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第七章 空の面影(第六部)

「ああ、その子達なら、確かこの角曲がって奥の森の方に行ったよ」

 商品の運び込みを終えた食材店の女主人は、そう言って店の後ろに広がる森を指差した。


「先に来たのは金髪の女の子だよ。愛想は無かったけど、礼儀正しい綺麗な子だったねぇ」

「先に来たって、二人一緒じゃなかったのか?」

 と言ったのはニリウスである。


「ああ。後から黒い髪の、これまた綺麗な顔をした男の子が来てね。“長い金髪の女の子は来ませんでしたか?”って訊いてきたんだ」

「お嬢に何かあったんだな!?」

 焦るような目で、クィーゼルはニリウスを見上げた。


「その後、二人を見ましたか?」

 今度はシャルローナ。

「いいや。結構夜遅くまで店はやってたけど、それきり見てないよ」


 聞くが早いか、クィーゼルは言われた方向に駆け出す。

「おい、クィーゼル!」


 ニリウスがその後を追って走っていく。

「ご協力、感謝しますわ」

 宮廷風に軽く礼をした後、シャルローナも急いで二人の後を追った。


 角を曲がると、森の奥へ続く砂利道が現れた。

 頭上高くで生い茂る木々の葉が、日の出前のかすかな光さえ遮断してしまっている。

 森の中は気味が悪いほど暗かったが、シャルローナはためらうことなく奥の方へと駆ける。


 しばらくして、シャルローナは急に足を止めた。

 枝と葉が重なってできた天井が円形に大きく切り取られ、そこから覗く灰色の空の下に。

 森に隠されるように立つ古びた屋敷を睨んで。


 一呼吸おいて、ゆっくりと歩き出したシャルローナだったが、ふと足を止めて下を見た。


(これは……)


 ちょうどその時、バタンと乱暴に扉を開いて、屋敷の中からクィーゼルとニリウスが現れた。

「スウィングとエルレアは?」

 視線を上げて、シャルローナが尋ねた。


「いいや、居ねぇ」

「でも、階段にこれが落ちてた」

 クィーゼルは、握っていた右手の拳をシャルローナの前で開いた。


 そこにあったのは、地味な色のボタン。

 クィーゼルはそれを手のひらの上で裏返す。

 ボタンの裏に記された文様。

「これは……グリーシュの家紋ね」


「お嬢のだよ。昨日の昼、取れかかってたんだ、これ……」

 もしかしたらエルレアは、身の危険を察して意図的に落としたのかもしれない。

 クィーゼルは再度、ぎゅっとボタンを握りしめる。


「けど、中には誰もいねえんだ。他に手がかりなんて……」

「いいえ、手がかりならあるわ」

 シャルローナは黙って、目の前の地面を指差した。


 そして、何かを辿るように腕を動かす。

「これは……馬車の車輪の跡!?」


 クィーゼルが身をかがめて地面に触れる。

「そう、それもかなりの重さじゃなければ、ここまで土はえぐれないわ」

 ニリウスは、(わだち)が消える方向を見た。


「家の裏か!!」

 三人が裏へ回ると案の定、踏み分けられた車体ギリギリの幅と思われる獣道が、さらに森の奥へと続いている。

 クィーゼルがニ、三歩踏み出して、止まった。


「おいニリ、こっちって……」

「……あれだな」

「やばいぞ」

「……だな」


「何の話?」

 シャルローナの方を、神妙な顔でクィーゼルが振り返る。

「あんだよ。大昔に作られて、もう使われてない線路が」


 オルヴェル帝国の科学は、紆余曲折を経て発展してきた。

 線路の上を走る機械は、百年ほど前までは帝国民の間で利用されていた。


 しかし、その機械が環境に与える影響が思いのほか大きいことが発覚した後、当時の皇帝がその使用を厳しく禁じた。

 故に、今では馬が主な移動手段だ。


 線路がまだ残っているのは、昔のオルヴェル帝国の科学の名残なのである。

「それがどうかしたの?」

 シャルローナの問いかけに、クィーゼルは暗い声で答える。


「姫も知ってるだろ、これって大陸全土に続いてるんだ……しかも、使われてないってのは<公>に使われてないだけなんだよ」


「な……何ですってぇぇぇぇぇっ!?」

 白い肌を青くして、シャルローナは叫んだ。

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