第三話 「変身と少女 前編」
ワールドフラッグのメタリックな竿部分がセカイドライバーにカチリと刺さる。その瞬間セカイドライバーの内部構造がまるで自分の身体の一部になったかのように感じ取ることができた。円柱の内側がチューブラーキーのようになっていて、回すとフラッグからセカイドライバー内の溝に信号を飛ばし変身フォームの指示を送った。
――勇気を鼓舞するような電子音が鳴り響き、変身プロセスが開始する。
目の前が真っ白になり何も見えなくなった。身体自身が発光し、何本もの光のクロスしたラインが俺の身体に浮き出るのを感じる。つま先から肌を締め付けられるような感覚。
戦うための身体に生まれ変わったのだ。
光が薄れ再び視力が戻ると俺は目に映る光景に驚いた。
自分の背後が見えるほど視野が広い。
セカイダーの黄色く輝いた複眼――その無数の細かいレンズに映し出された映像が、勝手に脳で処理され1つの球体映像のように把握出来ている。
俺はその目で自分の拳を見つめた。赤い手甲が装着され、スーツの生地は黒いゴムのような質感だった。拳を握り締めると生地が締まる音がする。
……本当に変身出来てしまった。
関心しつつ全身を観察していたが、ふと我に返る。
「やべっ! 名乗り口上考えてない! えーと……」
俺が必死にかっこいいセリフを考えていると、眼前に銀色の爪が迫っていた。
「えっ?」
今まで気付かなかったギザギザとした刃先まで鮮明に映し出される。意表を突かれた攻撃に慌てながら、俺は必死に回避行動を取った。
怪人の攻撃が遅いのか俺の動きが早いのかは解らなかったが、易々と避け距離を取ることができた。
「ちょ、ちょっとタイム! 今セリフ考えて――」
必死な訴えも馬耳東風のようで怪人は突進し攻撃を続けてくる。
獣――
知性が感じられない相手はやりにくいなぁ……
避けるだけでなく斬りつけてきた爪に対して横から攻撃を加えてみることにした。連続切りの速さに惑わされることもなくタイミングを合わせ繰り出した拳は、怪人の爪を根元から弾き折る。
怪人は激高して両腕を高々と掲げ振り下ろそうとした。
「今までのお返しだ!」
上半身を右に捻り、体重を乗せた左足踏み込み。そのままがら空きになった怪人の胴体に豪拳を振りぬく。拳は怪人の硬い皮膚に深くめり込み、次の瞬間には怪人の身体は10mほど弾け飛んだ。自分でも驚くほどのパワーだ。
これならあの怪人を倒せる!
地面に何度も叩きつけられ地面に転がる怪人。致命傷にはならなかったようでまだ起き上がろうとしていた。ダメージが大きいのかヨロヨロとした動きだ。
しかし俺は焦っていた。視力が格段に上昇している今、この距離からでもはっきり判断できる。怪人の傷がみるみる塞がっていき立ち上がる頃には完全に消えてたのだ。
「今の攻撃でも倒せないのか……」
すぐに回復される、つまりもっと威力の高い技で一撃の下に倒さなければならない。
図鑑のページを思い出す。セカイダーには必殺技があった。
その名もワールドキック。
俺の想像する特撮ヒーローのキック必殺技は、高くジャンプし重力を利用したキックを落下しながら繰り出すものだ。ワールドキックもたぶん同じような技だろう、とにかくやってみるしかない。
セカイダーのジャンプ力はたしか15m――本当に跳べるのだろうか。
俺は怪人に向かい走り出した。ジャンプ力のことを考え3歩ほどで跳躍のため腰を落とし、両足に力を溜めた。
大地を、蹴る。
景色が遠のき、怪人の姿も微々たるものになる。ジャンプ力のデータはどうやら嘘じゃないようだ。
上昇が止まり最高度に達し、落下に入る。
俺は片足を突き出しキックの姿勢を取り、咆哮のような声を上げた。
「ワールドオォキイイィィック!!」
叫んだ瞬間、空中で身体が急加速し落ちる角度が勝手に修正された。どうやら俺は跳び過ぎていたようだ。
