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第一話 「星道、死す!」

「フハハ! どうやらこれまでのようだな、エボルダー!」


 禍々しい鋏状の両腕をした怪人が叫ぶ。

 エボルダーと呼ばれた赤銅色の鎧を纏ったヒーローは片膝を付き息を切らせている。荒々しく鋏で抉られた鎧胸部の傷跡からは白い煙が上がっている。そんなヒーローをあざ笑うかのように、鋏怪人やその部下数10人の戦闘員はじりじりと距離を詰めて行った。


 ピンチだ。

 俺は誰にも聞こえないような小声でつぶやいた。


「――がんばれ。負けるなエボルダー」


 そんな声が届いたのかは分からないが、エボルダーはよろよろと立ち上がり怪人に向かい雄々しく叫んだ。


「正義の血潮が流れる限り、俺は負けない!」

「ふん、そんな身体で何が出来る。やってしまえ!」


 怪人の一声で戦闘員たちはいっせいにエボルダーへ飛びかかった。


「はあッ!!」


 どこにまだそんな力が残されているのか、エボルダーは流水の動きで戦闘員の攻撃を躱しカウンターを返す。全く力を込めない柔の動きだ。

 だが戦闘員は勢い良く吹き飛び、地面に激しく叩きつけられるのであった。千切っては投げ、という言葉にふさわしい無双っぷりである。瞬く間に戦闘員たちは倒れピクリとも動かなくなった。


「残りはお前だけだ!」


 エボルダーはそう叫ぶと足に力を込め、先ほどの動きとは比べ物にならない力強さで天高く舞い上がった。


「エボルキイイイィィィィック!!!!」


 回転する緋色の影が、稲妻のような急降下で挟怪人へと落ちる。


「ぐあああああっ!」


 鋏怪人の断末魔は直後の爆音で掻き消えた。

 四散した怪人と黒煙を背に着地するエボルダー。

 変身を解いた彼は胸の傷を抑えつつ、次の戦いへと向かうのだった。





「……くぅ~ッ!! やっぱエボルダーはカッコいいっすね!」


 ここは、数多くの特撮ヒーロー作品を生みだしている映像制作会社【勇映(ゆうえい)スタジオ】の一室。

 俺、星道仁(せいどうじん)は【AAP――アクションアクタープロダクション】に所属するスタントマンだ。AAPはアクション俳優やスーツアクター専門の芸能事務所である。


 そんな俺は画面に流れた【革冥(かくめい)エボルダー】のまだ放送されていない最新話の映像を食い入るように眺めていた。既に編集され、CGの特殊効果も加えられたTV放送時と変わらないものである。エボルダーには俺も1話からスーツアクターとして参加して、さっきのラストシーンでも満足の行くアクションが出来たと自負している。


「仁、お前のアクションもなかなか様になってきたじゃないか」

「ありがとうございます!」


 俺は勢い良く直立し、腰を90度に曲げた。そう褒めてくれるのはこの道15年目のベテラン、福澤先輩だ。俺は最高にテンションが上がる。だって福澤さんはあのエボルダーのスーツアクターだ。憧れの人の一人である。


 え、俺?

 エボルダーじゃなければ怪人か?……いや、俺はあの真っ先にやられた戦闘員役だよ。まだキャリア2年の新人だからな、これからさ。もちろん最終目標は主役ヒーロー役を演じることだ。


「伝言があるんだ。アクション監督がお前呼んで来いってさ。話があるみたいだよ」

「話? …監督が?」

「いいから言ってこいって」


 お疲れ様でしたと福澤さんに挨拶をして、俺はアクション監督の居る隣の部屋に向かった。扉をノックすると中から重圧のある声が聞こえてくる。


「星道か、入れ」


 扉を開けるとサングラスをかけた強面の男性がパイプ椅子に座ってお茶を飲んでいた。アクション監督の木村さんだ。俺も座るように促され、壁に畳んであったパイプ椅子を一つ取り、監督の正面に座った。


「監督話ってなんでしょうか?」


 ビクビクしながら聞いてみる。まさかさっきの演技へのダメ出しか? 戦闘員なのにアクションが大きすぎたとか……


「そんな怯えるなよ、悪い話じゃない。」


 監督が俺の様子に噴出しながら言う。


「星道、お前今度の怪人役やってみないか?」

「え?」

「まだ少し経験不足だと思うが、お前の熱意と努力は認めている。福澤も今の段階で一度経験させてもいいんじゃないかと言っている」

「福澤さんが……」


 俺が怪人役? 同期の中じゃ最速の昇進じゃないか。


「嫌か?」

「い、いえ! 是非! 是非俺にやらせてください!」


 俺はまたも勢い良く立ち上がり90度の礼をした。勢いが余り過ぎてパイプ椅子が弾かれ、大きな音を立て倒れる。


「よく言った。期待しているぞ」


 監督も立ち上がり俺の両肩に手を乗せる。

 やった。やったぞ。ヒーローへの道がまた一歩、いや十歩くらいは縮まった。


 その後、怪人の衣装を試着したり監督や他のスタッフと打ち合わせをした。俺が演じる敵役は重虎(じゅうこ)怪人ダムザだ。頭の中が舞い上がって周りが少し引いていたが気にしない。なにを話したかはしっかりと覚えているのだが、夢見心地で自分の記憶じゃないような感覚だった。

