第九話 「相性」
「グオオオッ!」
魔物が咆哮する。体長1mほどの大きさで二足歩行。前足には小さいが鋭い鉤爪がついており、後ろ足は身体の大きさからは少しアンバランスな大きさで瞬発力がありそうだ。その魔物は奇怪な声を上げながら俺に向かって飛びかかってきた。タイミングを合わせこちらも魔物に向かって飛び込む。
「ワールドオオオキイイイィィィック!!」
空中で捻りを加えた飛び蹴りを頭に食らい、魔物の身体は石畳の地面を何度もバウンドして建物の白い石壁にぶつかり、止った。
ピクリとも動かない、どうやら無事倒せたようだ。魔物の身体は風に舞う落ち葉のようにハラハラと細かい塵になって空気中に溶けていった。
「よし、魔繭も回収完了っと」
腰に装着しているベルト、セカイドライバーからフラッグを抜き変身を解除する。俺の名前は星道仁、特撮好きで職業はスーツアクターだ。とある事情で魔物や魔法が実在する異世界に迷い込んで、転生戦士セカイダーというヒーローに変身出来るようになった。今はレブルヘイゲンという町で魔物を狩り、魔繭を手に入れるコクーンハンターとして生活している。
魔物の身体が完全に消えた後、残った純白に光る繭を地面から拾い上げる。
「朝飯もまだだったし、帰るか」
俺は腰に下げた回収用の袋に魔繭を入れて、ジョギングをしながら自宅に戻った。早朝のトレーニングで自宅付近を走るのが今の日課である。1階が定食屋の3階建て、白い壁に黒い木の柱が印象的な建物が見えてくる。この最上階が俺の住む場所だ。
「ただいま~」
「おかえりなさい。朝ごはんできてますよ」
台所からフワフワと金髪のお下げが揺れている。返事を返してくれるのは同居人のカナサ。キプナ族と呼ばれる指が6本あり、手先が器用、裁縫が得意な種族の少女だ。
「美味そうな匂いだな~、ありがとう!」
「手洗って、汗拭いてきて下さいね」
「おう! あ、そうそう。途中で魔物1体やっつけたぜ、これお土産」
俺はカナサの作業机の上に魔繭の入った袋を置いた。彼女のいる台所からは死角になっているが、話は通じているはずだ。
「わあっありがとうございます!」
カナサの嬉しそうな声が聞こえて満足しながら、俺は身体を拭き、顔と手を洗った。ファンタジーのような世界だが、技術や文明のレベルは俺の居た日本とあまり変わらない。これらを成し得ているのが魔法の力だ。魔繭から魔法の絹を作り、魔法の布を作り出す。この世界の裁縫技術は重要な科学技術なのだ。
2人でカナサの作ってくれた朝食を食べながらニュースを確認する。町には電線のように絹が張り巡らせてあり、そこから魔力を各家庭に供給している。ラッパ口ような金属がついた機械は魔法で動くこの世界のラジオだ。この町の人々の情報源はこのラジオと新聞で、テレビのように映像を映し出す布もあるがちょっと割高。いつか買ってみたいものだ。
「今週で5体目でしたっけ。仁さんもすっかりコクーンハンターの生活に慣れてきましたね」
「まーね。敵の強さにムラがあるから安定はしないけど」
カリカリに焼かれたパンにバターを塗りながら、最近の戦いを振り返る。
「町に出る魔物はある程度同じ強さだって聞くんですけど」
「ハンターの知り合いもそう言ってるんだよ、俺だけなのかなぁ」
「ハンターのギルドに行けば魔物に関する資料とかあるんじゃないですか?」
「今日はもう1体狩ったし、後で行ってみるか」
俺は適当に今日の予定を決めた。ハンターの生活は魔物の出現に左右されるため、かなり自由でその日暮らしなのだ。きっちり勤務時間が決まっていた日本での生活が懐かしい。この世界に着てから時間にルーズになった気がする。
「私もご一緒していいですか? 町じゃ手に入らない素材をハンターさんに頼みたいので」
「ん、それ俺が取って来ようか」
「大陸の端の方で、今から向かったらひと月もかかっちゃうんですよ。現地のハンターさんに連絡を取ってもらうんです」
「なるほどね」
それからもラジオから流れるニュースについて語ったり、お互いの仕事の成果を報告しあったりした。
時間がゆっくり流れていく。日本での生活も毎日が充実していて楽しかったが、この世界での生活もかなり気に入っている。近所の人たちと話すのも楽しいし、仕事仲間も沢山できた。俺、こっちの生活の方が向いてるかもしれない。
食事を終えた後、二人でギルドに向かうため家を出た。ハンターギルドへ向かう途中、家の前を掃除しているカイルにあった。先日の地下遺跡への事件の後こっぴどく叱られ、罰として手伝いをさせられているらしい。それでも剣の修行は毎日欠かさず、むしろ前よりも気合が入っているそうだ。
「ちわー」
ハンターギルドに到着した俺は、馴染みの家に入るような気分で扉を開けた。中は薄暗く、ほんのりと錆や煙の匂いを感じる。大きな石のブロックに挟まれた小さな窓が少しだけ空いていて風通しは良くないが、室内はひんやりと心地よい涼しさを保っている。俺はこの場所の雰囲気をとても気に入っている。奥には魔物や武器に関する資料室が揃っていて、その前でカウンターに用があるカナサと別れ、各々の目的を果たすことにした。
