第三話 「変身と少女 後編」
空を仰ぐと太陽は地平線に差し掛かっていた。時間的にも体力的にも長期戦は禁物だ。
左手に握っていた繭をその場に落とし、全力を込めて右ストレートを叩き込むべく怪物との間合いを詰める。
「うおおぉぉぉ!」
パンチのラッシュでダメージを与え、動きが鈍くなったところに必殺技を当てトドメを刺す。それが俺の戦略プランだ。
対する四足の怪物は、口を大きく開け拳ごと噛み砕く姿勢だ。不均衡に並んだ鋭い牙が気味悪く光る。俺は突進の勢いを緩めることなくそのまま喉奥を狙うように拳を打った。
――粉砕。
最初の怪人に比べこの四足怪物の身体はやけに脆く一撃でバラバラに砕けてしまった。
「ええええええ!?」
倒した俺が一番びっくりである。かっこよく倒せたはずなのにキマらなかった……今度は人が見てたのに。怪物の身体が風に吹かれ崩れてゆき、さっきと同じように地面には繭だけが残った。その様子を呆然と立ち尽くしながら見ていた俺に背後から声がかかる。
「あ、あの、助けてくださってありがとうございます。巻き込んでしまって申し訳ありません!」
大木の陰に隠れていた少女が恐る恐るやってきた。
「申し遅れました、私はカナサと言います。里での見習いを卒業してレブルヘイゲンに働きに行くところだったんです」
見た目は俺より年下だが礼儀正しく大人びた印象だ。しかし聞き覚えのない言葉を耳にしたぞ。レブルヘイゲン?
俺が黙ったのをどう捕らえたのか分からないがカナサと名乗った少女はあわてて言葉を繋げる。
「あれ? このあたりで活動しているレブルヘイゲンのコクーンハンターの方ではないんですか? 有体の魔物をあんなに簡単に倒すなんてベテランさんなんですね」
「コクーンハンター? 魔物? ま、待ってくれ。良く分からない言葉があるんだが!」
「?」
少女は不思議そうに首をかしげた。
「と、とりあえずまたさっきの怪物が襲ってくるかもしれない。あっちに川があるんだがそこまで移動しないか?」
俺が歩いてきた方向に指をさし提案するとカナサは申し訳なさそうに萎縮した。
「あの……実は魔物から逃げる時、森の中に荷物を置いてきちゃったんです……。仕事道具とか服とか、その……全財産なので……」
心細そうに涙目になり、最終的に泣き出してしまった。
「じゃあまずそれを回収すっか。来た道覚えてる?」
「え? あ、はい!」
困った人を助けるのもヒーローの勤めである。茂みを掻き分け先行する俺をカナサは嗚咽が混じりながらも太陽のような笑顔で俺を見つめてくる。
「歩きながら質問しても良いかな。まずレブルヘイゲンてなに? 俺この辺りのこと全然知らなくてさ」
「そうだったんですか? レブルヘイゲンは町の名前です。城架町レブルヘイゲン――このあたりでは一番大きな町だと思います」
「城下町か……」
俺は昔やったテレビゲームのシーンを思い浮かべる。レブルヘイゲンて日本の地名じゃないよな。ここは外国なのか? このカナサって子も日本語を話してはいるが見た目は白人ぽいもんな。
「じゃ、じゃあ魔物とかコクーンハンターってのは?」
「あの、本当に何も知らないんですか? さっき襲ってきたのが魔物で、その体内から取れるのが魔繭といって――」
そう言って上着のポケットを探り、さっき怪物が落とした繭を取り出した。
「これが魔繭です。私達人間が魔法を使うために必要な物なので、魔物を狩って魔繭を集める職業、コクーンハンターがいっぱいいるんです。はい、どうぞ」
「え、魔法? 魔法って言った?」
俺は手を伸ばしカナサから魔繭を受け取ったが、意識は別の方に向いていた。魔物に魔法、アニメやゲームの中でしか存在しなかったものがある。カナサは真面目そうで嘘をついているようには見えなかった。
「つまり、ここは地球じゃないのか」
「チーキュ? どこか別の大陸から来たんですか? ここはエイアイア大陸ですよ」
今のではっきりした。そして俺は一つの結論にたどり着く。
「たぶん……笑わないで欲しいんだけど、俺は別の世界から来たんだと思う。さっきのえーと魔物? も初めて見たんだ」
「そ、そうなんですか? でもたしかに私もアナタのような格好をした方は見たことがありません」
「あ、コレは――」
その言葉でずっと変身したままだったことに気がつく。茂みが浅くなっているから解いても問題ないだろう。そう考えセカイドライバーに差し込んだフラッグを逆に回し引き抜いた。変身時より低い電子音が短く鳴り、俺は見慣れた手足に戻る。
「こっちがホントの姿」
「ヨト族の方だったんですか! 魔法の鎧なんですか? 見たことがない魔法です!」
「コレも魔法の力なのか? 俺の元いた世界には魔法なんてなかったんだけど、というか元の世界にもこんな凄いアイテム無かったぞ」
「有体の魔物を武器も使わず素手で倒すなんて普通出来ません! 一体どんな魔法なんでしょう、私金属は全然わからなくてー」
なんかこの子、急に饒舌になったな。魔法のアイテムとかに興味があるんだろうか。
「一度に聞かないでくれ! それに俺もさっき初めて使ったから詳しい事はわからないんだ」
「す、すいません。私こういうの見るとつい夢中になってしまうので…」
