第十話 「暗闇の光 後編」
岩が落下する轟音が収まると、そこは暗黒の世界だった。
光も届かず、音もない。さっきまで居た中層部には光を放つ不思議な鉱石が壁や天井を彩っていたが、ここは何もない。セカイダーの視覚には暗視機能が働いているはずなのだが、それでも暗く辛うじて見える程度だ。
「いてて……さっきの魔物はどうなった?」
俺は着地した足に少し痺れを感じたが、セカイダーの装甲のおかげであの高さから落下しても無事だったようだ。足腰が強くないと自分の必殺技で自爆するからなぁ……
視界が悪く遠くが見えないが、声の反響具合からかなり広い空間だと分かる。恐らく、俺が今いる場所は遺跡の下層部と呼ばれている場所だ。魔力が濃く強い魔物がうじゃうじゃいる危険区域で、ベテランのハンターですら手を出さない。年に2回、選りすぐりの調査団を編成して探索するらしいがそれは後で説明しよう。
ガララ、と少し離れた位置から岩石が崩れる音がした。自分が無傷だったこともあったので覚悟はしていたが、魔物も無事なようだ。
「さっきよりは広くて戦いやすいけど――」
瓦礫を押しのけ復活した魔物から5mほど距離をとりながら対策を考えていると、突如目の前から魔物の姿が消えた。
「なにッ!?」
反射的に見上げると魔物は俺に向かって跳びかかってきていた。セカイダーの反射神経は常人の何倍もあるはずなのに、それでも感知できないほどの速さだ。コイツ、ぶよぶよした重装甲の癖にめちゃくちゃ速いじゃねーか。中層部の通路ではお互い狭い空間で機動力を発揮出来ずにいたが、ここでは暴れ放題という事らしい。
「はあああッ!」
俺は攻撃を避けてから、その着地時の硬直を狙ってキックを食らわせることにした。ほぼ垂直に近い角度からの落下攻撃だ。威力も大きいが、反動も大きい。
だが、俺のキックは空しく宙を蹴る結果に終わった。魔物は着地後、跳びかかった姿勢から即時跳躍モーションに入りノミのように連続して跳んだ。
「ぐっ……」
その速さで辺りを縦横無尽に跳ね、反応仕切れなかったガードの甘い方向から体当たりを仕掛けてくる。セカイダーの複眼で視野は広く、ギリギリ感知できるのだが防御が出来ない。軽く弾くことは出来ても、全身でぶつかってくる威力を殺すにはそれなりの踏ん張りが必要なのだ。
立ち止まって受け続けるのは危険――そう判断した俺はこっちも高速で移動することにした。しかしこの暗さでは精々10m先までしか見ることが出来ず、セカイダーのフルスピードで走ると壁にぶつかりそうだ。対して魔物は空間や俺の位置を正確に捉えているらしく、ピンポイントで着地点を合わせてくる。
「がはっ!」
魔物の攻撃は、動きが鈍い俺をついに捕らえた。アメフト選手も真っ青の弾丸タックルを受け、壁に打ち付けられる。
「くそっ……何か策はないのか……」
全身の痛みに耐えつつ俺は思考をめぐらせるが何も浮かばない。そもそも戦う時はほとんど本能的に直感で動いている。その直感なのか分からないが、俺は眼前に敵が迫っているにも関わらず目を閉じた。元々暗い場所だったため視覚はそれほど変わらない。視覚情報をシャットアウトしたことによって魔物の咆哮だけが良く聞こえる。すると相手の動きが分かるからなのか先程の焦りは消え、妙に冴えて落ち着いている。すると、視界は依然暗いままにも関わらずベルトのサイドが光って見えた。
俺は今まで引き抜くことすら出来なかった黄色のライトフラッグを引き抜いた。
「いける――」
ベルトの前面に挿してある黒いワールドフラッグを引き抜き、ライトフラッグを変わりに差し込む。セカイダーに変身する時とは違う電子音が遺跡の壁や天井に響き渡った。視界が一瞬白一色に染まったが、すぐに元の暗闇に戻る。セカイダーの胸や拳、足の装甲を見ると黄色と黒のカラーリングに変わっていた。これが、セカイダーのライトニングフォームか。
魔物の攻撃が迫る。一瞬で俺の脳内にはライトニングフォームの基礎知識が読み込まれていたため、フォームチェンジと同時にベルトに装着されていたハンドガン、レイバレッドを構えた。
