第二章 生誕記念祭(第二部)
「───ッ!!」
ガン、バタン、ドォッ。
何度か体当たりをしてドアを倒したその男は、ドアと共に倒れた。
すぐさまバッ、と顔を上げ、自分の主を探す。
———居ない。
ドアの上で、男は口をOの字に開けた。
[開いた口が塞がらない]とは、このこと。
無造作に開かれたバルコニーへの出入り窓のカーテンが、優しげに揺れている。
鍵のかかった部屋。自分は随分前からこの部屋の前にいた。
生誕記念祭の宴に出席する予定の主に同行するため、この部屋を訪ねてから。
主が行事の際に自分の部屋に閉じこもることは日常茶飯事だった。
だから、どうせまたギリギリになって、「寝てました」とか言いながら出てくるのだろうと推測していたのだ。
しかし、これはいつものお茶目なイタズラでは無いと、不幸にも彼は悟ってしまった。
彼の愛すべきご主人様は、確かにいい加減でちゃらんぽらんな所もあったが、自分の最低限の仕事はきっちりこなしていた。
生誕記念祭の宴は、始めから出席しなくてもいいが、貴族達がそろうこの時間帯には絶対に顔を出さなければいけない。
普段の主なら、決してサボったりはしないはずだ。
一体、どこに——。
男の顔に、風に飛ばされた紙がばさりとはり付いた。
男は顔からそれをはがし、紙をしばらく見つめる。そして、サーッ、と青ざめた。
紙面には、整った文字でこうあった。
“旅に出ます。探さないでください。”
まるで家出少年の書き置きだった。
「なにー!!?」
絶叫に驚いて、同僚達が駆けつける。
「どうした!?」
「逃げた……シンフォニー殿下……」
「は!? 逃げたって……」
無言でバルコニーと書き置きを交互に指し示す男。
駆けつけた者たちは皆、茫然と立ち尽くした。
やがて、誰かが呟く。
「兵を出せ……」
その声に、他の者達も次々と我に返った。
「兵を出せ! 皇太子殿下を探すのだ!」
「陛下にご報告を!」
「しかし、もしも殿下が戻らなければ、次の皇帝陛下は……」
「決まっている」
スウ、と、皇太子付きの騎士の男は息を吸った。
「スウィング皇子殿下だ」