお部屋も一緒に、ですよっ」

「そうなの? ありがたいな」


 書類の束を振りながらミスカが話を引き継ぎ説明を始める。


「安くて良い部屋をたくさん知ってるから安心しなさい。それにレブルヘイゲンに着たばかりの新米は収入が安定しないだろうから、ギルドの方から少し補助金が出るのよ。うちから出せるのはカナサさんだけだけど、アナタはハンターのギルドに登録すればそっちから補助金が出るはずよ」

「ありがとうございます」


 3人で建物を出て、大通りの方向とは反対に細く入り組んだ路地を進む。もうさっきのギルドへの戻り道を俺は忘れてしまった。


「この辺は静かで過ごしやすいと思うけど、慣れないうちは迷いやすいわよ」


 ミスカが案内したのは、1階がなんらかの飲食店になっている3階建ての店だった。町に多く見られる黒い木の柱に白い壁の家だ。俺達はそのまま店には入らず建物の裏手に回った。そこには絶景が広がっていた。レブルヘイゲンの外周を囲む崖の断崖絶壁に、この建物は立っているらしく見渡す限りの地平線だ。


「おお……」

「わぁっ」


 思わず声が漏れる俺達をミスカは微笑ましく見つめ、崖に飛び出すように作られた階段を上がっていく。慌てて追いかけると彼女は3階の扉の前で待っていた。


「ここが今紹介出来る中で一番の物件よ、入って」


 ミスカは扉の鍵を開け、先導して中に入っていった。俺とカナサもあとに続く。

 室内は日本の賃貸で言うところの2DK。町の中心地側の窓からは沢山の住居の屋根が見える。しばらく部屋中を物色し、カナサはここに住むことを決めたようだ。


「そう、決まりね。じゃあ鍵は今渡しとくわ。書類は明日ギルドに来てくれた時に渡すから。」

「ありがとうございますっ」

「家賃は1月銀貨25枚、でも補助金で10枚出すから15枚ね。」


 昨日カナサに魔繭を買ってもらった時に知ったことだが、この世界の通過は銅、銀、金の硬貨だ。銅貨100枚で銀貨1枚。銀貨120枚で金貨1枚……だったかな。ミスカは書類にサラサラとペンを走らせ、そのうち1枚をカナサに手渡した。


「あと周辺の地図渡しとくわ。ギルドまでの道も赤い線で書いといたから。それじゃ、ここでの生活2人で楽しんでね~」


 そう言ってミスカは部屋を出て行った。賃貸の契約なのに随分あっさりしてるなと思ったが、免許所のことを思い出すとこれくらいのお気楽さがこの世界の基準のようだ。


「家賃の相場はわからないけど、良い部屋が見つかったな」

「日当たりも良いですし、なにより広くてびっくりしました。むしろ独りで住むには広すぎ――あれ?」

「あれ?」


 俺もカナサもさっきのミスカの言葉を思い出す。


「もしかして、俺もここに住むことになってる?」

「はい……たぶん」



次回の更新は日曜日8:00、サブタイトルは「魔物と狩人」を予定してます。

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