第十章 少女は求める(第三部)
「……っ!」
体中に、内側からガラスで切りつけられているような耐えがたい痛みが走る。
「ひっひ……ようやく効いてきたらしいな」
「……?」
「あのガキ、腕だけは確かだな。使えるぜ、この薬。……いや、毒か?」
男は愉快そうに笑う。
スウィングは、激しい痛みから逃れようとして薄らいでいく意識を必死で現実に繋ぎとめていた。
「何が何だか分かんねぇだろう、坊主。毒が塗られてたんだよ。俺の剣にはな」
毒……?
床に倒れて痛みに耐えるスウィングを真上から見下ろして、男は笑いながら言った。
「どんなに毒に耐性のある奴でも少量で一ころの、毒性のかなり強い薬だ。あの銀髪のガキに作らせたんだよ。しかも刃に塗っておけば、直接傷口から血管へ侵入して、たちまち全身に巡る。その後、内側から細胞を破壊していくんだ。……心臓が止まるまでな」
一体いつどこを、自分はこの男に斬られたのだろう?
スウィングは記憶を辿った。
(腕……!!)
ただのかすり傷だと思っていた。
「普通の奴なら、すぐ効き目が現れるらしいんだが、さすが耐性を持ってるだけあるな。手間どっちまったぜ」
男は口元の血を手の甲でぬぐうと、聴覚も危うくなってきているかもしれないスウィングの耳元に囁いた。
「お前の選ぶ道は二つある。解毒薬を飲んで大人しく商品になるか、死んで商品になるかだ。選ばせてやるぜ。俺にこれだけの怪我を負わせた褒美だ」
…生を。死を。
ここまで意識した事はなかった。
望めばどちらもたやすく得られる……。
『貴方にもしものことがあったら、一体誰が次の皇帝になるというの!?』
そう言った従妹は、皇族の中でも非常に優秀だった。
兄や自分が努力して手に入れたものを、従妹は生まれた時から持っていた。
民の命を背負う責任感。
それに負けない気高さも強さも、全てその身に与えられて生まれてきた。
『……スウィング』
エルレアの声が聞こえた。
『必ず、か?』
どこか祈るような瞳だった。
(エルレア……もしかして君は知っていたのかな……)
こうなることを。
緑の瞳で未来までも見ていたのか。
(一度でいいから……笑った顔が見たかったけど)
どうやらそれは叶いそうにない。
『なあ、俺とずっと組みたいとか思わない? スウィング』
既に成人しているだろうに、ミヅキは少年めいた表情をする。
(足手まといにはならないよ……ミヅキ)
スウィングは、冷笑して男を見上げた。
「君が、損をする方を」
意識は、限界をとうに越えている。
目を閉じると、痛みが幾分和らいでいくような気がした。
「いいぜ。望み通りにしてやる。すぐ楽にしてやるよ」
心臓を、突いてな。
男の声が遠くの方で聞こえたすぐ後、扉の方から柔らかな風が吹いてくるのを感じた。
(あの時と同じ……風)
列車の中で自分を包んだ、春風のような優しさの風。
「な、なんだ、お前……!」
男の動転した声に薄く瞼を開くと、霞む視界に鮮やかな水色の閃光の映像が飛び込んだ。
(ミヅキ……じゃない……何だろう……懐かしい気がする……)
スウィングは再び目を閉じた。
それ以上、目を開けておく力が無かったと言った方が正しい。
誰かの指が、自分の頬に触れた。
「大丈夫……僕が居るから、安心して眠っていいよ、スウィング」
癒すように、護るように。
囁かれた言葉が、スウィングを深い昏りへと誘った。




