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第五章 絶対的な賭け(第二部)

 奇妙な宿屋だった。


 ファゴットの外れにある一軒の宿の一階のロビーには、二十人くらいの客がいたが、彼らは皆押し黙り、物音一つ立てない。

話しかけても、誰も何も答えようとせず、ただ視線をそらすばかりである。


 客のほとんどが、10代~20代くらいの若者だというのに。

 というよりも、ただ広いだけの、天井には蜘蛛の巣が張っているような寂れた宿屋に若者が集まっていることからして異様だった。


(話に聞いていた庶民の様子とはかけ離れているが……最近の傾向か?)

 陰湿な空気の中をスタスタ歩いていくと、宿屋の主人と思われる人物の前に立つ。


 人の気配を察してか、顔の前に広げていた新聞を閉じたその人物は、驚くことにまだ10代前半くらいの少年だった。

 少年の髪も瞳も、混じりけの無い見事な銀色。


「失礼。この宿に二十代くらいの、フードを被った男女が来なかっただろうか」

 体温を全く感じさせない無表情で、エルレアは尋ねた。


 いかにも『お留守番』と言った風情の少年は、じっとエルレアを見つめ、腕組みをする。

「居るよ。それらしい人達なら、今朝ここに来て今も二階に居る」


 もちろん、その言葉を鵜呑みにするエルレアでもない。

 ただ、全く信じないわけにもいかない情報だった。

(スウィングに知らせなければ)


 ファゴットに着いて、シャルローナ、ニリウス、クィーゼルの三人と分かれたあと、更にスウィングとエルレアは通りを境に二手に分かれて聞き込みを行っていた。


 しかし、まだ分かれてからそんなに時間は経っていないのだから、きっとまだ近くに居るはずである。

 エルレアが宿の玄関に向かおうと身を翻すと、図体の大きい男が五人、エルレアの前に立ちふさがった。


(客にまぎれていたのか)

 大振りの剣を持っているのが二人。あとの三人は得物を持っていないところから見て、素手で戦うのだろう。或いは、隠し武器を持っているかである。


 明らかに尋常ではないその五人を、エルレアは冷静に分析した。

「おいでよ。会わせてあげる」


 カウンターから出てくると、少年はエルレアと男達の直線上に立った。

「連れがいる。そこをどいてくれないか」


 言葉の前半は少年に、後半は男達に向けたものだった。

 険悪な雰囲気を感じてか、周りの客達はおびえて小さくなる。


「駄目だよ。だって、こっちはあんたの求める情報をあげたんだから。あんたも俺の要求を聞き入れる義務がある」

 子供らしくない言葉と、無愛想な表情。その様子に、エルレアは自分の分身と話をしているような錯覚を覚えた。


「その情報が正しいという証拠は」

 少年はエルレアの視線をまっすぐに受け止めて、強い声音で言う。


「俺は嘘はつかない。あんたが俺の提示する物を渡してくれれば、自由にしてあげる。真実は自分の目で確かめればいいよ。あんたの探している二人は上に居る。もし人違いなら、見返りは望まない。どう?」


 エルレアは試しに男達に一歩踏み出してみる。

 五人が一斉に構えた。

「逆らわないで。商品に傷はつけたくないんだ」

 少年が言う。


「やはりな。そちらの要求とは、私自身だろう」

 少年は、エルレアから視線を外そうとはしない。

「二階に居る二人が私の探している人物であった場合、要求するものを渡せば私の自由は保障すると言ったな。矛盾点に気付いているか?」


「もちろん。フェアじゃないことは認める。でもこれも俺の仕事なんだ。君の目的の人物であれば、その人達と一緒に捕虜になってもらう」

 そして、付け加えた。


「“違う”って嘘をつくのは勝手だけど、お勧めはしないよ。多分あんたは二度と、二階の人達とは会えなくなるから」


 要するに、この状況から脱出するには、二階の人物達が第一皇子達ではないことを祈るしかない、ということである。

 もしも第一皇子達であったなら?


(いや、そもそも……)

 どうしても、嫌な考えが頭から離れなかった。

 しかし捕虜となっても、上手く脱出すればシャルローナ達と合流できるかもしれない。


「‥‥‥分かった」

「さあ、ついてきて」

 少年の後を、エルレアは歩いていく。


 途中、窓がないか探したが、見つけた窓は全て鉄格子が取り付けてあった。

 窓越しに見た夕焼けの空は、どこか不安そうな色をしていた。

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