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第十二話 「予兆」

 俺がレブルヘイゲンに帰ってきたのは、黒い太陽が地平線から離れ、町の人々の多くが朝食を済ませ活動を開始した頃だった。あれからオーロライダーで荒野を走り回り、途中なんとか見覚えのある街道を発見して戻ってきたのだ。結局、俺がこの異世界に初めてやってきた場所には行けず、バラバラになって失ったセカイダー図鑑のページの収穫も無かった。


「バイクのまま町に入ったらさすがに目立つよな。こんなことなら周りが起き始める前に帰れば良かった」


 現在位置はレブルヘイゲン周囲を取り囲むドーナツ状の崖の外側、荒野と町を繋ぐ長い石橋の手前だ。街道では何度か商人のキャラバンに遭遇したため、俺は見つからないように距離を取って街道沿いを走ってきた。それでも、車もバイクも他に走っていないこの世界にとってオーロライダーのエンジン音はうるさいらしく、低い唸り声の正体を確認しようと双眼鏡でキョロキョロと探っていた。


「エンジン切って押して運べば意外と平気かもしれないけど、なんか目立たないようにする機能とかないのか?」


 オーロライダーに問いかける。その場で透明になる機能とかがあるかもしれない。しかし、オーロライダーの回答は俺の予想を超越したものだった。

 1度ヘッドライトを点滅させると、オーロライダーの車体の塗装が全て銀色に変わりぼんやりと光り出したのだ。その光りのせいなのか、立体感を感じることが出来ず焦点を合わせることが出来ない。光る車体のアウトラインがぐにゃりと変形し、光りが弱まった。

 すると信じられないことに、俺の目の前にはカナサが居た。初めて出会った時と同じ服に身を包み、その目も口も、指も見覚えがある。ただひとつ違う点は、金色だった彼女の髪の色が銀色ということだろう。


「つまり、姿を自由に変えられるって事か。凄いけど……何故カナサなんだ?」

「……」


 返事が無い。あと、さっき違いはひとつと言ったが訂正だ、彼女はこんな無表情じゃない。

 そういえばバイク形体だった時もヘッドライトの点滅やパネルにボタンが映るだけだったり、音声や文字で意思表示することはしなかったな。


「あー、えーと。とりあえず別の姿になってくれないか?」


 微笑んでいるのが印象的なカナサ、その姿のまま無表情でいられるのは正直気まずい。オーロライダーは少し考えるように空を見上げ、再び姿を変え始めた。

 今度は骨董品屋の店主、クローディアの姿だった。ローブを被っていて顔は見えない。


「もしかして、俺の記憶の中からモデルを選んでるのか?」

「……」


 コクリと頷いた。

 なるほど、だから最初に変身したのがカナサだったのか。俺は目の前のクローディアを見つめる。たしかに俺の記憶のままの姿だ。しかし待てよ。俺はクローディアの顔を知らない。会話をした時も彼女は終始ローブを深くかぶっていて、口元しか見ることが出来なかったのだ。


「ちょっと顔見ていいか?」


 俺は断りを入れてからローブを捲った。

 鼻より上はマネキンだった。


「……手抜きか」


 オーロライダーはまた頷いた。まぁ、この状態なら町に入っても目立ちはしないだろう。万が一本人に出くわしても顔は見えないし。

 俺はオーロライダーと2人で橋を渡り、レブルヘイゲンの町へ帰った。町中の店やギルドが営業を開始しており、物流の盛んな大通りは大勢の人で溢れかえっていた。俺達はその中をはぐれないように無言で歩き続け裏路地に入り自宅の前までたどり着いた。あとは3階まで階段を上るだけだ。


「さてと、カナサにどう説明すっかなー」


 これからのオーロライダーの処遇について頭を悩ませていると、当の本人が動いた。階段横の屋根のある狭いスペースに入り、こちらを振り返った。口は相変わらず真一文字に閉じたままだったが何か言いたそうにしている。


「もしかしてそこがいいの?」

「……」


 オーロライダーは小さく頷くと、銀色に光りだし元のバイク形態に戻った。たしかにバイクを置くには丁度良いスペースだ。


「まぁ……お前が良いなら構わないけど」


 機械との交流は難しいな、と1人で階段を上りながら考える。いくらバイクとはいえ意思があるからには外に放置というのは気が引ける。人間の姿に変身できるのを見てしまうとなおさらだ。ガレージは無理にしても、後で雨風をしのぐためのカバーを調達しておこうと思った。

