表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/23

第五話 「ヒーローへの壁」

 扉の内は外と同じ白い石の壁で出来ていた。開いた大きな窓から、そよ風と外の街音が入ってきてあまり圧迫感を感じない。それでも全体的に物が多く、戸棚や受付カウンターらしき机の上にはごちゃごちゃと紙や小物が散乱している。カナサはその受付に近づき、書類の山に隠れていた男性に声をかけた。


「こんばんはー。私達、この町に働きに来たのでハンターの登録をしたいのですがー」


 男性は机に突っ伏して寝ていたらしく、小さな唸り声をあげてもぞもぞと顔を上げた。歳は中年、無精ひげが伸びていて右頬に大きな傷があった。肌は日に焼けていて首がとても太い、おそらく昔ハンターの仕事をしていたんじゃないだろうか。


「んあー、あんたキプナ族か。んじゃこの紙に必要事項を書いてくれ。後ろのアンタも登録?」

「あ、ああ」


 俺は注意が別の物に向いていたため生返事をした。視線の先には壁にかかった大きなタペストリーがあり、その模様に気を取られていたのだ。

 その模様は動いていた。俺が知っている物で近いものを挙げるとするならプロジェクターのスクリーンだ。しかし別の場所から映像が映し出されているわけではなく、その布自体が映像を映している。町の様子からなんとなく俺の生きていた現代日本より昔の文明かと思っていたがそんなことはないらしい。


「そんなにソレが珍しいか? レブルヘイゲンの町じゃそんなに珍しくないぜ」

「あ、そのタペストリーは上質な魔繭から取れた絹で織られているんですよ!」


 興味津々だった俺の様子を見てカナサと受付の男性が各々の説明をしてくれる。魔繭は人々の生活には欠かせないと言っていたが、なるほど。この世界の魔法は元の世界で言うところの科学に当てはまるのだろう。タペストリーには表と文字が映し出されておりスクロールしていた。それにしても言葉が通じるのに文字が読めないなんて変な気分だ。


「そうだカナサちゃん。俺この世界の文字書けないんだよ。代わりに用紙書いてくれない?」

「お安い御用ですよー。えーっとお名前は星道仁……っと」


 すでに自分の分を書き終わったカナサが、もう1枚の用紙にペンを走らせた。ほほう、俺の名前はそう書くのか……


「あっ! ハンターの登録するならセカイダー! 名前セカイダーにしてくれ!」

「えっ、あ、はい。セカイダーっと。年齢はおいくつですか?」

「さんきゅー。歳は20だ」

「種族はヨト族……あ、出身地どうしましょう?」

「あー日本……でいいかな」

「ニホン? ですか、了解です。出来ました~」


 カナサは2人分の用紙をカウンターに提出した。それを受け取った男性は用紙を確認しながら言った。


「はいよ、そんじゃちょっと登録するから待っててくれ。試験の準備が出来たら呼ぶから」

「えっ、試験なんてあるのか」

「身構えンな。魔物と戦うために最低限の魔力を蓄積してるか測るだけだ」


 カウンター奥の扉に入っていく男性の背中を不安げに見つめる。魔法のテストって言われても俺は何も知らないんだが……

 とりあえず壁際に椅子とテーブルがあったのでカナサと向かい合わせに座り試験を待つことにした。しかし俺にとっては目に映る物全てが珍しく、落ち着きの無い子供のように視線だけは室内を巡るのだった。カナサも初めて来た町だからだろうか、興味津々に室内――特にタペストリーを観察していた。


「さっきから気になってるんだがアレ、何が映ってるんだ?」

「え? あ、映っているのはレブルヘイゲンで活躍しているコクーンハンターの賞金ランキングですよ」


 たぶんカナサは織り方とか技術面に興味を抱いて見つめていたのだろう、俺の質問に一瞬不思議そうな顔をした後、納得した表情で教えてくれた。


「ランキング上位者はこんな風に紹介して貰えるみたいですね。人気があると戦いの度に人が集まって、こんな風に観れるみたいですよ」


 カナサはそう言って椅子から立ち上がりタペストリーの前に向かった。リストの文字を細い指で触れると模様が切り替わり、顔写真や戦いの映像などが映し出される。映像には応援されながら魔物の攻撃を優雅にかわすハンターの姿。俺が普段観ていた特撮ヒーロー番組の1シーンのようだった。


