第二話 「荒野の怪人」
あの子供は無事だったろうか?
いや、きっと助かっているはずだ。勢い良く突き飛ばしてしまったから擦り傷くらいは出来たかもしれない。元気な男の子だ、きっと大丈夫だろう。
さて、突き飛ばした元男の子の俺はどうなったのか。
死んだのか?
……結局、俺はヒーローにはなれなかったんだな。助ける自分が死んでちゃ格好がつかないぜ。そんな一人問答をしていると誰かが囁く声がした。
「いや、星道仁。お前はヒーローだ」
眩しい。
目を閉じたまま、俺はまだ地面に横たわっていた。滲み出る汗でTシャツが張り付き不快感を覚える。
「あ、あちぃ……」
あれ? 俺生きてるじゃん。
がばっと上半身を起こし、目を擦りながら周りを見渡す。たしか事故があった場所は住宅地に隣接した公園の前だったはず。なのに今、俺は地平線がパノラマに続く荒野のど真ん中にいるのだ。
「あっれぇ……? ここどこだ。アメリカか?」
服に付いた砂を払いながら立ち上がり、その場でくるくる全身を回転させる。見渡す限り駱駝色の岩山と砂だ。東京で事故にあってなんでこんなところにいる。俺は関東地方からほとんど出たことが無いがここは日本じゃない気がするぞ。
頭で考えるのはあまり得意じゃないが状況を整理しよう。
あ、怪我が無い。
かなりの出血だった気がするんだけど……そうか、コレは夢か。リアルな夢だな。そうなると現実の俺は今頃病院のベッドってことになるのか。
こんな時はどうするか、俺は考える。
遭難した時は動かず救助を待てって話を聞いたことがあるけど、今回は夢が覚めるまでだしな。せっかくだから動こう。
向かう方向を決めようと再度あたりを見渡すと、不思議なことに自分の後ろに誰かの足跡が延々と続いていた。なんてことはない自分の足跡だ。また身体が勝手に動いていた。
何も気にせずに方向を決めてしまったがここで方向転換するのも面倒なのでそのまま歩くことにした。
石、砂。たまに自分よりも背の高い岩山。
植物は5cmにも満たない雑草が岩の陰にカビのように点在しているだけだった。体感時間で2時間は歩いただろうか。未だ生き物の姿は無く、死の大地である。
「夢の中でも腹は減るんだな……」
最後に食べた握り飯の味が懐かしい。でもアレが人生最後の食事だったら嫌だな。
歩けど歩けど景色は変わらず、もしかして少しずつ曲がって同じ場所を回っているんじゃないかと不安になる。何か目印になる物があればと空を見上げた。
空には先ほどからずっと、俺に熱光線を浴びせ続ける憎い太陽が浮いていた。
異変。
毎日じっくり太陽を観察しているわけではないが、あきらかな違い。胃より下、へその辺りからジワジワと蟻のように這い上がってくる不安。
「太陽が黒い……」
黒いのに光ってるってのも変な話だけど本当に黒い。えーとたしかコロナだっけ。太陽の周りの部分が紫色に淡くぼやけてる。
「ここは、どこだ?」
長時間歩いてヘトヘトなうえ、頭が混乱してきたので大きめの岩影で休むことにした。乾いた土の上に腰を下ろすと、ジーンズの尻ポケットに違和感を感じる。
何か入ってる。
取り出してみると1冊の小さな本だった。
転生戦士セカイダー図鑑
表紙には赤と黒の重厚な鎧、昆虫のような黄色の複眼の仮面を被ったヒーローが拳を握り締めポーズを取っている。
……こんな特撮ヒーロー居たっけ?
俺は特撮ヒーローオタクだったので日本で放送していた作品は自分が生まれる前の物までチェックしている。全てを網羅したわけじゃないから、昔のマイナーヒーローなのかもしれないな。
表紙を捲ってみる。
扉、目次、怪人と戦っているシーンのスナップのフルカラーページが続く。
「お」
セカイダーの全身写真や説明、ステータスが載っていた。
転生戦士セカイダーは、インカーネーションパワーをあやつる事象の戦士だ!
