アルバとオメガ 5
その翌日、桜華街を中心にして小さな奇跡が起こっていた。ルクレール財団の門から凱旋通りにかけて、長蛇の列が出来ていた。そこに並ぶ者は国籍、人種、性別、職業関係なく様々な人々が集まったのだ。それはまさに人が持つ良心と善意の集合体であった。アプリコットがアルバの願いをレウレトに伝え、彼が自治区内放送にてオメガのドナー提供者を呼びかけたのである。それは自治区民ばかりでなく、皇国民の胸中を介して電光のごとく伝播していった。その様子は世界各国の報道が取り上げるほどであり、各地から励ましの手紙や折り鶴など、たくさんの善意がオメガの許に届いた。そうして二週間が経過して、オメガに適合するドナー提供者が現れた。
すぐにオメガの手術が執り行われた。そして、手術は成功した。レウレトは駐在していた各国の記者団を統領府に招き、異例の記者会見を行って全世界に手術が成功したことを報告し、全民衆に感謝の意を表した。民衆からは歓喜が沸き起こり、祝砲の代わりに花火があがる。自治区民はこの慶事を我がことのように祝いあった。そして民衆がその喜びを忘れていき、二ヶ月か経った頃。新年を迎えるべく人々が忙しくも賑わっていた時、ある病室では小さな灯火がいままさに消えようとしていた。
十二月二十四日のクリスマスイブ。鈍重銀色の雲が空を覆い隠し、その重さに耐え兼ねて今にも白雪が降りたたんとしている。その日の昼間、入院していたオメガの容態が急変したという一報がアルバの働く店に届いた。ロイドが取り次いでアルバに伝えるが、蒼白紙のように顔を白くした彼が持っていた洋裁ハサミを落としてしまう。そのまま動けずにいるアルバにロイドが一喝した。
「ぼうっとしてるんじゃねえ! 車を出すからおめえはさっさと用意しろ!」
そう怒鳴るように言ってロイドが外に飛び出す。やっとのことでアルバが我を取り戻して、後をついていった。病室に着くと医師と二人の看護士が早口でなにやらいいながら救命処置を施している。一人の看護士がアルバ達に気づき、妨げになるので外に出るようにと伝え、一旦アルバ達はプティと一緒に部屋を出て、廊下の長椅子の前で立って待っていた。居ても立ってもいられないアルバがプティに聞いた。
「オメガは……?」
「朝はなんともなかったんだお。でも急に苦しみだしたんだお。だからすぐにボタンを押して看護士さんを呼んだんだお。そしたら……」
プティが続けようとした時、処置を施し終えたのか、医師が部屋から出てきた。
「先生! オメガは……」
アルバが走り寄って聞くと、医師は険しい表情をして答えた。
「命は取りとめました。ですが意識が無く、昏睡状態です。おそらく……、今夜が峠でしょう」
聞いた途端、アルバの表情から血の気が失われた。そうして茫然と立ち尽くし、口を真一文字に結んでいる。ロイドが呼ぶと、ただうなずいてオメガの居る病室に入った。室内は薄暗く、ベッドを囲うようにして様々な計器類が置いてあり、心電図を映すモニターからは無機質な音が規則的に流れている。ベッドの上には細い体をして、頬が痩けこけ、蒼白い顔をした、小さなオメガが酸素マスクをして横たわっていた。
「オメガ」
いつものようにアルバは呼びかける。
「オメガ」
もう一度そう呼びかけながらオメガの傍に寄り、骨だらけの小さな手を両手で包みこむ。
「オメガ……、オメガ……」
何度となく弟の名を呼ぶアルバの言葉を聞きながら、ロイドは静かに部屋を出た。




