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第四章 皇都からの旅立ち(第四部)

 軽い振動が、心地よい揺りかごを思い出させる。

 微熱と睡魔が創り出す優しい空間に、彼女は身を任せた。

 フワフワと、まるで宙に浮かんでいるような感覚。


(温かい……)

 寄せては返す穏やかな波にたゆたって、遠くへ行ってしまっても構わないと思った。


 どこからともなく聞こえてきたのは、澄んだ歌声。

 若い女の声である。

 不安定だった世界が、次第に整っていく。

 幾つもの色が入り混じって濁っていた空は、明るい水色へ。


(これは……子守唄?)

 強さを増していく光のまぶしさに目を細めた時。

 ゆっくりとした調べが全てを包むように大きく響き、そして突然止まった。


「……あら」

 自分の前に現れた美しい婦人は、おっとりとこちらに微笑んだ。

「どうしたんです? そんな所に立っていないで、こちらにいらっしゃい」


 木陰から、婦人が手招きする。

 いつも綺麗な髪飾りでまとめられていた黒髪。少しほころびがあるが、上品そうなドレス。

(そういえば、あの人はこんな人だった……)


 呼ばれるままに側へ行くと、婦人の手元にある鈴と糸のようなものに気付く。

「あの子は眠りましたか?」

 と、懐かしい声が問いかける。


 無言で頷くと、婦人はまた優艶な笑みを浮かべた。

 よく微笑む人だった。

 小さな事でも、幸せそうに笑う人だった。

 陽だまりのような暖かさが、彼女の周りにはいつもあった。


「それ、なあに?」

 作りかけと見られる物を指差して尋ねると、

「以前貴方に差し上げたものとお揃いのものですよ」

 と、婦人は答えた。


「これ?」腕のブレスレットを見る。


「そう、それは、貴方達の身を護るためのものです。困った時には、それに祈りなさい。そうすれば、その腕輪は必ず貴方に力を与えてくれるでしょう。ただし……その力を無闇に使ってはなりません」


「どうして?」首を傾げる。


「腕輪が貴方に与える力は諸刃の剣。ともすれば、貴方の大切なものが無くなってしまうでしょう。だから、貴方の全てを犠牲にしてでも護りたいものができるまで、絶対に使ってはいけませんよ」


 婦人は少女の手を取り、花のように笑う。

「大事にしてくださいね……マリア。いつか貴方に、そんな人が現れるまで」

 はい。と、彼女はかすれた声で返事をして、俯いた。



 はい……お母さん。



 伏せた瞳から涙がこぼれて頬を伝い、地面へ落ちた。

 光が再び強さを増す。

 気付くと、もう木も風景も光に包まれ、ただ白い空間に二人は居た。


 伸ばした手は母をすり抜け、虚空を掻く。

 やがて、遠い思い出の中の母も、その微笑みを最後に光に溶けていった。



   ☆☆☆



 予定より早く目的地に着いてしまったスウィングとシャルローナの元へ、黒髪をはためかせた少女が息を切らして走ってきた。


「いたよ……見た人……フードを被った二人が、夜遅くに……馬無しで街を出たって……」

 少し遅れてエルレアとニリウスも到着する。

「やっぱり、もうファゴットに向かったって訳ね」


「違ってたらどうすんだ?姫さん」

 ニリウスの『姫』という言葉に、シャルローナは微かに眉をひそめたが、実際の所この国に皇女殿下はいないので、差しさわりはない。


「ざるで水をすくうような状況では、それが事実かそうでないかは問題ではないわ。少しでも可能性があるなら、行き着く所まで追求するのみよ」


 しかし、それが間違いであった時、事態はそれこそ最悪な状況になる。

 もしも第一皇子達がまだヴィオラにいたとしたら。シャルローナが(おとり)を追いかける間に、その痕跡は消えてしまうだろう。


 少しの可能性に付随している膨大なリスクもシャルローナは承知の上だが、今はリスクの大きさより時を優先せざるをえないのだ。


「急ぐわよ。昨日の夜にこの街を出たのなら、まだファゴットの街には着いていないはずだわ。夜を迎えさせちゃ駄目」

 恐らく、夜の闇に乗じて、目的の人物達はまたどこかへ逃げおおせる。


「次の調査のグループは変更よ。エルレアとスウィング、ニリウスとクィーゼルと私。ファゴットに着き次第、開始するわ」

 シャルローナは一回だけ皇宮を振り向き、用意してあった馬車に乗り込んだ。


「あれ、お嬢、どうしたんだそのボタン」

 クィーゼルがエルレアの袖のボタンを指して言った。


 見ると、茶色のボタンに通された糸が緩み、今にも取れそうになっている。

「ああ、多分どこかで引っ掛けたんだろう」


「仕方ねぇな、夜にでも付け直してやるよ」

「できるのか」

「何のための使用人だよ、あたし達は」

 シャルローナに続いて、エルレアたちも馬車に乗り込む。


 ヴィオラの街の鐘が、正午の時を告げていた。

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