パンチ力 3t
キック力 11t
100m走 6.1秒
ジャンプ力 15m
必殺技
ワールドキック
威力25t
おお、なかなかかっこいいじゃん。ちょっと子供用の振り仮名が読みにくいな。らしいから俺は好きなんだけど次回から割愛させてもらう。
俺は自分の置かれている状況など忘れ、セカイダー図鑑に魅了されていた。ワクワクしながら次のページを開く。どうやら今度は変身ベルトの説明のようだ。ベルトの名前はセカイドライバー、ラムライト超合金という金属で出来ていてどんなことがあっても壊れないらしい。
――ヒーローの変身アイテムって壊れない設定があるけど、なぜか一度は劇中で壊れるもんだよな。
変身する時は「ワールドチェンジ!」と叫びワールドフラッグというアイテムをベルトに差し込む。
「ほうほう!」
細かい設定がまだいくつもあったが、早く先が読みたくてページ飛ばす。さっと全体に目を通したら後でじっくり読もう。次のページは、セカイダーの変身フォーム。
3種類の基本フォームがあり、戦いの状況で使い分けるってヤツだ。こういう設定はいつも登場する回を楽しみに待っていたな。
しかし俺は、本に没頭しすぎて目の前に危険が迫っていることに気付かなかった。
――あ。
何かが動く気配を感じ視線をあげると、そこには怪人がいた。
特撮ヒーローオタクの俺からしたら怪人としか言いようが無い。
人の形をしていて、怪物で。褐色のゴムのような皮膚が全身を纏っている。
そうか、ここはハリウッドの撮影所なのか!それならさっきの太陽の説明もつく。SF系の映画でココは目の前の怪人が住む惑星のセットなのだ。俺は何らかの役で出演が決定し単身アメリカに渡った、これでどうだ!
現実逃避している俺に怪人はさらに近づいてくる。なんとなく身の危険を感じた俺は本のページに指を挟み閉じ立ち上がった。
「うおっコイツでかっ……」
俺の身長は176cmくらいだったはずなんだが、怪人の顔は頭頂部より上に位置していた。身長2mくらいあるんじゃないか。欧米人のスーツアクターはすごいな。ただ敵役としては迫力があるが、ヒーロー役は大きすぎて無理かもしれない。
「は、ハロォ~?」
高校時代、英語成績2(もちろん5段階評価)だった俺の精一杯のネイティブ風発音である。
返事は肉体言語だった。
問答無用で怪人は鋭利な爪の生えた手刀を振り下ろしてきた。鈍い銀色に光る五本の切っ先が俺の頭を狙う。
「あぶなッ!」
俺は反射的に横っ飛びして避けた。そして信じられない光景を目にする。太陽光からしばらくの間俺を守ってくれた巨大な岩が、火薬を爆破させたような音と共に真っ二つに裂けていた。
「おい! 悪役はセリフの一つでもキメてから攻撃するもんだろ!」
動揺しすぎて見当違いなことを叫んでしまう。かっこ悪いな、俺。
そんな言葉に反応することもなく怪人の追撃は止まらない。俺はその場から逃げるように走った。全力疾走だ。しかし怪人は鈍重そうなスーツとは裏腹に易々と俺に追いついてきた。言葉にならない咆哮を轟かせ、自慢の爪で次々と攻撃を繰り出してくる。
人の型をしているが知能を感じない、獣のようだ。
ああ、喋る怪人が懐かしい。
あいつらかなり文明的なヤツらだったんだな。
空を斬る不気味な音が続く。
破壊力を警戒していたせいで、攻撃の軌道よりだいぶ大きな感覚で避けてしまう。そのため体力に自身のあった俺でもさすがに疲れてきた。こんなのは敵戦闘員の戦い方だ、もっとヒーローらしく戦いたい。
そこで俺は身体を動かすことより目で相手を観察することに集中する。知能がないということは攻撃が大振りで単純だ。最小限の動きで敵の攻撃を避けて――反撃する!
