アルバとオメガ 4
「ようこそおいで下さいました、アプリコットです」
「アルバです、はじめまして」
「あなたのことは良く存じております」
そうアプリコットがアルバに近寄り、彼の手を取った。
「えっ? どうして……」
「あなたが生まれた時、洗礼式を執り行ったのはわたくしです。そして、あなたのご両親の挙式にて誓いを見届けたのもわたくしです」
一つ深呼吸をして、アプリコットがまじまじとアルバの顔を見て続けた。
「ああ……、あなたは本当にイェオーシュアそっくりですね……」
そう言うと、アプリコットの頬に涙が伝った。
「ごめんなさい、年を取ると涙脆くなるものです……。さあ、どうぞこちらへ」
困惑の表情をしつつ、アルバが質問した。
「どうして母のことを?」
「あなたの姓名を聞いてすぐに思い出しました。アージェンティークという姓はなかなかありませんし、あなたの顔を見て確信したのです……。母上はお元気でいますか?」
母親の知己に出会えたという喜びと、同時に切ない感情をないまぜにしつつ、アルバは複雑な面持ちをして口にした。
「母は死にました」
「そんな……! では父上は、アルフレッドは?」
「父は行方不明です。ぼくと弟の二人で暮らしてます」
我が耳を疑っているのか、アプリコットが細い目を見開いて、ただアルバを見つめている。一つ息をしてアルバが語りはじめた。
「弟はオメガと言います。年は六つ下の九歳になります。母は三年前に亡くなりました。それ以来僕はオメガと二人で暮らしてます。母が生前お世話になったロイドさんの店で働き、弟は小学校に通ってます。二人で力を合わせて楽しく過ごしていました。ですが今年の夏休み前にオメガは白血病で倒れたのです。すぐに手術が必要だということで、僕の骨髄を移植しました……。手術は成功しました。オメガは本当に頑張ってくれました。きっと母が守ってくれたのだと思います。そしてすぐに元気になって、一緒に色んな遊びをしました。釣りに行ったり、昆虫採集したり、キャッチボールをしたり……。
ですがある日、病後の経過を診るために検診を受けたのですが……、オメガの病気が再発したと言われました。また手術をすればいいのですが、ぼくの骨髄はもう使えないのでドナー提供者を待っている状態です。ぼくが見舞うと、オメガはいつも笑顔になって語るのです。今日はいっぱい小説を書いたとか、嫌いなにんじんを食べたこととか……。 ですが、毎日オメガを見ていたぼくにはわかります。オメガの顔色が優れないのが、声に張りが無くなっていくのが、衰えていくのが、わかるのです。それでも、オメガは笑顔でぼくの名前を呼ぶのです。いまは薬で病気の進行を抑えてますが、早くしないと手遅れに……、弟が……、オメガが死んでしまうんです……」
満顔に涙を溜め、必死に泣くのを堪え、喉をひき絞って、アルバは言の葉を紡ぎだした。
「愛する弟を、オメガを……、助けて……!」
もうそれ以上、口にすることはできなかった。背中を強張らせ、顔をうつむかせ、ぽつりぽつりと、涙がアルバの膝に落ちていく。その傍らでアプリコットはその上品な顔を歪ませ、見開いた瞳から切々と涙を流しては双頬を濡らし、口元をわななかせていた。
平穏なる森の中で式を挙げた、あの初々しい二人は神々から愛された天使を授かり、慎ましやかにも安らかな日々を過ごす中、戦争という名の狂気が全てを焼き尽くし、家族は引き裂かれ、一人は戦場で行方不明に、一人は幼子を連れてこの異郷の地にて最愛の人の帰りを待ちつつも、終にはその夢破りして、愛児を遺して約束の地へ旅立たんとす。天にまします父神の御許にて母は見守り、母への誓願を果たすべく、兄は弟を育みて、弟は兄を支えつつ、共に力を合わせて励まして、生きる喜びを享受してきたこの兄弟を、神は慈悲を賜りて別れさせようとするのか。嗚呼……、運命とは、かくも厳然なるや!
アプリコットはしわがれた白い手をそっとアルバの手の上に置き、彼の耳元で囁いた。
「哀れなアルバ……、愛おしいアルバ……、あなたの祈りは天にいるイェオーシュアを通じて、必ずや神に訴えるでしょう。そして、わたしたちもまた祈り、愛するオメガを救うべく働きます」
「ありがとう……、ございます……」
それっきり、アルバはただただ何も言わず、何度もうなずいていた。




