第十一話 「荒野を駆けろ! 前編」
城架町レブルヘイゲンの地下にたたずみ、町を支えている地下遺跡。その調査依頼を受けた俺は中層部へ足を踏み入れた。そこは壁や天井のいたるところに光る鉱石がある幻想的な洞窟だった。未だ調査中で全景が分かっていない中層部の地図作りの資料集めが目的だ。目の前の景色に見惚れながら依頼をこなしていると、ついにその先は地図に書き込まれていない場所――未開の地へやって来た。
いつからそこにいたのだろうか、地面には俺のようにここへ調査に来たであろう先輩ハンターたちの骸が横たわっている。さらに狭い通路で魔物と遭遇し退路を塞がれてしまう。俺は善戦するも魔物と共に謎に包まれた遺跡の下層部に落ちた。真っ暗闇の中、俺はセカイダーの新しい力【ライトニングフォーム】を発動させ辛くも魔物に勝利するのだった。
あの依頼から2日後。俺はハンターギルドで新しく受ける依頼を探していた。
魔物を倒した後ライトニングフォーム専用武器、レイバレッドの瞬間移動機能を使い下層部を脱出した。着弾点に瞬間移動する弾は射程が短いので1発で中層部まで戻ることは出来ず、壁に撃っては移動し落ちながら少し上の壁を撃つという危なっかしい方法でだ。中層部に戻ると自然にライトニングフォームからいつものセカイダー(ワールドフォームと言うらしい)に戻ってしまった。ライトニングフォームは強力だが、暗く静かな場所でしか変身することが出来ないらしい。道理で何度か町中で変身を試みても無理だったわけだ。レブルヘイゲンは大陸内部で最も賑わう町だ。たとえ日が落ちてもコクーンハンター業界は活発に活動している。
無事地下から脱出してハンターギルドに依頼の報告をしたところ、下層部の情報はギルド内でも貴重らしく予定の報酬より多く稼ぐことが出来た。レブルヘイゲン地下遺跡の調査は未だ途中で、中層部の半分くらいの区画までしか詳しいことが分かっていない。その原因はやはり遺跡に出没する強力な魔物。中層部に通用するコクーンハンターはまだまだ数が少なく、俺は今後も中層部や下層部の依頼を優先的に受けることにした。
「昔に比べて武器やハンターの腕も強くなってきたのう、ここ最近は毎月のように下層部への道が発見されておるわ」
「下層部までのルートってどれくらいあんの?」
「30近くは見つかってると聞いたが……やはりなかなか奥には進めんようじゃ。強さも数も桁違いじゃからの」
「危険を冒してまで地下探索を続けてるのは、やっぱ宝物でもあるのか?」
「伝説や神話上の魔物の化石、古代のアーティファクト……浪漫があるじゃろう」
地下遺跡の依頼を探しにきたのだがそう頻繁にあるのものではないらしく空振りに終わったため、俺は日課になりつつあるガブ爺さんとの会話に花を咲かせていた。
「それ、復活したりしないよな」
「実物を見た者はおらんしわからんな。ま、次の繭泉祭で大規模な調査が行われるじゃろ」
繭泉祭、この町で年に2回行われるお祭りだ。レブルヘイゲンの魔力が一時的に濃くなる時期があり魔物の出現数が激増する。それを人々が一丸となって迎え撃つという戦いを祭りとしている。この催し物が来週に控えているため、町中はその話題や準備で持ちきりである。祭りの詳しい話はまた今度教えてもらおう。
「ちょっとセカイダーくん、いいかな」
「あ、はい。なんですか?」
ガブ爺さんと俺が話している狭い資料室の扉が開き、若い男性が顔を出した。このハンターギルドの受付で働いている人物だ。
「遺跡の依頼じゃないんだけど、頼みたい仕事があってね。キミの実力ならたぶん大丈夫だろう」
「今行きます。そんじゃガブ爺さんまたな!」
俺はガブ爺さんに別れを告げ、資料室を後にした。カウンターには数枚の紙が用意されていて、その1つには馬のような生物の絵が添えられている。
