第八章 銀の鍵(第三部)
「ふんっ、安心しな。そのお綺麗な顔には当てねえよ!」
胴を狙って横一文字に断ち切られた剣の筋を、シンフォニーは後ろに跳んで避ける。
そして、間を置かずに距離を詰めた。
「馬鹿が!! 斬られに来たか!!」
右肩を狙って、剣が斜めに振り下ろされる。
すばやく右下にしゃがんで避けたシンフォニーは、身を起こすと同時に手に掴んだ砂を男の顔へ投げつけた。
「!?」
目潰しをくらった男の首へ、遠心力を応用した鋭い手刀を叩きつける。
「がぁっっ!」
勢いよく横に吹っ飛んだ男の手から、剣が宙へと放り出された。
「武器というものは、案外どこにでもあるものです」
どさぁっ、と白い砂を舞わせて男は倒れる。
回りながら落ちてきた剣の柄を片手で見事に受け止め、シンフォニーはもう一人の男の方へ構えた。
口元に浮かんだ薄い笑みとは対照的に、その瞳は限りなく蒼く、冷たい。
遠くの山から昇る太陽が空を水色に色づかせてゆくにつれて、その瞳に刃の輝きが宿ってゆく。
その時マリアは、シンフォニーの背中が誰か知らない人の後ろ姿に見え、ごしごしと目をこすった。
「……のやろう、よくも!!」
男が仕掛ける前に、ダンッと地面を蹴り、シンフォニーは相手へと駆けた。
栗色の髪が風に踊ったと見えた刹那。
シンフォニーは影を残して立ち消え、次にマリアがとらえたのは、男の後方で、ゆっくりとこちらを振り返る彼の姿。
見えたのは、一閃。
「ぐぁぁぁあっ」
叫び声をあげて倒れた男を、無表情で見やったシンフォニーは、
「……」
「…………」
「…………シンフォニー様……」
という、マリアの震えた声にようやく顔を上げて、苦笑いのような笑顔を作った。
「安心してください。刃の方では打ってませんから」
恐る恐るマリアが男に近づいてよく見てみると、男の顔や腕や足は打撲の跡でボコボコになってはいるが、刃物の傷は見られなかった。
シンフォニーは、先に倒した男の方へ近づく。
「あ、あの、つかぬ事をお聞きしますが……」
「はい?」
マリアは、気になっていたことを尋ねる。
「剣を、習っていらっしゃったんですか……?」
「いいえ、実を言うと、剣を持ったのは生まれて初めてで」
いつも通りの飄飄とした物言いで答えると、気絶している男の腰から鞘を抜き、それに剣を収めるシンフォニー。
「まさか初めてで、あんな」
(技を……?)
「ああ、あれは弟の真似です。最も、何度か見たことがあるだけでしたから、実際できるかどうかは分かりませんでしたが……」
マリアは内心、シンフォニーの計り知れない才能に畏怖した。
「でも、もしかしたら命に関わる大怪我をしてたかもしれないんですよ!? 何故そんな危険なことをなさるんですか!」
「だから最初に言ったでしょう、『多分』と。まあ、一番手っ取り早くて安全な方法は逃げることだったんでしょうが……そうそう、マリア」
「はい……?」
「足が痛いのなら、今度から正直に言ってくださいませんか。何も言ってくれないと余計心配になりますから」
これを聞いて、マリアは絶句する。
つまり、シンフォニーはマリアの足にこれ以上負担をかけないために、わざと逃げる方法を取らなかったのだ。
(そんな……隠していたつもりだったのに……)
シンフォニーは、マリアの顔を見てクス、と意地悪そうに笑った。
「それとも、抱きかかえてでも逃げたほうが良かったですか?」
「いいえ!!」
恥ずかしいのか情けないのか、もうそれさえ分からない。
「うーん、用心のためにこの剣はいただいていきましょうか」
そんな事を言う青年の後ろで、密かにマリアはうなだれた。
「おや?」
ベルトに剣を通す時に手に引っかかったものを、シンフォニーは目の前にぶら下げた。
どうやら、剣の柄尻に掛けられていたらしいそれは。
一本の銀の鍵だった。