 そして時間はあっという間に過ぎ、俺は帰路に就いた。




 翌日。夜遅くまで歴代特撮ヒーローのDVDを観ていたせいで寝不足だ。

 時計を見ると午前11時、寝すぎた……ほとんど昼じゃないか。

 カーテンと窓を開ける。5月下旬、暖かい空気が篭った部屋の空気を入れ替えていく。

俺は地元茨城から一人上京し、スーツアクターと飲食店のバイトで生活している。6畳1間・トイレ付きで家賃2万3千円のボロアパートが俺の根城だ。


 冷凍庫から一食分ラップに包んだ冷凍ご飯を取り出しレンジに突っ込み解凍ボタンを押す。その間に顔を洗いながら考える。さて、今日は何をしようか。


「今日は仕事オフだからまた公園行くか」


 俺はレンジから解凍された握り飯を取り出し塩を少しかけ、玄関に置きっぱなしのショルダーバッグを掴み家を出た。


 向かったのは近所の公園。最近にしては珍しく遊具が残っており、運動場もある大きな公園である。着いてからしばらくはベンチに座り、周りを眺めながら握り飯を頬張っていた。


「さて、始めるか」


 ベンチから立ち上がりストレッチを入念に済ませる。

 この公園での自主練が俺の休日(オフ)の日課だ。

外周に設けられたマラソンコースを軽くジョギングし身体が温まってきたところで、加速する。ジャングルジムに勢い良く飛び、トントンと2歩で頂上を目指す。そこから隣の鉄棒、滑り台、フェンスや樹木に猿のように飛び乗っていく。公園で散歩中の老人たちや砂場で遊んでいる子供たちもこの光景にはもう馴れっこだ。


 一通り回り、備え付けの水道で頭から水を浴びていると子供たちが声をかけてくる。これも良くあることだ。


「仁兄ちゃん! エボルダーごっこしようぜ!」

「良いけど、前みたいなチャンバラは禁止だからな」


 俺はそう言ってショルダーバッグからタオルを取り出す。さらに奥に入っているアイテムを子供の一人に渡した。エボルダーの変身用ベルト――のおもちゃである。大人の俺が装着できるようにベルト部分を改造した特注品だ。

 髪を拭き終わると早速ベルトを装着した子供が俺に向かって叫んでくる。


「怪人猿男め! これ以上の悪事は許さないぞ!」

「ぐはは! この公園の遊具は俺様の物だ!」


 俺もノリノリである。しかし怪人猿男はやめて欲しい……


「エボル・チェエエエンジッ!」


 子供は変身ポーズをキメ、同時にベルトのボタンを押す。電子音が公園に響く。


「いくぞォ!」

「こいっエボルダー!」


 と、こんな感じの事を休日になる度にやっているわけである。




「兄ちゃん今日はエボルダーやらなくていいの?」


 遊びつかれた子供たちと木陰のベンチで休みながら答える。


「今は怪人強化週間なの」

「なにそれ。いつもヒーローやらせろってうるさいのに」

「ヒーローやるには怪人の気持ちも知らないと駄目なんだよ」

「えー全然違うじゃん! 仁兄ちゃんはヒーローになりたいんじゃないの?」


 その純粋な質問に一瞬、言葉が詰まる。


「……最終目標はな。ま、すぐヒーローにはなれないんだ」


 ヒーロー。

 子供の頃TVで観た特撮番組に憧れてヒーローを目指した。わけの分からない修行をしたり、無茶をして骨折したりもした。

 結果、現実には悪の組織は存在しなく、おかげでヒーローという職業も無かった。俺は子供たちに夢を与える別のヒーロー像を新たな目標として、生きている。


「怪人かー確かに重要な役だけどな」


 俺は独り言のようにつぶやき、ベンチから立ち上がった。


「やっぱ俺は――」


 変身ベルトを掴み、番組内と同じモーション。遠心力を利用し片手で勢い良く腰に巻きつける。何度も練習した動きだ。

 カチリと小気味良い音がしてバックルが締まる。


「エボル・チェンジ!」


 右手を開き目の前に突き出し、引きながら拳を作りその勢いで一回転。

 左上段蹴りを放ち着地後、両手でひし形を作り胸の前で止める。


「革冥! エボルダー!!」

「――俺と共に地獄へ堕ちろ」


 キメセリフも決まった。我ながら完璧だ。

 スーツを着て演じたらさぞ気持ちいいだろうな。


 パチパチと拍手が聞こえる。


「やっぱ仁兄ちゃんはヒーローが似合ってるよ!」

「すげー!」

「どうやったらそんな風にできるの?!」


 子供たちが目を輝かせてこっちを観ている。俺は少し恥ずかしくなってキメポーズを崩した。


「まぁ…日々の努力だよ」


 なんだか子供たちから元気を貰ってしまった。本当は俺が与える仕事なのにな。



「あ、いけねっ! お昼食べに帰らなきゃ!」

「母ちゃんに怒られるっ!」


 子供たちの一人が焦ったように言う。公園の時計を見上げると午後1時を少し過ぎていた。しまった、時間を忘れて熱中していた。子供達は別れの挨拶を済ませそれぞれの家へ帰って行く。

 俺も帰るか。握り飯1個じゃ足りないしな。


 そんなことを考えながらふと、公園から去る子供たちの後ろ姿を見た。

 やけに時間の流れが遅く感じる。



 子供に近づくトラック。

 スピードが緩まない。子供も走るのに夢中で気付いていない。

 やばい。

 今行けば助けられるか?

 ヒーローなら行くしかないだろ。

 いやいや、俺はヒーロー役を目指すスーツアクターで本物じゃないんだよ。しかもまだ怪人役。うおっ、なんか凄い音がしたぞ。



――そんなこと考えたのは、俺が頭から血を流し道路に大の字で倒れている時だった。

 そう、俺は考えるより先に身体が動くタイプだったのだ……




次回も日曜スーパーヒーロータイムに更新します。遅筆なので出来れば一週間、遅くても二週間に一度の更新を目標に頑張ります。

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