「レブルヘイゲン西部の荒地に出向いて、この魔物【ファントム】を退治する。これが依頼内容かな」
「なんか馬みたいっすね」
「鋭いね。この魔物は馬の死体に取り付いた有体の魔物だ。足が凄く速いから接近戦は控えたほうがいい。どう? 受けるかい?」
「西部の荒地か――」
西部の荒地。
俺がこの世界にやってきた時、最初に居た場所だ。セカイダー図鑑を落とした場所もあの辺だったな。クローディアとの約束もあるが、この世界で俺が生きていくための唯一の力の事はなんでも知っておきたい。町に住み着いてから一度も町の外へ出ていなかったので、失くした図鑑のページを探す良い機会かもしれない。
「いいですよ、受けます」
「ありがたい。期限は決まってないけどなるべく早いと助かるね。あ、魔繭の回収は忘れずに。倒した証明だからね」
「わかりました!」
そうして俺はファントムの絵が描かれた用紙を貰って1度家に帰った。するとカナサがやけに上機嫌で出迎えてくれた。
「仁さんおかえりなさい!」
「ただいま。なんか良い事でもあったの?」
「はいっ! この間仁さんが下さった魔繭が加工から帰ってきたんです。上質な絹になりましたよ~」
カナサは鼻歌交じりに針仕事に戻った。ライトニングフォームで戦った魔物の魔繭をカナサにプレゼントしたのだが、強かっただけあり質の良い物だったらしい。
「そりゃ良かった」
「あの……本当にお金払わなくてもいいんですか?」
「いつもお世話になってるから、プレゼントだよ。練習にでも使ってくれ」
「ありがとうございます。私こそ仁さんに助けられてばかりなんですけど……」
カナサは少し頬を朱に染めてうつむく。落ち込んでる様子はなく、恥ずかしがっているらしい。
「そんなこと無いって。カナサに会ってなかったら今頃路上でくたばってると思うわ」
ずっと荒地をさ迷って、餓死か魔物に倒されるのが容易に想像できる。
「あ、今夜仕事で町の外出てくるから」
「町の外……しかも夜ですか?」
「こないだ話したセカイダーの新フォーム。あれって暗くないと使えないから屋外だと夜のみなんだよ」
「なるほど。でも、気をつけてくださいね。夜は一層魔力が濃くなりますから」
「ありがとう。慎重に行動するよ」
なんとなくだけど、家で心配してくれる人がいて帰りを待っててくれるのはそれだけで力になる。異世界で1人、周りに知らない人ばかりで戦い続けるのは辛いだろう。カナサにはいろいろな事で助けてもらってばかりである。
「というわけで、日が沈むまで仮眠取るわ」
「食事どうします?」
「夕飯一緒に食べてから出かけるよ」
「はーい。帰ってきてから食べれるように何か作り置きもしておきますね」
「ありがと、そんじゃおやすみ~」
「おやすみなさいっ」
俺は着替えてベットに横たり、目を閉じた。
不思議と元の世界に帰りたいとは思わない。それは変える手段が具体的に見つからないこともあるが、きっと今が充実しているからだろう。本物のヒーローになって、魔物と戦い人々を守る。この世界では特撮ヒーローのようなオンリーワンの強さじゃないが、孤独な戦いよりもずっと良い。帰ったら待ってくれている人もいるし、ここでの生活が心地よかった。
それでも何故だろう。あの地下遺跡の調査を積極的に引き受けたがるのは。人々を守るなら、相性が悪くても地上の弱い敵と戦う方がずっと安全だ。俺はそんなに探究心のある人間じゃないはずなのだが、あの地面の下に心を惹かれる。何が眠っているのかが、気になる。俺の中のセカイダーの部分が求めている、そう感じることがある。
俺は。
セカイダーは。
この地下遺跡に呼ばれたのではないか――と。
また更新の日付を1週間違えてしまいました。申し訳ありません!次回の更新は11月10日8:00、サブタイトルは「荒野を駆けろ! 中編」を予定してます。