第三章 崇高なる乙女(第三部)
「古い書で絵は見たことがあるが……まさかこれ程までとは……」
エルレアはまじまじとその花々を眺める。
花びらの内側には、少女がいた。
少女の顔だけが。
クィーゼルは、立ったまま震えていた。
あろうことか、少女達の顔はクィーゼルに瓜二つだったのだ。
「なんっつー気色の悪い植物を育ててやがるんだお前は!!」
ニリウスに掴みかかって、クィーゼルは責め立てた。
花の名前は、通称ヒトクイジンメンバナ。
数百年前、森でこの花を見かけ、人間だと思って近づいた者が何十人も犠牲になったという。
近頃では品種改良され、人肉は食べなくなったと聞くが、あまりにも気味が悪いため一般人に育てられることはまず無い。
「上等だぜ、ニリウス・ジャグラム! よほど『お仕置き』されたいらしいな!!」
「取り込み中非常にすまないが」
さすがに止めたほうがいいと判断して、エルレアは二人に声をかけた。
「私の用件を言っていいか。特別にお養父様から許可をもらってここに来たから、あまり長居はできないんだ」
エルレアの言葉に、クィーゼルはニリウスの襟から手を離す。
「何だ? お嬢」
その目にまだ怒りの色を浮かばせながら、クィーゼルはエルレアを見た。
「この手紙」
エルレアは、一枚の手紙を取り出した。
「手紙?」
とニリウス。
「皇帝陛下からだ。私へ頼み事がある、と」
「「皇帝陛下ぁっ!?」」
すっとんきょうな声で二人が驚く。
「皇帝様がお嬢に何の頼みごとだよ?」
エルレアから手紙を受け取り、承諾を得たあと、クィーゼルは中の手紙を読み始めた。
『エルレア・ド・グリーシュ殿
先日の生誕記念祭では、広い見解を持った意見を聞くことができ、感謝している。
さて今回は、愚息シンフォニーについての込み入った話で、貴女へ手紙をかかせてもらった。』
ここまで読んで、クィーゼルは首を傾げた。
「シンフォニー……って、皇太子だよな、スウィング皇子の兄貴の。何でスウィング皇子じゃなくてシンフォニー皇子の方なんだ?? 皇太子はもう婚約してるだろ?」
皇子の名前が出るならスウィング第二皇子の方だと思っていた勘がはずれ、クィーゼルは肩透かしにあった気分になる。
「続きがある。読んでみるといい」とエルレア。
『実は、シンフォニーが生誕記念祭の直前に皇宮から姿を消してしまった。
民の動揺を防ぐため、一ヶ月の間は公表せずにおくつもりだが、それ故に困ったことになった。
シンフォニーの失踪を受け、シンフォニーの婚約者であるシャルローナが護衛も連れずに一人で愚息を探しにいくと言い張っている。
何とか説得をした所、シャルローナは貴女ならば共として連れ立っても良いと言った。さらに、貴女がもしこの話を受けるなら、身の回りの世話用に貴女の屋敷の若い召し使いを二人ほど連れて行っても良いと言う。
身勝手な依頼で恐縮だが、心より貴女がこの依頼を受けてくれることを願う。
尚、シャルローナのシンフォニー捜索は極秘事項であるため、関係者以外内密にしてもらいたい。
———バイエル・ベース・コラール・ド・リズム・ソルフェージュ』
「……気に入らないね」
乱れた黒髪を一払いして、クィーゼルは言った。
「依頼状っつーより脅迫状じゃねぇか、これ」
「そうとも言うな」
まばたきもせずにエルレアは答える。
皇帝の書状をクィーゼル風に訳すと、
『これだけの機密事項を知った以上、断れる訳ないだろう?』
と書いてあるのだ。
「で、結局行くんだな?」とクィーゼル。
「……ああ」
「よっしゃ。売られたケンカは買わなきゃ女じゃないからな」
黒髪の少女はそういうと、傍らにいた茶髪の少年と目を合わせ、意味ありげに微笑んだ。
「お嬢。その二人の召し使い、あたしとニリでどうだ? これでも腕には自信があるぜ?」
「決めるのは嬢さんだろ、クィーゼル」
「他の奴らに任せるつもりか? こんな面白そうな仕事」
「口論は無用だ。同伴を頼みたい召し使い以外に、その手紙は見せない」
と言って、金髪の少女は両手を二人に差し出した。
「…さあ、選択権は君達の元にある」
ニリウスとクィーゼルは一瞬エルレアの手を見た後、同時にニッ、と笑った。
「「望むところだ!」」
パァンッ、とエルレアの両手が小気味よく鳴った。




