第四章 皇都からの旅立ち(第二部)
「待たせた?」
いつかの夜の低く凄みのある口調が嘘のように、やんわりと第二皇子はエルレアに問いかけた。
「いいえ。シャルローナ様は……」
言いよどんだエルレアの言葉の先を察して、スウィングは苦笑した。
そして、エルレアにそっと耳打ちする。
「本当はね、顔にも黒い絵の具を塗ろうとしてたんだよ、シャルル」
「……」
「シャルルの母上が、泣いてやめてくれって頼んで、諦めたらしいけど」
「そうなんですか……、でも」
と言って、しばらく皇子を見つめた後、
「貴方は、本当に染めてしまったんですね」
とエルレアは言った。
皇子の髪は、シャルローナの指示通り黒く染められている。
「ああ、これ?」
皇子は自分の髪をグイ、と掴みとった。
サラサラ、と濃い金の髪が、端正な顔にかかる。
「ウィッグなんだ。母親が染めるのは駄目って言うからさ」
皇子の髪を黒く染めてしまうのはもったいない、と思った自分を不思議に思うエルレア。
「召し使い二人は、その者たちね」
「ああ、よろしくな姫。あたしはクィーゼルで、こっちはニリウスだ」
臆することなく素で行くクィーゼルに、シャルローナの美しい眉がピクッ、と震えた。
「随分と礼儀正しい人ね」
「そっか? 初めてだな、そう言われるのは」
シャルローナが得意とする嫌味攻撃も、クィーゼルには通用しない。
シャルローナは拳を握りしめ、怒りを必死で抑えた。
「まぁ……いいでしょう……その方が都合が良いわ。いいこと? 私達に対して、シンフォニー様捜索中は敬語を一切使わないように。名前も呼び捨てで構わないわ。いつ、どこから誰が私達を見ているか分からないのだから、十分注意を払って行動すること」
シャルローナはどうやら、第一皇子捜索の間、身分を隠し通すつもりらしい。
しかし、恐れおおくも相手は皇族である。呼び捨てにするなど、常識的に考えてどうだろうか。
「今日の正午にファゴットに向かうから、この街の門に集合よ。それまでは、この街で捜索。二人の人間を見かけなかったか調査してちょうだい」
「「二人?」」
エルレアとクィーゼルが、異口同音にそう言った。
「ええ」
シャルローナの美しい顔(黒メガネ付き)が、微かに曇る。
「皇宮の召し使いの娘が一人、シンフォニー様と同じ時間帯に居なくなってるの。一緒に居ると見て間違いないわ」
「何だ、それってムッッ」
禁句を言い出しそうになったクィーゼルの口を、エルレアとニリウスがすばやく塞いだ。
婚約者であるシャルローナを残して、第一皇子は皇宮から消えた。
しかも、他の女性を連れて。
シャルローナは選ばれなかったのだ。皇帝の姪であり、誰より美しい容貌と気高い心を兼ね備えた、完璧な人間であるにも関わらず。
それはシャルローナにとって、どれほど屈辱的な事なのだろう。
「時間厳守よ。三人と二人に別れて、速やかに調査を始めましょう」
シャルローナは自分を奮い立たせるように強く言った。
エルレアは遠くの空を見つめる。
この皇都ヴィオラを包んでいた闇が少しずつ、少しずつ薄れてゆくのが分かる。ゆっくりと、時をかけて目覚め始める街で、五人の少年少女達は二つの方向に走り出した。