ほとんど体当たりのような勢いで怪人に衝突し怪人は爆散した。その肉片は灰のように細かくちぎれながら空に舞い、やがて完全に消える。
俺は怪人に与えた衝撃を利用し、もう1度ジャンプをして爆発より少し離れた位置に着地した。その方がかっこいいアングルだと思い咄嗟に取った行動だったが、爆発に巻き込まれずにすんだ。
「なんで爆発するんだ? 火薬でも詰まってたのかよ……」
俺は冷や汗をかきながら爆破地点に近づいた。怪人の肉体は跡形もなく消えているが、キラリと光る何かを見つけた。蚕の繭のようなソレは、黒い太陽の光を浴びて霊妙な輝きをしていた。なんとなく未知の物体だと判断した俺は、おそるおそるつま先で繭をつついてみる。
……なにも起らない。拾い上げても同じだった。
一難去ったところでこれからどうしようか。
ひとまず、セカイダーに変身できれば身を守ることは出来そうだ。ここがどこか分からないが水は川があるし、川辺から離れたところに森林があったので食べられる果物があるかもしれない。
「アウトドア経験は小学生の頃のキャンプ以来だがなんとかなるだろ!」
そんなお気楽な考えのまま早速森林の様子を見に行くことに決めた。あの怪人が他にもいたら怖いので変身は解かないでおくことにする。不便なことに変身中はポケットといった物をしまう場所がなく拾った繭は握ったままである。何度か捨ててしまおうと考えたのだが、きっと貴重な物だと思いそのまま持ち歩いていた。
森林に近づくにつれて辺りの雑草の背丈が伸びてゆく。想像していたよりも距離があったため日が傾き始めてしまった。樹木の真下に立つとその訳が分かった。
樹木がでかい。おそらくセカイダーのジャンプ力でも一番低い横枝に触れることすらできないだろう。
突如悲鳴が聞こえた。
怪人の新手か? 瞬時に身体中の筋肉が強張り、辺りを警戒する。するともう一度、しかもさっきより近い距離で声が聞こえた。人間の声だ。
俺は声の方向にファイティングポーズを取り待ち構えた。ガサガサと深い茂みを掻き分ける音がだんだん大きくなる。
深緑の視界の中に明るい金色の点が現れた。
その正体は人間の女の子の金髪。その後ろから四足の怪物が今にも少女に襲い掛かろうとしている瞬間だった。状況の把握が出来たと同時、いや身体の方が早かったかな、俺は一直線に駆けその怪物と少女の間に身体を滑り込ませた。怪物は突然の乱入者に驚いたのか、俺と少女の周りをグルグルと一定の距離を保ち続ける。
俺は怪物から視線をそらさずに背後の少女を見る。こういう時複眼て便利だな。外国人のようでふわふわした金髪をボリュームのあるおさげにしている。前髪は汗で張り付き、肌は雪のように白く、茂みを全速力で走ってきたのか頬が少し朱色がかっていた。よほど必死だったのか顔や手には無数のかすり傷があり血が滲んで痛々しい。落ち葉の付いた厚手のローブにレギンス、皮のブーツといった旅人のような出で立ちだ。
今度は視線を少女に向け、怪物を警戒する。少女は手を膝に置き肩で息をしながら、俺の目、いや後頭部を見つめていた。俺は前を向いたまま涙で滲んだ群青の眼を見つめ声をかけた。
「え、えーと、はうあーゆー? ……だっけ」
「すみません助けて……下さい! あなたはハンターの……方ですか?」
日本語通じるし……
滲む血と同じように赤い唇が動き、流暢な日本語で答えた。俺は久しぶりに意思疎通の出来る相手に会えてハイテンションになった。
「通りすがりのセカイダーだ! 少し離れて!」
「は、はい! ありがとうございます!」
意気揚々と引き受けたはいいが2連戦だ、内心ちょっと不安である。
少し長くなってしまったので前後編に分けました。後編の投稿は変わらず明日の8:00になります。