第三章 崇高なる乙女(第五部)
噂をすれば、オルヴェル帝国第二皇子、スウィング殿下であった。
「今日はどのような御用で?」
エルレアは二人の顔を交互に見て、(ああ)と納得した。
従兄妹なのだから、スウィングとシャルローナの面差しがどことなく似通っているのは当たり前なのだが、初めてスウィングを見た時セレンを思い出したのは、偶然では無かったのだ。
髪や瞳の色が似ているのは確かだが、皇族特有の繊細すぎる顔の造りが、セレンにも存在しているのだ。
それもそのはず、セレンの母親のハーモニアも、この目の前の二人の従姉にあたるのだから。
「旅のお供を申し出に……と言えば分かる?」
シャルローナがフッと笑う。
「ご冗談はやめて。そんな事、陛下がお許しになるはずがないわ」
「もう許しを得ているとしたら?」
ひらひら、と一枚の紙を顔の前で揺らす皇子。
「なっ……」
シャルローナは“信じられない”と言うような顔でスウィングを凝視した。
「あの自由放任主義者! 無責任にも程があるわ!! 貴方にもしものことがあったら、一体誰が次の皇帝になるというの!?」
「多分そのときは、皇族の誰かが皇帝になるよ」
「……それで、陛下はよろしいんですの? 自分の子供に継がせたいものでしょう、普通は!?」
「……と、僕に言われても……現に許しは貰っちゃったわけだし。多分、父上なりの考えがあると思うけどね」
スウィングは従姉から、もう一人の少女へと視線を流した。
その視線にシャルローナが気付く。
「この方は、グリーシュのエルレア様ですわ」
エルレアは椅子から立ち上がり、スウィングに深く礼をした。
「ハジメマシテ、第二皇子様」
「ああ、ハジメマシテ。道理で見ない顔だと思ったよ」
真顔で嘘をつくエルレアと、営業用の笑顔を浮かべる第二皇子。
「シャルル様ご一行に護衛はいないだろ? 僕で良ければ、専属の護衛になるよ?」
スウィング皇子の剣の腕は確かだ、とエルレアは思った。
反撃する隙を与えない、見事な剣技。
「……せっかくだけど、お断りしますわ。貴方の身に危険が及べば、私の責任になるし」
「父上は僕に危険が及ぶかもしれない事くらい承知の上だよ。シャルルを責めたりはしない」
「それでも! もしもそんな事が起これば、私が自分を許せません……!」
「……仕方ないね、できるだけこの方法は使いたくなかったんだけど……」
「?」とシャルローナ。
次の瞬間、皇子の纏う雰囲気ががらりと変わった。
それは皇帝に次ぐ威厳に溢れたもの。
「シャルローナ・メイヴィル・ド・ロンド・ソルフェージュ。オルヴェル帝国第二皇子の名の下に命ずる。私を連れていけ。拒むことは許さない」
口調も声音も、今までとは全く違う。
「……!!」
“名の下に”
それは絶対的服従を示す言葉。
第二皇子の前では、たとえ同じ皇族のシャルローナだろうが逆らう事は許されない。
「……卑怯だわ……っ、こんな時に限ってそれを……」
「探すのは僕の実の兄なんだから、僕にも参加する権利はあるはずだよ?」
表情を和らげてそう言うと、スウィングはエルレアに小さくウィンクを送った。
“話を進めて”。そう言っているらしい。
「……。シャルローナ様。一ヶ月の期限は、既に発動しているのでしょう。急いだ方が良いのでは?」
グリーシュ家別邸・オパールから本邸に戻った後、すぐここに向かったのは正解だった。グズグズしていれば、シャルローナはもう旅に出てしまっていたかもしれない。
「出発は明日の早朝三時。貴方は目立たない街の娘の格好をしてきて」
「僕は?」
「スウィングは……そうね、まず髪を黒く染めて、街の男の服装をしてきて」
「シャルルはどんな格好で来るの?」
いくら服でごまかそうとも、その派手すぎる顔までは隠せまい。
エルレアもそう思った。
「……明日になれば分かるわ」
謎の笑みを浮かべて、シャルローナは答えた。