「……いってぇ!!」
がら空きになった怪人の腹に渾身の蹴りをお見舞いしたはずが、あの皮膚めちゃくちゃ硬いじゃねえか!
どうやってこの怪人に傷を負わせることができるか……と、結局逃げる。
知的戦法は得意じゃないんだ!知能はあっても知性は感じないとよく言われる。汗水垂らして荒野を駆けずりまわって逃げる。ヒーローとはかけ離れた情けない姿である。
リアルな痛みや疲労を味わい俺は思った。
これは夢ではない――現実だ。
俺はヒーローになりたかった。
だけど平和な日本で生まれた俺の限界は、ヒーローになりきること。本当の、生死を懸けた戦いになればこの程度。無力。
そんな体力を使い果たし最初のような全力疾走が出来ない俺の身体を飛び越えて怪人が先回りしてきた。
「フィクションみたいな動きしやがって……」
怪人は「トドメだ!」というセリフを放つわけでもなく、軽く唸り水平に斬りつけてくる。腰部に激痛が走り身体が宙に浮く。視界に映る風景が勢い良く回転した。
あ、死んだなこりゃ。
さっきの割れた岩を思い出す。きっとあんな感じに上半身と下半身が真っ二つになっいるに違いない。
滞空時間が長い。数秒後には地面に叩きつけられて、また死ぬのか――
そんなことを思っていると背中に軽い痛み感じ、急に息が苦しくなった。水中か!と俺は自分の上下感覚を信じ必死に水面を目指し泳いだ。
「ぶはっ!!」
水面から顔を出し、自分が落ちてきたであろう崖を見上げる。どうやら川に落ちたらしく川を挟む垂直の崖は高さは約5mで、落ちた川幅はそれよりも狭かった。荒野に鋭く入ったヒビに水が流れているようで、至近距離まで近づかないと気付けなかったわけか。
「あ、あいつは追ってこないか……」
どこか陸に上がれるところはないかとしばらく川の流れに身を任せていると緩やかな斜面の川岸を見つけた。俺は無我夢中で陸に上がりその場にへたり込んだ。
どうやら身体は二分されてないようだ。
「ゼェ……ゼェ……助かった」
あちこちが破れボロボロのTシャツの上から腰を確認すると、腰に何か感触があった。
今まで気付かなかったがエボルダーのベルトを付けっぱなしだったようで、怪人の攻撃はコレで防げたようだ。しかしこんなおもちゃであの凄まじい攻撃を防げるのだろうか……
傷がついてないかとTシャツを捲る――
「傷一つ無い。しかもエボルダーベルトじゃない! たしかさっきの本に載ってた――」
腰に巻かれていたのはおもちゃのエボルダーベルトではなかった。見覚えがある。
セカイダー。そう、これはセカイドライバーだ。
俺は慌てて読み途中だったセカイダー図鑑を探すが見つからない。
「ポケットにしまった覚えは無い、あの怪人と戦ってる時か川に落ちた時に失くしたのか……」
まだ最初の数ページしか読んでなかったのに!
仕方ないのでベルトを外して調べようと思ったその時、背後から聞き覚えのある嫌な声が聞こえた。無理やり音を出しているような唸り声。川沿いを陸路で追ってきたのかさっきの怪人がそこに、居た。
俺は息も整っていないまま川を背に立ち上がった。
「やばいな。今度は逃げ場がない」
まさに背水の陣。
川にまた飛び込んで逃げるという考えも思いつきはしたが、そうしなかった。ベルトから戦えと言われたような気がするからだ。一度触れて解った。おもちゃじゃない、違う。
これは本物だ!
何度も練習していたかのような動きでベルトの側面に付いたフラッグの中から黒いものを1本引き抜く。フラッグはセカイドライバーと同じ素材だった。触れると迷いが吹き飛び決意が固まる。そんな不思議な感覚。
いける――そう核心する。
俺は図鑑で見た通りフラッグをセカイドライバーに挿し時計回りに回し、叫んだ。
「トランスチェンジッ!!!」
次回の更新は日曜日8:00、サブタイトルは「変身と少女」を予定してます。