「これは、いいかも……」


 ランキング上位で活動する自分の姿を想像し、自然と口元がゆるむ。そんな妄想もすぐに別の気がかりで消える。


「ちなみにこのランキングのコクーンハンターってどれくらいの人数いるんだ?」

「えーっと、これは月間上位100名のランキングですね。それ以外にも期間や条件を絞ったものがありそうです。全人口は――多すぎて分かりませんね」


 魔物を狩ることが生活基盤になっている世界。怪人は多いがその分ヒーローの数もとてつもない人数のようだ。

 自分たちで自身の平和を守っているこの町。

 魔物を狩る強靭な戦士たちが当たり前にいる町。

 この町にセカイダー(ヒーロー)の出番はあるのだろうか?


 そんな不安を抱えていると扉が開き、受付の男性が鞘に入った剣を手に戻ってきた。鞘には彫金で模様が施されておりそこまで大きくはない、カナサでも片手で扱えそうな細い剣だ。その剣を使って戦うのだろうか。男性はテーブルから少し離れた場所で立ち止まった。


「待たせたな。じゃあこっち来てくれ」


 床に散らばった書類を足で雑に払い、空間を作りながら俺たちを呼んだ。


「知ってると思うけど、まぁ説明する決まりだから良く聞けよ。この町では12歳からハンターの免許が取れる。町での帯刀許可や魔繭の取り扱い免許も兼ねてるから、職業としてコクーンハンターにならないヤツもとりあえず取ってることがほとんどだ」


 熱心に聞き入る俺とカナサを見て、満足げな顔をした男性は話を続ける。


「魔力ってのは空気中や食物から、少しずつだが人間の体内に蓄積していく。つまり大体12歳くらいで魔物と戦うために必要な量が溜まるってわけだ。もちろん個人差はあるが」

「ちょっと待ってくれ! たしかこの世界では――あ、いや、人間は魔力を自由に使えないんだよな。だったらいくら魔力が溜まっていても意味無いんじゃないか?」


 俺はここに来る途中にカナサから教わったことを思い出した。俺の質問に対して男性は嫌な顔一つせずに答える。


「近年主流になってきているヨト式の魔法は、人間の意思を道具に伝えることでより強い力を発揮する。身体に蓄積した魔力が多いほど魔法の道具とのシンクロ率が上がるし、老いにくくなるから現役期間も長くなる。ハンターを生業とするなら蓄積する魔力は需要だ」

「老いにくい……ってどういうことだ?」

「その辺は専門じゃないんで詳しいことは知らんが、魔力ってのは時間によって劣化しないんだ。だから魔力の詰まったこの建物は風化しないし、魔力を多く蓄えた人間は老いにくいらしい。俺も昔はハンターやってたからな、これで歳は98だぞ」

「ええっ!」


 目の前に立つ男性は多く見積もっても40代、その筋骨隆々の身体から見れば30代でも通用する外見だった。同じ人間かと思っていたが異世界人だ。寿命が違ってもおかしくはないのかもしれない。俺は隣の少女を横目で見つめた。勝手に年下だと判断して接してきたが、もしかして俺より年上だったりするのだろうか。男性は登録用紙に目を通しながら話を続けた。