 階段を上ると食欲をそそる匂いが室内から漂っていた。カナサが朝食を作ってくれているのだろう。俺は充足感に浸りつつ扉に鍵を挿し込み開けた。


「ただいま~」

「あっ、仁さんおかえりなさい!」


 カナサは台所から顔だけ出して出迎えてくれた。うむ、やっぱり笑顔が一番落ち着くな。


「ちょうど朝ごはんの準備してたんです。お仕事はどうでしたか? 怪我とかしませんでした?」

「バッチリ倒してきたぜ。怪我だってこの通り――」


 そこで俺は自分の身体の違和感に気付いた。ファントムとの戦いで足と肩を負傷していたはずなのに、今は痛みがない。セカイダーのスーツも傷つくほどのダメージだったはずなのだが……。


「どうかしたんですか?」

「いや、なんでもない。ぱぱっと風呂入ってくるよ」

「はーい」


 脱衣所の鏡の前で服を脱いでみるが、身体には傷痕どころか痣ひとつなかった。セカイダーのスーツは謎が多いな。

 傷痕を確かめたかった目的もあったが、普通に風呂にも入りたかったのでそのままシャワーを浴びることにした。この町のインフラは日本と大差がなく非常に住み心地が良い。電気は無いが各家庭には電線の変わりに専用の魔絹が張り巡らされていて、水道のポンプや湯を沸かす火力も魔法で代用しているのだ。聞いた話では地下遺跡にある魔力湖から魔絹を通して魔力を流しているらしい。

 レブルヘイゲンでの生活は驚くことでいっぱいだが、一番衝撃を受けたのは魔絹――というより魔繭の汎用性の高さだ。

 魔物から取れる魔繭、そこから紡いだ魔絹。多少の種類はあるらしいが、これだけで全てのエネルギーに応用が利く。そのものが純粋な魔力エネルギーに変わるだけでなく、術式を組み込み魔力を流し込む事で様々な力を発揮するのだ。ギルドに置かれていた模様が動きモニター代わりになるタペストリーや、糸鋸のようなブレード、家には無いが日本で言う糸電話のような形状の通信機材もある。傷を縫う場合も利用され、体内の魔力を活性化させることで傷の回復が早いそうだ。

 ちなみにレブルヘイゲンはわざと魔物を発生させて魔繭を安定して手に入れているが、家の中など所狭しと発生するわけではない。魔繭の中でも高価な金糸を部屋の角から角に張り巡らせ、結界を張っているそうだ。広く張れば張るほど効果が落ちるが、金糸の本数を増やせば講堂のような広い空間もカバーできる。どこか別の町では町全体や貿易路を丸ごと結界で囲む計画があったそうだが金糸はコストが高いため頓挫したらしい。そもそも魔物が全く発生しなくなると逆に困るとのことだ。

 魔法ってのはこの世界にとってのなんなのだろうか。そして、それを生み出す魔物とは……。俺が考えているような、ただの狩猟対象というわけではなさそうだし。


 汗を流し終えたので、湯を止めて脱衣所に戻る。タオルで水分をふき取り洗濯済みの服に着替えた。実はこのTシャツはカナサが作ってくれたもので、カナサはこの世界のものではない俺の服に興味を抱き、研究を重ねついにTシャツを作れるようになっていたのだ。使った生地はレブルヘイゲンで手に入れた物だが、年中温暖なこの町に適した汗を良く吸い通気性抜群である。最近はカナサも自分で作ったTシャツで過ごしている。彼女曰く、動きやすく着心地が良いらしい。


「おまたせ、よし食おうぜ」

「はい、いただきます」

「いただきます!!」


 運動して空腹時の食事ほど美味しいものはない。そういえば、俺はこの食卓に並んだ料理の材料も良く分かっていないんだよな。このベーコンは一体なんの動物なんだろうか。このサラダはどんな野菜なんだろう。変身ヒーローになったことで、戦闘ばかりやってきたがこの世界のことを全然知らない。テーブルの対面に座ったカナサがお茶を飲みつつ口を開いた。


