第七章 空の面影(第五部)
すっと通った鼻すじ。あまり日を浴びないためか肌は白く、栗色の髪は、今は白い枕の上に広がり、その人のなだらかな顔の輪郭を明らかにしている。
日が昇る前の薄暗い部屋の中でも、その横顔は大理石でできた神の彫像のように神聖さを讃え、青く発光するオーラが彼の内側から溢れているような錯覚さえしてしまう。
パタン、という、扉の閉まるわずかな音に、整った睫が震え、その瞳がゆっくりと開かれた。
月夜の海を思わせる、紺に近い青の瞳。
その二つの瞳が自分の姿を捉え、微笑みの形に細められる。
「もう平気なんですか? マリア」
その言葉に、マリアと呼ばれた娘は少し笑って答えた。
水気を含んだ金髪は、真っ直ぐに肩口に落ちている。
「はい。気分が良くなって身体も軽くなったので、お湯を浴びて来ました」
シンフォニーは少し伸びをした後に身を起こすと、優雅な所作でベッドを降り、カーテンを開けて外を見た。
———暗い。
道がうっすらと見える明るさ。誰もが眠りについているこの短い時間だけが、多分この街が一日の中で最も静かになる時間帯なのだろう。
「日が昇るまでは夏でも冷えますから、風邪をひかないように上着を着ておきなさい」
「はっ、はいっ。……あの……殿下……」
「何だかその呼び方をされると、まだ皇宮の管理下に居るような感覚がしますね。よろしければシンフォニーと呼んで下さいませんか?」
苦笑してそう言われ、マリアはかなり逡巡した後、赤くなって言葉を紡いだ。
「……シンフォニー、様……」
「うーん……三歩譲って良しとしましょう。何ですか?」
おずおずとマリアは切り出す。
「あの……今すぐ出発してくださいますか……ここを」
それが単なる思い付きからの提案であれば、シンフォニーは即行却下していた。
病み上がりに無理をさせるつもりはさらさらない。
けれど、何か思いつめているように沈んだ瞳を見た瞬間、反対する気はほとんど失せた。
「何故です?」
理由だけを聞く。
マリアは、見えない何かに耐えるように目を閉じた。
「嫌な……予感がするんです。急がなければいけない気がする……すみません、ただ、それだけなんですが……」
シンフォニーは窓の外に向かって、深々とため息をついた。
「マリア」
「はいっ!」
マリアは不安気に顔を上げる。
「着替え終わるまで待っていてください。準備をしていて結構ですから。整い次第……ドルチェの森へ向かいましょう」
「あ……っ、ありがとうございます……!!」
目に涙さえ浮かべて、マリアは深く礼をする。
やれやれ、私も甘いですねぇ…とか思いつつ、シンフォニーは部屋に付けられている洗面所に入ってカーテンを閉めた。
上着を脱いだ時、洗面所の大きな鏡に映った自分をふと見て、珍しくシンフォニーは眉間にしわを寄せた。
露になっている左肩。
そこには、奇妙な紫の文様があった。
白皙の肌に、それはひどく禍々しいものに見える。
シンフォニーは新しい服を着ると、その上から左肩をきつく押さえ、鏡から目をそらして苦々しげにつぶやいた。
「呪いを受けし者……ですか……」




