第六章 闇と光(第二部)
「だからさぁ、こう、フード被ってていかにも怪しい男と女が来なかったか? って聞いてんのか、じいさん!」
「今日は良い天気じゃの~」
馬車の荷台に腰をかけて茶をすすっている老人に、必死でクィーゼルは説明を続ける。
「男の方は結構背が高くて、茶色の髪でさ」
「ほうほう」
「女の方は、長い金髪らしいけど」
ずずずずず。「それはまた」
「だぁぁぁぁあもうッッ、真剣に聞いてねーだろ!?」
クィーゼルが頭を抱えてうずくまると。
「何してんだ?」
と、上から声をかけられた。
「ニリに姫! このじいさんさ、今朝がたヴィオラからファゴットに来たらしいんだけど……ずっとこの調子で」
三人は老人を見る。
「はー。どれ、もう一眠りしようかのぉ」
「ちょっと待てっつの、じいさん」
「だから知らんと言ったじゃろう、最初に」
「本当に知らないのではなくて?」とシャルローナ。
「忘れてるだけかもしんねぇだろ? あっ、こら! 答えてから寝ろ、じいさん! 背が高くて茶色の髪した男は見なかったかっての!」
「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ」
老人は毛布で枕を作ると、三人に背を向けて寝転んだ。
「おるじゃないか、そこに」
「はあ?」
振り向いたクィーゼルは、後ろにいたニリウスとしばらく見つめ合ってしまった。
「違う!! もっと細身で顔の造りが細かい奴だ!!」
荷台からは、もう寝息が聞こえていた。
「~っっ。起きやがれー!!」
街中に響き渡るような大声で叫ぶクィーゼルの後ろで、シャルローナはニリウスに尋ねた。
「貴方、平気なの?」
「何が?」
「あんな事言われて」
「ああ、『もっと細身で顔の造りが細かい奴』ってな。うーん」
と頭をかいて、ニリウスは答える。
「あいつは思ったことをズバズバ言うし、口調も男みてぇだから結構きつく見えるけど……いや、実際きついけど。別に悪意とか、裏でコソコソ考えてるとか、そういうのは全くねぇんだ。それを知ってるからか、あいつには何言われても割と平気だな。……慣れちまってるせいかもしれねぇけど」
そう言って、ニリウスは笑った。
「羨ましいことね。あの子、貴方に感謝すべきよ。私から見れば、ただの男勝りな娘にしか見えなかったもの」
シャルローナも、どこか笑っているように見えた。
そして、クィーゼルに声をかける。
「そろそろ行きましょ。まだ他にもヴィオラからファゴットに来た人はいるはずだし」
クィーゼルはしぶしぶ、老人を起こすのを諦めた。
「……ったく。風邪ひくなよな、じいさん!」
(これで、もう少し恥じらいと女らしさがあったら……)
ニリウスとシャルローナは、同じことを思うのだった。
「スウィング達との合流まで、あと二時間ね。急ぎましょ」