標準を魔物の背後に定め、トリガーを引く。
魔物が迫り来る俺の視界は、次の瞬間にその魔物の背中を捕らえていた。レイバレッドはライトニングフォームの専用武器、黒い銃身の先には金色の銃剣が装備されている。3種類の弾丸を撃つことが可能でその一つ、光りを放つ高速弾は着弾地点にセカイダーライトニングを瞬間移動させることが出来るのだ。
「うおっ……便利だけど、ちょっと酔うなコレ」
視界の変化に少し眩暈を覚えたが、何度か使ううちになれるだろう。魔物は攻撃目標が消えた事で地面に頭から突っ込んでいた。逆上したように咆哮を上げすぐ俺の姿を確認し、暴れたように飛びかかってくる。俺は銃口を右の少し離れた地面に向けトリガーを引く。魔物の牙が空を噛む様子をすぐ横で確認することが出来た。射程は短いらしいが、瞬間移動できる能力は心強い。しかし、どうやってこの魔物を倒そうか。俺が得た知識では3種類の弾丸全てに敵を倒すほどの攻撃力は無いようだ。
「攻撃は避けられるようになったし、全部試してみるしかないな」
レイバレッドの銃身に付いているつまみを回し第2の弾丸に切り替え、今度はしっかり魔物に狙いを定めた。
「くらえっ!」
トリガーを引くと、空気が震えた。
銃口から何かが発射されたようだが、視覚で捕らえることは出来なかった。遺跡の壁や天井からパラパラと砂埃が落ちてくる。至近距離にいた魔物はその見えない何かが直撃して、身体が思うように動かず暴れていた。
「音の弾丸……超音波とか衝撃波みたいなもんなのか」
一応照準方向に発射しているらしいが範囲が広く、町中で使用すれば近所の窓ガラスくらいは割れてしまう威力だ。魔物の動きを一瞬止めることに成功したが、あまり使いすぎると遺跡自体が崩れそうで怖いな……
2種類の弾丸を使用してみてこのフォーム、武器の使い方を理解した。たぶん、レイバレッドの弾はあくまで攻撃を補助する機能だ。相手にダメージを与える攻撃、そしてライトニングフォームの必殺技は金色に光る銃剣。
「最後の弾丸は、ぶっつけ本番で決めてやる!」
俺が叫んだのと、魔物がダメージから回復し反撃のモーションに入ったのは同じタイミングだった。3種類目の弾丸に切り替え魔物に向かって連射する。弾丸は魔物に着弾すると、ペイント弾のようにその身体を銀色に染めていった。その液体は瞬時に固まるが魔物が動く度にパキパキと崩れるほど脆く、拘束するような硬度は無い。俺は構わず瞬間移動で距離を取りながらトリガーを引き続けた。しばらくすると魔物の身体は間接部分以外がほとんど銀色に染まり輝いていた。
「ふぅ、こんなもんで良いかな。そんじゃトドメだ!」
衝撃波の弾丸にすばやく切り替え、狙いを定める。衝撃波が轟くと魔物の身体に付着した銀のコーティングが砕け散った。魔物の周囲に散布された細かい破片は、まるでダイヤモンドダストのようだ。
俺はすかさずそこに一発の弾丸を撃ち込んだ。
――着弾点に瞬間移動する効果を持つ第1の弾丸を。
「はあああああッ!!」
目まぐるしく移り変わる視界。すべてで魔物を捕らえ、レイバレッドに取り付けられた金の銃剣を一振りした。
気付くと魔物から少し離れた遺跡の壁に瞬間移動していた。目の前には斬撃の嵐を一瞬のうちに叩き込まれ、倒れる寸前の魔物がいた。
「グ……ォ……」
幾つもの切り傷で今にもバラバラになりそうな魔物の身体は、地面に崩れ落ちる前に空気に溶けていった。
「はぁ、はぁ。やっと倒せた……」
セカイダーライトニングフォームの必殺技、ミリオンフラッシュは3種類の弾丸を組み合わせることで発動する。魔物の周りに砕けた銀の破片の中を瞬間移動し続け、一振りで無数の斬撃を繰り出すというものだ。前方向からの同時アタックは硬く分厚い皮膚ですら切り刻む!
唯一の欠点は――
「やばい、この技めっちゃ酔う……」
次回の更新は10月27日8:00、サブタイトルは「荒野を駆けろ! 前編」を予定してます。