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第三章 崇高なる乙女(第二部)

「ニリ。お前あたしが前言った事、忘れてるだろ」

「……何を?」

「とぼけるんじゃないよ。二週間くらい前、本邸に来ただろう?」

 ギクリ、と言うように、土を運ぶ少年の背中が固まった。


 長い黒髪の少女は、その女の子らしい容姿に似合わぬドスのきいた声で少年を問い詰める。

「本邸には来るなって言ったよな?あれほど」

「‥‥‥」


「お嬢の怪我した左手のハンカチ。あれ結んだのも、お前だろ」

「‥‥‥」

「答えねーと、この『ゴキちゃん皆殺し☆』スプレーをアンジェリカちゃんたちにかけるぞ」


「わーっ! 待て待て!!」

巨大な虫かごに向けられた強力殺虫剤を、ニリウスは少女の手から奪い取る。

「入ったのか入ってないのか。……っていうか、物的証拠はすでに押収してるがな」


「……入った」

 顔を合わせにくいのか、少年は少女から目をそらしてつぶやいた。

「然るべき理由は、勿論あるんだよな?」

 少女はなおも問う。


「‥‥…」

「いざ」

 少女が構えたのは、先ほどと同じ『ゴキちゃん皆殺し☆』スプレー。

「うわあああっ!? クィーゼル、お前いくつスプレー持って来てんだ!」


「そうか、やはり本邸の召し使いだったのか」

 透き通った声が、二人の戦闘モードを瞬時に解除した。

 ハッと二人が同時に声の主を見る。


 この、グリーシュ第十番別邸・オパールでは、見かけたことの無い顔だった。

 いや、それどころか、《彼女》が本邸から出てくるなんて。

「お嬢……様?」と黒髪の少女。


 そう、現れたのはエルレア・ド・グリーシュと呼ばれる少女。

 風に長い髪をそよがせながら、彼女は立っていた。

「ニリが恐れるだけのことはあるな、『クィーゼル』」

(愛する虫達を人質ならぬ虫質にとられたら、ニリウスに勝ち目はない)


 こっそり(というより、二人が気付かなかっただけだが)一部始終を見ていたエルレアは思った。

 クィーゼルはきまり悪そうに腕を組んで舌打ちすると、

「あー……ばれちまったもんはしょうがないな。別に隠すつもりもなかったんだけどさ」

と、口調を全く変えずに言った。


 本邸での彼女の言葉遣いは、ネコを被っているだけだった。

 同じ本邸で古参の召し使いとして働く母親がうるさいのだ。


「お前、お嬢に何かあたしの事を話したのか?」

「名前だけ……な」

「あっ、そもそも何で本邸に入って来たんだよ。まだ理由を聞いてないぞ?」

 ニリウスは黙り込んだ。


“言えば殺される”。そんな表情で。

「またダンマリかよ。……な~る程。あたしに言えない理由なんだな?」


 スプレー攻撃を案じて、ニリウスは虫かごとクィーゼルの間に立つ。

 戦闘開始五秒前。

「吐いたほうが身のためだぜ、ニリウス?」

(いや、吐いたほうが命に関わるな)とエルレアは思った。


 ロザリー(ハブ)が本邸に逃げ込んだからなど、この黒髪の少女が聞けばどうなるか。

 エルレアがあえてニリウスに助け舟を出してやらないのは、この前、自分の質問に答えようとしなかった彼へのさりげない仕返しであった。


「罪無き花よ、永遠に……」

横の花壇に向けられたクィーゼルの右手には、強力雑草処理スプレー。

「クィーゼルッッ! 分かった、言うからそれに近づくな!!」


 ニリウスが叫ぶ。

 花壇には、大きな白い花の蕾がいくつもあった。

 今にも咲きそうに膨らんでいる。

 エルレアはその花を見て、「ん」と眉をひそめた。


 確か、あれは。

「なっ……!?」

 黒髪の少女は後ずさった。

 右手に持っていたスプレーが、音を立てて地面に落ちる。

 白い花達は、一瞬で開花していた。

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