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第十三話 「外の世界 後編1」

 大陸の亀裂を越えると、延々と続いていた荒野の風景に少しずつ変化が見られた。緑の草木が増え始め、空気中の水分が増えていることを肌で感じることが出来た。そして俺はここ最近嗅いでいなかった懐かしい香りを感じる。潮風だ。

 日本で生活していた頃は、よく海沿いで戦闘シーンの撮影に借り出されたものだ。敵戦闘員役はヒーローの技で海に落ちる場面もありなかなか大変だったなぁ。

 前方を確認すると、レブルヘイゲンほどではないがそれなりに大きな町並みが見えていた。あの向こうに海が広がっているのだろうか。俺はオーロライダーの速度を緩め、町の手前の草陰に一時停止した。


「カナサ、降りられるか?」

「は、はい。ちょっとだけ慣れてきました……」


 と言いつつ、地に足をついたカナサはふらふらとへたり込んでしまった。


「ジャンプは平気だったんですけど……あ、なんか気持ち悪いです……」

「もしかして、酔った?」

「うぅ……」


 俺はオーロライダーから荷物を下ろし、その中で軽そうな物をクローディアに変身して持ってもらった。俺は残りの背嚢を持つことにしたが、こっちの方が重い。

 オーロライダーの身体能力は変身した人物に影響されるらしく、この場合ガタイの良い男性に変身できれば俺の荷物も持ってもらうところなのだが、何故か彼女……で合っているのだろうか? オーロライダーは女性にしか変身しないのだ。俺は背嚢を身体の前に回し、口に手を当て俯いているカナサの前に座った。


「休むならここよりリビナの町の方が良いと思う。おんぶするから乗ってくれ」


 背を向けながら提案するが、カナサは顔を赤くしてぶんぶんと首を横に激しく振った。そんなことしたら余計気分が悪くなるんじゃ……。


「だ、大丈夫ですから! もうすぐですし自分で歩きますっ!」


 カナサは立ち上がると早足で町に向かって歩き出した。オーロライダーも後に続く。あれ、ヒーローに付いてくるんじゃないの? 俺は再び背嚢を背に回し、女性二人を追いかけるように走った。




 港町リビナの町は白かった。

 陸側の入り口から町に入ると、奥の海に向かって下り坂になっていて町を見下ろすことが出来た。役場、民家、飲食店、目に付く建造部すべてが白い石壁で作られている。屋根にはあまり斜面がなく、大きな角砂糖が無造作に積み重ねられている印象だ。建物の合間からかすかに海が見える。


「なんか不思議な空気ですね。この匂いもそうですけど、肌がベタベタする感じ……」

「あれ? カナサは海初めて?」

「はい。キプナ族の里は内陸ですし、最近までそこから外に出てませんでしたから。仁さんは海は何度か来たことあるんですか?」

「前の世界でね。異世界の海もあまり変わらない匂いで、初めてくる場所なのにちょっと懐かしいよ」


 町の奥へ足を運ぶと、磯の匂いに混じって魚介類の匂いも感じることができた。近くに市場があるのかもしれない。そして建物が開けると、目の前にはエメラルドグリーンの絶景が広がっていた。俺が住んでいたのは関東だったので、こんな海を見たことはなかった。

 内陸側からは見えなかったが町の半分が木で作られた桟橋の上にあり同じく木造の涼しげな家が橋の上に建っている。船着場が備え付けられた港には、大小さまざまな船や人々が賑わっており、俺の知っている海の上を進む帆船もそこにはあった。漁師達は釣ってきた新鮮な魚を氷と一緒に運んだり四角い建物の間に布を日よけのように張って魚介類をその場で捌いて売っているらしい。


「目的を済ませたら、レブルヘイゲンに帰る前に魚料理を食べたいな」

「賛成です! レブルヘイゲンじゃあまり食べられませんしね」


 俺は頭上の太陽を見上げた。日没まで4・5時間はありそうだ。これからギルドで情報を集めて、クラーケンを討伐した後、夕飯を食べる時間はあるだろう。セカイダーに変身すれば照明が月と星だけの夜道でも安全に運転出来るので、明日になる前にはレブルヘイゲンへ帰れる。


「そういえば、体調はもう平気?」

「海を見たら吹き飛んじゃいました」

「そりゃ良かった。とりあえず、リビナのハンターギルドに寄ろう」


 カナサに町の案内板を読んでもらい、俺達は港の市場を突っ切ってギルドのある方角へ向かった。リビナのハンターギルドは港町らしく、海上にあった。外観は、桟橋に何十本ものロープで係留されている巨大な船だ。船の側面に入り口が設けられていて、実際に航海するための船ではなさそうだった。中に入るための橋は、丈夫そうな板を桟橋と船の間に置いただけのものでぐらぐら揺れている。


「すげぇ中はちゃんと部屋みたいになってるぞ!」

「ま、待ってください~」


 俺は船に合わせて揺れる足場を跳ねるように飛び越え船の中に入った。中は貫いたように大きな1部屋のみのようで、内装は海の家を彷彿とさせるシンプルながらどこか懐かしさを感じる空間、円形の窓がいい味を出してる。天井に備え付けられた照明が部屋にあわせて揺れるため、焚き火のように不規則な動きを演出していた。奥のカウンター横では何人かコクーンハンターらしき人たちが雑談をしている。