「そういえば仁さん、今日はもうお休みですか?」

「ん、あー。生活リズム変わると面倒だし夜まで起きてるよ。ギルドに報告も行っておきたいし」

「外に出るんでしたらお願いがあるんですけど……」

「いいよ。何?」


 カナサは仕事用の机から包みを取った。


「頼まれていたものなんですけど、これを届けて欲しいんです」

「全然構わないよ。場所さえ教えてもらえれば」

「ありがとうございます! 名前と住所書いておきますね」


 その後、朝食を食べ終わると2人で食器を片付けた。椅子に座り、ラジオに耳を傾けつつ窓から外を眺める。魔物が出現して安全に住める土地が少ないからなのか、レブルヘイゲンは人口密度か高い。この家は大通りに面していないが、目の前の小道ですら昼間なら行き交う人たちで賑わっている。

 俺はカップに残ったお茶をぐいと飲み干し、カナサから預かった荷物を手にした。


「それじゃ、出かけてくるよ」

「いってらっしゃい! それじゃ、お願いしますね」


 俺は町の周りの崖を見渡しながら階段を降りた。スペースにすっぽりと収まっているオーロライダーに1度目をやり、表の通りへ足を運んだ。


「うわっ!!」

「……なに? 女性の顔を見ていきなり驚くなんて失礼よ」


 通りを歩いていたクローディアに遭遇したのだった。もちろん本物だ。薄い若草色のローブを羽織っていて、相変わらず目元は隠れている。


「わ、悪い。急に出てきたもんだから」


 オーロライダーを移動させるために姿を借りたので、少し後ろめたい。


「急に出てきたのはあなたでしょうに。ま、いいわ。ちょうど探していたのよ」

「俺を?」

「あれから全然店に来ないからね。はい、これ」


 クローディアがローブの隙間から手を出した。その手には1枚の紙が握られている。


「あっ!それ!」


 見せてもらえるのかと思いセカイダー図鑑のページに手を伸ばすと、クローディアはひょいと手を引っ込めた。


「見せてくれるんじゃないのかよ」

「その前に、あなたの方の収穫は?」

「……0」

「チッ。なんだ、タダ見か」


 隠す素振りも見せず舌打ちされた。そもそもこんな広い荒野でページを見つけられるクローディアの人脈がおかしいのだ。チラチラとページを気にする俺の様子を見て彼女はニヤニヤしていた。結局、しばらくその様子を楽しむと彼女は手を戻して俺にページを見せてくれた。


「まったく、ちゃんとそっちでも探してるんだろうね。ちなみにこれも外の崖の底で見つけたんだ」


 夢中でページに目を通す俺をため息交じりに見つめながら彼女は呟いた。受け取ったセカイダー図鑑のページにはセカイダーの変身用ベルト【セカイドライバー】の説明が書かれていた。


 いつもの子供向けらしい振り仮名満載の説明だったので、俺が情報をまとめてみた。

 セカイドライバーにはどんな人々の助けも聞こえるように言語翻訳機能が付いているらしい。身をもって体験済みだ。

 さらにセカイドライバーとセカイダースーツには装着者の負傷を請け負う機能が存在している。セカイダーの変身を解除すると戦闘中に負ったダメージをある程度までベルトが吸収し、変身していない間に自動回復する。後は、ベルトが受け切れないほどのダメージを追った場合、変身が強制解除されるとのことだ。

 ふむふむ、ついさっきの謎が解けた。俺に怪我が無かったのは変身を解除した時に、ダメージがセカイドライバーに移動したためだったようだ。つまり今、セカイドライバーはダメージを回復している最中といったところか。回復の速度は分からないが、大事を取って今日明日はもう変身しないことにしよう。今後、変身できない間のためにもやはりブレードの修行はしておいたほうがいいかもしれないな。


 俺はページをひっくり返し裏を見た。裏にはセカイダーとセカイドライバーの成り立ちの設定が書かれていた。

 そして、そこに書かれていた文章を目にした俺は固まった。


「……? どうしたんだ。やっぱりあなた……」


 俺の様子を不審に思い、何かを悟ったクローディアが呟く。それを誤魔化す余裕も無く、俺は何度も書かれた文章を読み返した。


 そこにはこう書かれていた。



 セカイドライバー(せかいどらいばぁ)全時空(ぜんじくう)から

 所有者(しょゆうしゃ)をえらんで転生(てんせい)させ、

 崩壊(ほうかい)危機(きき)がせまっている世界(せかい)にあらわれる!

 

 世界(せかい)をすくう使命(しめい)をおびた戦士(せんし)なのだ!


 


次回の更新は1週間空いて12月8日8:00、サブタイトルは「外の世界 前編」を予定しています。

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