第二章 生誕記念祭(第四部)
「シンフォニー様が?」
窓から夜景を眺めていた少女が振り向く。
炎のように赤い髪が耳元で揺れた。
光の加減で、灰色の瞳が銀色に見える。
遠目から見ても美しいと分かる、整いすぎた顔立ち。もう二、三年もすれば、恐ろしいほどの美貌の持ち主になるだろう、と思わせるような少女だった。
皇太子失踪の知らせを伝えに来た衛兵は、恐縮した固い声で告げた。
「宴が始まりましても御自分のお部屋に鍵をかけて出られなかったので、今しがた扉を壊しましたところ……中には誰もおらず、ただ書き置きと、机の上に何枚かの置き手紙があるだけだったと……」
衛兵が差し出した一枚の白い封筒を、赤い髪の少女が受け取る。
封筒の表には、宛名が記されていた。
"シャルローナ・メイヴィル・ド・ロンド・ソルフェージュ様"
ソルフェージュ、という皇族を表す家名。
ということは、その手紙を受け取った少女は皇族の娘という事になる。
少女は無言で封筒の裏を見た。
ソルフェージュ家の刻印で封をされ、その右下に差し出し人の名前が記されていた。
"シンフォニー・フィル・ストリングス・ド・リズム・ソルフェージュ"
紛れもなく皇太子の筆跡であった。
「……それで? 他の手紙には何と書かれていました?」
「……恐れながら……シャルローナ様との婚約は白紙に戻す、と……」
灰色の瞳は、封筒の差出人の名前を睨んだままだった。
細い手が震えている。
「皇帝陛下は生誕記念祭が終わり次第、緊急皇族会議を行われるお考えにございます。シャルローナ様もご出席頂きたいと」
「分かりました。……下がりなさい」
押し殺した声で少女は命令する。黙礼をして衛兵が部屋から出て行くと。
バン!!
と、皇太子の手紙は机に叩きつけられた。
「白紙に戻す……ですって……!?」
唇を噛んで、拳をにぎりしめる。
「冗談じゃないわ」
窓に映った灰色の瞳が、刃のように冷たく光った。
☆☆☆
「……エルレア・ド・グリーシュ……」
聞きなれた名を、少女は繰り返した。
エルレア・ド・グリーシュ。
(それは私の名前)
グリーシュの門をくぐった時、養母が自分に与えたもの。
この世に二つとあるはずがないもの。
ではスウィング皇子の言う"エルレア・ド・グリーシュ"とは。
(……私……?)
少女は小さくかぶりを振った。
自分に皇子と会った記憶はない。
(そもそも私は、一度も本邸から出ていない)
自分が"エルレア・ド・グリーシュ"として生き始めてからはずっと。
本邸の門や外壁に近寄ることさえ許されなかった。
閉鎖された空間で、まるで誰からも何からも隠すように。
皇子に、恨まれたり探されたりする覚えはない。接点すらない相手から、どうすれば恨みを買えるのか。
それに、皇帝の言葉も何か引っかかる。
少女は、皇帝に挨拶をした際のことを思いだした。