 板を危なっかしく進むカナサに手を貸して中に引き入れると、彼女も目の前の珍しいものたちを気に入ったようだ。


「木製で温かい感じですね。雰囲気が故郷と似ています」

「そうなのか。そういえばレブルヘイゲンは石造りが多いもんなぁ」

「でも部屋が揺れてるので立つのが難しいですね。みなさん平気そうですけど」


 オーロライダーはカナサの後に軽々と板を歩いて船内についてきた。


「この町の人は慣れてるんじゃないかな。それじゃカウンターで話してくるから、カナサとオーロライダーはその辺のソファで荷物見ててくれ」

「ありがとうございます」


 俺はカナサに荷物を預け奥のカウンターへ進んだ。カウンターにはいかにもハンター上がりといった風情の無骨で荒々しい顔つきの男性が新聞を読んでいる。眼鏡をかけていて、口の周りを覆う髭から葉巻の先端が見えた。


「あのースイマセン」

「……」


 新聞に夢中になっているのか、無視しているのか、返事は無かった。


「もーしもーし!」

「うぉあ! なんでい聞こえとるわ!」

「じゃあなんでそんなに驚いているんですか……」


 もっと無愛想で落ち着いたイメージをしていたのだが、動いて口を開き始めるとコミカルな人だった。男性は新聞を畳んで眼鏡と一緒にカウンターに置いた。


「アンタ見ない顔だね」

「あー、レブルヘイゲンから着ました。仁って言います」

「おりゃあガザルってんだ。見ての通り、このギルドの受付だな。しかしレブルヘイゲンからわざわざ何しに来たんだ。言っちゃなんだけど、ハンターだったらあの町の方が活動しやすいだろ」


 遠くのソファで休憩中のカナサと俺の姿をちらっと見てガザルは言った。


「今回はクラーケンを狩りに来たんだ」

「クラーケンねー。あーちょっと前にレブルヘイゲンからそんな依頼が来てたっけ。受けるやつが見つからなかったけど」

「それってどういう理由でなんだ? クラーケンのことも出来れば詳しく教えて欲しいんだけど」


 俺がそう言うとガザルは立ち上がってカウンターの背後にある本棚を漁り始めた。そして皺くちゃになった紙を数枚、カウンターの上に置いた。ファントムの時と同様に、その中の1枚にはイラストが描かれている。俺の想像通りのイカに似た魔物だ。


「これがクラーケンの資料だな。リビナ港の近海でよく目撃されている魔物だ」

「コイツって海に出ないと見つからないのか?」

「大抵は漁船や貿易船が会場で出会うことが多いが、そいつらを追って港までやってくることも良くあるぞ」

「船の上で戦わないといけないのか……」

「戦うとなると結構厄介な魔物だ。ぶよぶよして薄い粘液が皮膚の表面を覆っているからダメージが通りにくく、触手は伸び縮みするため距離が測りにくい。海中に引きずり込まれたらお仕舞いだな」


 海上という相手のテリトリー、さらに狭い船の上での戦い。なかなか依頼を受けるハンターが居ないわけだ。


「だったら、この町のハンターはどうやってクラーケンを退治しているんだ?」

「10~20人の編成を組んで、港に誘い込んで退治している。報酬が割りに合わないから、町や船が襲われている時以外は進んで相手する獲物じゃないな」

「じ、弱点は無いのか……?」


 思っていたより面倒な魔物のようだ。セカイダーの打撃攻撃は威力を吸収されそうだし、何より、船の上では想いっきり自慢のパワーを振るえない。


「んなもん海の魔物だから、陸上で戦ったり火で攻めるくらいじゃねーか?」


 俺とガザルがうんうんと唸りながらカウンターでクラーケンの資料と睨めっこをしていると、突如ギルド船が大きく揺れた。


「うわっ!」

「な、なんだ? カナサ大丈夫か?」


 棚に入っていた紙の束が床に崩れ、雑談をしていたハンターたちは飲み物を溢していた。天井からホコリがぱらぱらと降る中、カナサはソファーにしがみ付いていた。オーロライダーは棒立ちのままである。どんなバランス感覚をしているのだろうか。


「大丈夫です。今の揺れ、一体なんでしょう……」


 その問いに答えるように、船の入り口から若い男が慌てて飛び込んできた。男はカウンターに寄りかかりながら、荒い呼吸を整える間もなく告げた。


「ガ、ガザルさん大変です! 町の外の岩礁にクラーケンがッ!!」


 渡りに船とはこのことである。俺はガザルと一瞬アイコンタクトを交わし、カウンターを飛び越えた彼と一緒に出口へと走った。


「カナサはここで待っててくれ!」

「は、はいっ。お気をつけて!」


 カナサは荷物を抱きながら答えた。


「こっちだ、案内するぜ!」


 そして俺は騒ぎの広がる港の方向へ、ガザルの後を追うように駆けた。



今週はあまり時間が取れず後編を2つに分けることになってしまいました。申し訳ありません。

次回の更新は12月29日8:00、サブタイトルは「外の世界 後編2」を予定してます。

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