この世界の文字が読めない俺だが、心配は要らない。この本に囲まれた空間にはいつもガブと呼ばれている物知り爺さんが居るからだ。物静かで頑固を気取っているが実はおしゃべり好きなので、分からないことがあれば彼に聞けば良い。
「ガブ爺さん、ちっすー」
「おぅ……またお前さんか。今日は何の用じゃ」
「調べ物する以外でここに来る人は少ないと思うけど」
「それもそうじゃな、勉強熱心でなによりなにより」
ガブ爺さんはカラカラと乾いた笑い声を出した。
「ハンターでもないのに随分熱心に調べとるようじゃのぅ」
「え、まぁ。俺には魔力が無いからいざという時のためにね」
俺は朝食での疑問を話した。直接戦ったのではなく、たとえばの話として。
「それは当たり前のことじゃよ。魔力の塊のような魔物に干渉するためには、魔力での攻撃が有効じゃから」
「んん? もうちょっと分かりやすく説明してくれない?」
「仕方ないのぅ……」
「ありがとう」
部屋の隅の本置き場になっている古い椅子を引っ張り出し、俺はガブ爺さんから少し離れた場所に座った。
「仁は魔物が2種類に分類されておるのを知っているか?」
「ああ、聞いたことある。たしか有体と無体だっけ」
もう既に何度か魔物と戦っているが見た目での判別は難しい。
「無体の魔物はその身体のほとんどが魔力で出来ている。じゃから魔力を込めた攻撃は有効じゃがそれ以外がほとんど効かん。その辺に売ってるキプナ式のブレードを使えば子供の力でも狩ることが出きるじゃろう」
「じゃあ、有体の魔物は?」
「有体は、そうじゃな、身体は物体で出来ている。岩石だったり、死んだ動物の肉体だったり。それを維持するための繋ぎに魔力が使われているんじゃ」
「魔力が使われてるなら、有体にも魔力の攻撃は有効なんじゃないか?」
「そう簡単にはいかん。有体の魔物は物体の殻で身を守っているようなものじゃ。その殻は魔力で硬化している故、魔力も必要じゃが突破する強力な、物理的な力が必要になってくる。その気になれば魔力が一切なくても馬鹿力で倒すことも可能じゃ」
「かなり大変そうだな……」
「うむ。有体の魔物を狩るのはハンターでも危険なことなんじゃ」
ガブ爺さんの話はかなり分かりやすかった。俺、つまりセカイダーには魔力を込めた攻撃が撃てない。だから普通のハンターが容易く狩ることができる無体には苦戦してしまう。だが、有体の魔物には物体の殻があり、それをセカイダーは単純な力だけで破壊することが出来るというわけか。町の中で有体の魔物は出にくいらしい、今度から地下遺跡を探索した方が良いのかもしれないな。
「疑問が解けたよ、ありがとう!」
「おおそうか」
俺はカブ爺さんと別れ、依頼リストの映ったタペストリーの前にいるカナサの元へ向かった。他のハンターが苦手とする有体と相性が良いのは長所だな。しかしヒーローとしてはいつまでも相手を選り好みしてる訳にはいかない。ブレードを調達するか、早く俺自身に魔力を蓄積させる方法を見つけなくては。
「あ、仁さん! 見てください、私の依頼もここに載ってますよ!」
カナサは嬉しそうにタペストリーを指差しはしゃいでいた。
「依頼リストはネットワークですべてのギルドに繋がってるから、現地のハンターの方が受けてくれるかもしれないそうです」
「そっか、良かったな」
「仁さんは用事済みました?」
「ああ、魔力をどうやって身につけるかが今後の課題になりそうだよ」
「この町で生活してればつくんじゃないでしょうか?」
この世界の人々は生まれた時、生まれる前から魔力と共に生きてきた。変身前の俺に魔力があれば変身後のセカイダーにも魔力が宿ることになるだうが、全く魔力とは無縁の世界で生活していた俺に宿るのだろうか。
「魔力を手っ取り早く溜める方法ってないの?」
「えっと……ハンターの方は魔力の強い土地で修行するって聞いたことがありますけど」
「もうレブルヘイゲンの町自体がその修行場になってるしなぁ、あ! でも地下は地上より魔力が濃いんだっけ」
魔物との相性のこともあるし、これからは積極的に地下遺跡への依頼を受けてみるか。
「あーそういえば」
カナサがふと思い出したようにつぶやいた。
「ん? 他にもなにかあるの?」
「あ、いや! なんでもないです!地元の友達が言ってただけなのでっ!」
なぜかカナサは顔を真っ赤にして首をブンブンと横に振っている。
「えーなんか気になるじゃん」
「わ、私の口からはちょっと……さっ帰りましょう!」
慌てて話題を切り替え、大きな歩幅で出口へと向かう。俺はそんなカナサの様子に首を傾げつつ彼女を追ってギルドを後にした。
この町の時間はとてもゆっくりと流れていて、大通りの人通りの中を歩いているとその流れに自分も飲み込まれる。焦ることは無い、少しずつ、自分のペースで、強くなろうと思った。
次回の更新は10月6日、日曜日8:00、サブタイトルは「暗闇の光 前編」を予定してます。前回の予告と更新の日付を間違えてしまいました!申し訳ありません。