「あーセカイダー? 変わった名前だな。俺やセカイダーのあんちゃんはヨト族だから魔力の蓄積が早い。逆にカナサお嬢ちゃんのようなキプナ族は魔力の蓄積が遅い種族だな」

「へぇ、種族によって差があったのか」

「だから私は強い魔力に中ると酔っちゃうんです。ヨト族の方はどんな魔力環境にも適応できるから人口がとっても多いんですよ」

「そういうことだ、おっと話が脱線しすぎたな」


 男性はそういうと手に持っていた剣を良く見えるように掲げた。


「この剣は選定の剣だ。体内に蓄積した魔力を感知して、規定を満たしていれば抜けるように出来てる。嬢ちゃんから抜いてみろ」


 どうやらこの剣を抜くことが試験のようだ。剣術なんてやられ役しかやったことないからほっとしたぜ。カナサは緊張した面持ちで剣を受け取り、握りを掴んだ。


 シャン、と軽い音をたて銀色に光る刃が引き抜かれた。


「合格だ」

「ありがとうございます! 仁さん、やりましたよっ」


 カナサは緊張が解けたのか嬉しそうに報告した。鞘に戻した剣を俺は受け取った。


「次はあんちゃんだ」

「頑張ってください!」

「おう!任せとけ!」


 俺は気合を入れて腕に力を籠めた。


「おりゃあ――うおっ、あれっ?」


 俺の叫びは情けない感じに尻すぼみになってしまった。


 剣が抜けない。


「せいっ!ふんっ!ぐぬぬぬぬぬぬ……」

「おいおい、本気でやってるのか?」

「お、大真面目だよ」


 どれだけ踏ん張ってもびくとも動かない。カナサはあんなに軽く引き抜いていたはずなのに。


「魔力があれば少しの力で抜けるはずなんだが……あんちゃんヨト族だよな?」


 男性は困った顔で俺の様子を見ていた。俺は鞘を足で挟み両手で引き抜こうとしながら答える。


「たぶん、そうだと思うんだけど……」

「おかしいなーうちの息子は9歳の時にでも抜けたんだが。魔力が全く無い土地にでも住んでたのか?」

「あ……」


 男性の言葉にカナサが反応した。たしかに元居た世界には魔力は無かった、そこで生きてきた俺には魔力が溜まるはずもない。

 待てよ、つまりこの世界にあったものなら――


「悪い、ちょっと落し物をしたみたいだ!待っててくれ!」


 俺は不思議そうな表情の2人にそう言って建物の外へ出た。人の居ない狭い路地へと入り、ベルトの側面からフラッグを取り出す。


「ワールドチェンジ!」


 そう、セカイダーは元の世界に居た時には無かったもの、この世界にあったもののはず。この姿ならきっと魔力も宿っていて、剣も抜くことが出来る!

 俺はそのまま元来た道を戻る。扉を開けると、先程と変わらぬ位置に立つカナサと男性の姿があった。


「なんだぁアンタ?」

「じ、セカイダーさん!」


 驚く2人を見てしまった、と気付く。また後先考えずに行動してしまった。カナサは正体を知っているから良いとして、男性にはなんて言い訳しよう。


「あー。さっきまでここに居た男は偽者だ。お……私が本物のセカイダーです」

「まぁどいつが本物でも俺は構わんけどな。ほら、さっさと抜いてくれ。もうすぐシフト交代だから」


 咄嗟に声色を変えて自己紹介をした、大丈夫だろうか。仮面の内側で冷や汗が流れる。

 男性はめんどくさそうに俺に選定の剣を渡す。


「では……ふんっ!」


 抜けない。


「……」

「……」


 2人の視線が痛い。くそっ、セカイダーになっても魔力が無いのか! でも変身したセカイダーの力なら無理矢理抜くことが出来るかもしれない。パンチ力3tをなめるな!


「ぐぬぬぬぬぬ、ふぅぅぅぅぅ、ふんっ! はあっ! うおおおぉぉぉんんんんんん~ッ!」


 微動だにしない。


「あんちゃん……」

「いや!ちょっとまって!今ちょっと動いたから!」


 男性の眼には哀れみが込められていた。あれ、ひょっとして正体誤魔化せてない? 俺は必死になって剣を抜こうと試みる。こんなところでヒーローの道を諦めるわけにはいかないのだ。