途端に顔を真っ赤にしてシュンとしてしまった。
「あーいや、俺の方こそゴメン。お、荷物ってアレじゃないか?」
「それです! 良かった! 全部無事だぁ……」
それまでずっと俺の後ろを歩いてきたカナサが、大きなカバンやトランクに向かって走り出した。荷物を一通り確認して嬉しそうにぎゅっと抱きしめている。こうやって人の笑顔をのために頑張るのは悪くない。
「そんなに大事なものだったの?」
「はい! 昔から使っていた道具だったので――そうだ!」
カナサは活き活きとしながらトランクを開け中から綺麗な刺繍の施された箱を取り出した。中に入っていたのは針や糸、裁縫道具のようだ。
「お洋服、かなりボロボロになってますから直します!」
「え、とりあえず暗くなる前に安全な場所に移動しない?」
「ずっと気になってたんです! すぐ終わりますからっ!」
俺はためらいながらもTシャツを脱ぎ差し出す。怪人との戦いであちこちが破れている上に汗や土で汚れ酷い有様だ。こんな汚いTシャツを女の子に触らせるのはいかがなものか……
カナサはそんな俺の考えなどお構いなしにTシャツをさっと受け取り針を通し始めた。止めようと声をかけようとしたが、目の前で起っている光景に息を呑む。惚れ惚れする手さばきでみるみる破れが直っていく。カナサの眼は真剣で周りの声など聞こえていないようだ。手元を針を通している右手の動きは、セカイダーに変身でもしない限り速過ぎて見えなかった。
「ふぅ……終わりました」
「おお! すごい裁縫上手いな!」
手渡されたTシャツはどこが破れていたかが分からないほど完璧に縫い直されていた。
嬉々として褒めちぎる俺の様子に、カナサが軽く微笑み遠慮がちに説明してくれた。
「キプナ族ですからこれくらい普通ですよ。見たことない生地だったのでちょっと手間取っちゃいましたけど……」
「安物の化繊だからなぁ……あ、そのキプナってのは部族のこと?」
「種族ですよ。あなたがヨト族で、私はキプナ族です」
「俺がヨト族? どこが違うんだ」
「私達キプナ族は裁縫みたいな細かい作業が得意な種族なんです。ヨト族との違いは指がほら――」
カナサは恥ずかしそうに俺の目の前に手を開いた。細かい傷が目立つが、白く小枝のように細く美しい指だった。しかしどこか神秘的な違和感を感じる手。
「あっ! 指が6本ある!」
「えへへ、これがキプナ族の特徴です」
「それにしても凄く綺麗な手だな、怪我も後が残らないといいんだけど」
「……ど、どうも。これくらいの怪我なら薬を塗っておけば大丈夫です」
もじもじとカナサの顔が赤くなる。さっきからずっとこんな様子だ。
しまった! Tシャツを渡してからずっと上半身裸のままだった。俺は慌ててTシャツを着て尋ねる。
「あー、その、ひとまず移動しないか。カナサ……ちゃん? はレブルヘイゲンに向かう途中だったんだろ。森を突っ切るルートだったの?」
「いえ、この森林近くの道を歩いてたところを魔物に襲われて……咄嗟に森の中に入っちゃったんです」
「ならまずその道に戻ろうか」
「はい!」
俺の提案の後、荷物をまとめ移動を始めるとすぐに森を抜けることが出来た。目の前には人が通り土が踏み固められた細い道があった。アスファルトや石畳の道ではないが、この世界に迷い込んで初めての文明の匂いだ。
「ありがとうございますっ! これで夜にはレブルヘイゲンに到着できそうです!」
カナサは安堵した表情で何度も頭を下げた。
「いやいや全然構わないって。ところで町――ってことは人が大勢いるんだよね」
「はい、ヨト族の方もたくさんいらっしゃると思いますよ」
「俺も一緒について行っていいか? 荷物持ちとか、魔物が出たらさっきの力で護衛くらいはできるからさ」
「本当ですか! とっても助かります!」
他に行く当てもないし、俺はひとまずカナサと一緒に城架町レブルヘイゲンへ行ってみることにした。そこに行けばこの世界のことが少しでも分かるかもしれない。
そして元の世界への帰り方も――
元の世界に戻れたら、俺はどうなっている?
死んでいるのか?
ヒーローごっこをしていて、子供を庇ってトラックに轢かれて――
「ああっ!」
「なっ、なんですか?!」
突然叫んだ俺に怯えるカナサ。
しかし重大な事だ。大問題、由々しき事態である。
「変身ヒーローなのに正体ばらしちゃった! 人に会えて安心しすぎた……」
俺は膝頭を地につけ落胆した。
「え、えっと、秘密にしないとだめだったんですか? 私、誰にも言いませんから! とにかく暗くなる前にレブルヘイゲンに向かいましょう!」
訳の分からない理由で絶望に浸る異世界人の男を、必死に慰めようとする少女の姿は見る人を安堵させるものだった。
俺は一息吐いて落ち着きを取り戻した。そしてもう一つ大事なことを思い出す。
「そうだ、俺だけまだ名乗ってなかったな。星道仁だ。よろしくな!」
身体を起こし手を差し出した。
カナサはまた顔を赤らめ、一瞬躊躇うような素振りを見せたが握手を交してくれた。
「こちらこそよろしくお願いします。仁さん」
次回の更新は日曜日8:00、サブタイトルは「城架町レブルヘイゲン」を予定してます。文字量の都合で今回のように前後編分けて更新をする場合があるかもしれません。