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第二章 生誕記念祭(第五部)

「エルレア・ド・グリーシュ、ここに参上いたしました。皇帝陛下直々のご指名、まことに光栄に存じ上げます」

 見上げた皇帝の顔には、かすかな驚きがあった。


「お前がグリーシュのエルレアか」

 なるほど、と独り言のようにつぶやき、皇帝は微笑んで告げた。

「ハーモニアに良く似ているな」


 嫌みだろうか、とエルレアは思った。

 自分と養母(はは)には何の血の繋がりもない。

「お前を呼んだのは他でもない。わが国の状況について若者の意見を聞きたいと考えたからだ。私の問う幾つかの質問に、正直に答えてもらいたい」


(理由不十分。それならわざわざ私を指名する必要など無いはず。指名しても貴族達の間に波風を立てないどこかの子息でも選べばいいだろう、その場合。それとも平民である私を———)


 さらし物にするために?

「エルレア・ド・グリーシュ。お前はこのオルヴェルと敵国セインティアの関係を、どう思う」


 オルヴェル帝国とセインティア帝国。セインティア帝国は、この世界ゼルファーレに存在するもう一つの帝国である。


 古代帝国リグネイが栄えていた頃、ゼルファーレには三つの大陸が存在した。その三つの大陸はそれぞれ三つの帝国によって支配されていたという。


 グリーシュ家が治める、巨大なリグネイ帝国。

 カーディナル家が治める、豊かな土地のセインティア帝国。

 そしてソルフェージュ家が治める、強力な軍事力を誇るオルヴェル帝国。


 リグネイ帝国が滅んだ後、海面上昇による帝国沈没を案じていたオルヴェル帝国は旧リグネイ大陸に移り住み、新たにそこをオルヴェル帝国とし、大陸名もオルヴェル大陸と改めた。


 リグネイ帝国が滅んだことにより、友好関係にあったオルヴェルとセインティアはたちまち敵対関係となった。

 それから約三千年。十数回、国交を回復しようという試みが両国によってなされたものの、未だ膠着状態である


「オルヴェルとセインティアが対立し始めて久しくなります。三千年もの間に、両国の文化は大きく変化しました。このオルヴェル帝国が科学技術を発達させたこととは対照的に、セインティア帝国は未知なるもの、<神術(しんじゅつ)>とよばれる魔術の類を発展させたと聞きます。

もしも今後大戦が起きれば、両国の被害は甚大なものとなるでしょう。両国の文化を今まで以上に発展・成長させるには、オルヴェルとセインティアの和解が必要であると私は考えます。科学技術と魔術は、もともと目的を同じくする文化。両国が目指すものは、そうかけ離れたものではないはずです。よくセインティアと話し合い、少しずつ交流を深めていくのが良いと思われます」


 スラスラと、本でも読むようにエルレアは答えた。

 ふむ、と皇帝は感心した様に頷く。

「しかしわが国が和解を持ちかけても、セインティアがそう簡単に受け入れるとは思えんが……?」


「ええ、恐らくそうでしょうね。我々が先人達から与えられたものは余りに大きすぎる。広大な土地、発達した文化、夥しい知識…そして歴史。先人達は急ぎすぎたのです。数百、数千年の間にできた、オルヴェルとセインティアの間の溝を埋める時間を十分に取ることを考えず、国交の回復にばかり気を取られて失敗したのです。皇帝陛下。このままセインティアと対立し続けることは簡単です。先人達にならえばいい。しかし両国間の溝は深まるばかり。もしセインティアとの国交の回復を望まれるのならば、早急な働きかけをなさいませ。しかし慎重に、焦らず機が熟すのを待ちながら話し合いを続けることです」


 貴族達がざわめいた。

 皇帝への反逆だ、と嘆く者、小娘の浅はかな考えだと笑う者。

「エルレア・ド・グリーシュ」

 皇帝の声が響き渡ると、大広間はシンと静まり返った。


 エルレア以外の者が皆、緊張していた。

「良い意見を聞く事ができた。礼を言うぞ」

 エルレアは最初と同じように一礼をして、貴族達の中を歩いていった。


 ここまで回想して、金髪の少女は何かに気付いた。

"試させてもらう"


 先ほどの第二皇子の言葉。

(まさか)

 皇帝には、特に自分をからかう雰囲気も無かった。

 単にさらしものにしたかっただけなら、もっと自分の意見をけなすなり何なりできたはずだ。


(私は皇帝にも試された……?)

 だとしたら、考えられる理由は恐らく一つ。

 だがそれは、有り得ないと考えていたこと。

(第二皇子の……婚約……?)


 そう考えれば、わざわざ他の貴族達に注目させるように皇帝が自分を指名した訳も説明がつく。

 が……どう考えてもおかしかった。

 何もかもが。


 何故なら自分はグリーシュの血を継いでいない。

(養女でも、グリーシュ家の者として籍に登録されていれば第二皇子の婚約者候補として認めるということか……?)

 有り得るのだろうか、そんなことが。


 前例が無い為、判断がつかない。

 だがもしも万が一、そうだとしたら。

(第二皇子は、自分と刃を交えるような妃がほしいのか?)

 皇帝も皇子も、言動が謎過ぎる。


 悶々と考え続ける少女の耳に、流麗なヴァイオリンの音色が届く。皇帝の謝辞の時間を告げる音楽である。

 少女は長い髪を揺らして夜空を見上げた。

 闇は、静かに広がっていた。


 無数の星達が、柔らかくそれに溶け込んでいる。

 数日後に訪れる嵐を、少女はまだ知らない。

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