「あーまぁいいや。合格。」

「えっ?」


 俺は男性の言葉に耳を疑う。


「合格……いいの?」

「たまに魔力がちょっと足りないヤツはいるからな。それにレブルヘイゲンは元々魔力が濃い土地だから、ここで活動してりゃすぐ規定を超えられる」

「ありがとうありがとう!そしてありがとう!」

「んじゃお嬢ちゃんも来てくれ。これが登録の証だ。左手首にはめてくれ」


 レブルヘイゲンの施設がお役所仕事じゃなかったことに感謝しつつ俺は剣を男性に返した。受け取った男性はカウンターに剣を置き、奥の戸棚から2つ箱を取り俺達に渡した。開けてみると黒い腕輪が入っていた。


「それがハンターの証だ。狩りの際だけでなくなるべく普段からつけること。そこにはあんたら自身の活動データも記録されてるから端末を使えば便利な情報が見れるはずだ」


 俺はセカイダーの姿のまま腕輪をつけた。カナサも横で同じように腕輪をつける。すると手首の太さに合わせて腕輪の直径が変化した。ぶかぶかだったカナサにもぴったりのサイズだ。


「外す時は念じれば取れるから、以上。人のことは言えないが決して無茶はするなよ」

「はい」

「ありがとうござました!」


 扉を出ると、来た時と変わらず町の賑わいが聞こえてきた。随分長い時間経ったような気分だ。俺は自分の手首の腕輪を見た。これで俺もこの世界、この町の人間だ。


「仁さん、もう元の姿に戻ってもいいんじゃないですか?」

「それもそうだな」


 ベルトからフラッグを引き抜き、変身を解除する。セカイダーの姿で腕輪をはめてしまったせいか、元の姿に戻ると腕輪も同時に消えてしまった。おそらくハンターの仕事をする時はセカイダーの姿だから問題はないだろう。


「魔物を退治していたので、仁さんに魔力が無いなんてびっくりしました。魔物の身体は魔力で出来てますから、魔力の篭った攻撃じゃないとあまり効かないんですよ」

「そうだったのか……どおりで硬かったわけだ。先行きが不安になってきた」

「大丈夫ですよ! 魔力がなくてもあれだけの力が出せるなんて凄いことです!」

「そ、そうか。この世界で生活してれば俺にも魔力が溜まるかもしれないしな」

「はい!」


 カナサの慰めで元気を取り戻し、俺はこの世界での生活を前向きに考えることにした。なんとなく今後の見通しが立ったところで俺は周囲の飲食店からは美味しそうな匂いが漂っていることに気付いた。あ、この世界に来てから何も食べてないな。


「カナサちゃん、腹減ってないか?」

「え? そういえばお昼からずっと食べてませんでした。お腹ぺこぺこです」

「食べるところいっぱいあるし、どこか入らないか――ってああ!金一銭も持ってないわ俺!」


 慌てる俺の様子を見ながらカナサはくすっと笑った。そして少し遠慮しながら提案を持ちかけてきた。


「ではこうしましょう。仁さんが持ってる魔繭を私に売ってくれませんか? 私のような技術職で魔繭を扱う人は、お得意様のハンターさんと直接やりとりすることが多いらしいんです」

「お得意様って、つまり俺のこと?」

「はい、私も今日からこの町で新人魔縫使いです。練習でたくさん魔繭を使うので、仲介を挟むと割高になってしまうんです。その場合、売る側も安くなってしまいますから……」

「駆け出し同士協力するってことか」

「有名ハンターさんは直接大手の魔縫ギルドなどと契約してるので、それの軽い物と考えてください。私からは良い商品が出来た時、仁さんに優先して流しますので」

「それは助かるな、乗った!俺達はパートナーだ」


 パートナーという言葉にカナサは頬を赤らめ恥ずかしそうな顔をした。女の子に向かってのパートナーはちょっと意味合いが違ったかな。言った後になってなんだか俺も恥ずかしくなってきた。すると、今度はカナサから手を差し出し、握手を求めてきた。


「改めて、よろしくお願いします」

「ああ、お互い頑張って一人前になろうぜ!」


 こうして俺は心強い相棒を手に入れ、見ず知らずの異世界でヒーローとして新生活を始めることになった。




次回の更新は9月1日、日曜日8:00。サブタイトルは「今日も町内安全」を予定してます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